涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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片恋切符は天の川をこえて

2、故郷の街 下関市

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 下関駅を出発してわずか十分少々揺られた先に懐かしい景色が見えた。
 バスを降りた途端、ひんやり凍りついたような空気が肌を覆う。
 久しぶりに降り立った|御裳(みも)|川(かわ)のバス停は相変わらず人通りは少なく、驚くほど星が良く見えた。下関市と北九州市をつなぐ海底トンネル『関門トンネル人道入口』の点灯がなかったらあたりは真っ暗だっただろう。信号の明かりがぼんやり浮かび、時折通り過ぎる車のライトが右へ左へと流れていく。

(もう少しくらいライトアップされていてもいいのに)

 こんなにも暗い場所だっただろうかとあたりを見渡し、頭上にかかる大きな橋に息をのむ。この景色は変わらない。関門海峡を結ぶ関門橋はあまりにも壮大で、この大きな橋が圧倒的な存在感で周りの景色が霞んで見えてしまうのだろうか。
 かつて源氏と平家が最後の戦いを繰り広げたというこの場所は、令和という時代になった今ではずいぶん静かなものだ。世間では歴史好きを明言している女の子たちが増えてきていると聞くのに、どれだけ目を凝らしても道路を挟んだ先の歴史的スポットはまったく何も見えそうにない。
 いや、ここが賑やかだったところを見たことない。
 休日には紙芝居のおじさんが来ていたり、地域特有のお祭りもあったらしいけど、他の観光先と比べ、県外や海外からの観光客であふれかえることはなく、平日は本当に静かなものだった。
 漆黒の闇に包まれたその先にじっと視線を向けていると何か見てはいけないものを見てしまいそうで、そっと目をそらす。慣れ親しんだ場所のはずなのに、怖いものは怖い。
 ふぅと息を吐くと空気が白く染まった。


☆☆☆


『えっ、万美子(まみこ)、もう帰っちゃうの?』

 高校時代からの親友に泣きつかれたのを思い出す。
 引っ越してからずっと、なかなか新しい街に馴染むことができなかったわたしに初めて声をかけてくれたのも彼女だ。理沙は明るくて友達思いなクラスのムードメーカーだった女の子。

『わかったよぉ~。また連絡する』

 残念そうな表情を見せるものの理沙とはまた会う約束をしているため本気で引き留められることもなく、うまくあしらっておいてあげると大きく頷いた彼女に小さく謝罪のポーズを作り、そっと外へ出た。

『まさか万美子が一番に結婚すると思わなかったよ~』

 久しぶりに集まった地元の同窓会にて、いつの間にか広まったらしいわたしの結婚話が話題の中心となって四方八方から質問が飛んでくるようになり、絶対にすぐには帰れそうになかったため、みんなの注目から自分が逸れたのがわかった途端に近しい友人たちにだけ挨拶をして駅前の居酒屋からそそくさと退散してきたのだった。
 五年ぶりに戻った懐かしい場所は、あのころとちっとも変わらない。みんなもこの街の様子も。
 ちょっとくらい変わってもいいじゃないと思うものの、ほんの少しだけほっとしている自分もいる。
 確かにここに、かつての自分が存在していたのだと実感させてくれるからだ。
 壇ノ浦の戦いの跡地である『みもすそ川公園』が真っ暗なのに対して、頭上に聳え立つ関門橋やそれよりもっと先に見える海の向こうの街の明かりはこことは比べ物にならないくらいきらきらと輝いて見えた。
 しっかりとマフラーを巻き直し、先に見える横断歩道に足を進める。
 久しぶりに来るのはいいものだ。
 大嫌いだった地に再び足を踏み入れ、その景色を眺めて懐かしく思えるのはわたしも大人になったという証拠だろう。毎日毎日ここへ来てはふてくされて海を眺め、感情が迷子になって泣いていたひとりの少女の不安定な背中が見えるような気がした。
 人なんて、大嫌いだった。
 誰一人として信じてなんていなかった。
 家族も友達もいらない、どこか誰も知らないところへ逃げてしまいたかった。

『万美子が一番に結婚するなんて思わなかったよ~』

 そんな言葉を思い出して、苦笑する。
 わたしもそう思うからだ。
 かつてここで早く大人になりたいと願っていたわたしは、今のわたしのことを想像できるのだろうか。

『絶対に幸せになんてなれっこない』

 一生懸命背伸びをして、どこかすかした表情の少女は呆れた顔をして言うだろう。想像すると自分でもおかしくなる。

「自分の可能性を決めないで」

 誰に言うでもなくつぶやいた声は風に乗り、消えていく。
 大丈夫だよ。そんな声は今でも背中を押してくれる。
 ずっと眩しくて憧れていた。
 向こうに見えるまばゆい景色も、そこに住む人たちのことも。
 明るくて眩しくて、わたしとはまるで別世界に見えた。
 わたしはここに来たかった。
 大切な人と、新しい世界を作っていく前に、過去の自分と決別したかった。
 ここから向こうへ渡ることができなかった自分に、もういいんだよって言ってあげたかったのだ。
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