涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

文字の大きさ
6 / 29
片恋切符は天の川をこえて

6、みもすそ川公園

しおりを挟む
『おいしい?』

 いつも飽きることなくドライカレーのおにぎりを食べるわたしにセイは聞いてくる。
 疲れているときのスパイシーな食べ物はおいしい。

『……ぶ、ぶちうまい』

『おお! それいね~』

『え? それ、どういうこと?』

 セイは下関ここで使われる言葉を使わない。
 母親が関東出身という我が家と逆のパターンだったらしく、標準語のアクセントでも話すことができるらしい。
 初対面の日にこの街が嫌いだの、言っている言葉がわからないだの散々失礼なことを言ってしまったからだろう。セイはわたしの前で自分の言葉を口にしない。
 生まれ育った街で培った大切な言葉だ。
 今では自分の発言をとっても反省をしていて、撤回したいくらいだった。
 それでもあの日の弱音をもう一度口にする勇気もなくて、そのかわりに時々学校で耳にした言葉を口にするようになった。
 同じ日本語なのに、何を言っているのか一瞬考えることはあっても、毎日聞いていたらだんだんわかってくるものだ。わたしがこっそり教室で聞いた言葉を使うたび、セイは嬉しそうに笑った。これが精一杯の贖罪だった。
 きっとセイも普段はこの言葉を使っているのだろうなと思うと申し訳なくなった。

『本当にここは星がきれいに見えるね』

『真っ暗だからね』

 苦笑しながらセイも空を見上げる。
 みもすそ川公園は、夜になると何も見えないくらい真っ暗になってしまう。
その分、空は広く無数の星が輝いて見える。
夏場は非常に暑かったけど、夏の大三角形がくっきりと見えた。

『七夕とか、きれいに見えそうだね』

『今年は雨の予報らしいけど』

『え、そうなの?』

 こっちで初めて過ごす夏で唯一楽しみにしていたというのに。

『でも雲の上は雨降らないから大丈夫。織姫も彦星も会えるよ』

『いやいや、それはさすがに夢がなさすぎるでしょ』

 大丈夫、が口癖のセイの大丈夫もこればかりは笑えない。
 一年間も会っていなくて突然再会するなんて、価値観とか変わっていないのかなと思ってしまう自分も嫌だけど。

『晴れるといいのに。あ、明るいといえば門司港も明るいでしょ?』

 オフィスビルがたくさんあるわけではなさそうだけど、いつも暖色の優しい明かりが遠目ながらに見えている。

『来たことなかったっけ?』

『ない』

『そっか』

 本当に目の先にあるのに、県外には出てはいけないと言われ続けていて、特に行く意味もないため海の向こうの景色を見に行ったことがない。
 東京では中学生になったころから電車に乗って好き勝手移動していたというのに、あの日々がまるで嘘のようだ。
 今では学校と家の往復しかしていない。

『日付が変わる頃に消えるし、こっちから見えるほど明るいってわけでもないよ……って、わっ! やべっ!』

 話し終わる間もなく、慌ててセイが立ち上がる。
 スマホを見ると、時間が二十一時四十分になっていた。

『ごめん。行かないと』

『いそいで!』

 下関市と北九州市をつなぐ海底トンネル『関門トンネル』は二十二時までだ。
 しかも、トンネル内は自転車に乗ってはいけないため、手で押していく必要がある。
 七百八十メートルと想像以上に近い距離は徒歩だとだいたい十五分ほどで渡りきれるのだという。
 閉所恐怖症のわたしはトンネルに入ると鼓動が大きくなるため、一度見に行ったきり入ったことはないのだけど、今からセイは自転車を押した状態でそこを通ることになる。

『マミちゃん、暗いから気を付けて』

『うん、セイもね』

 早く行って、と手を振ると彼も同じように左手を上げ、トンネルに続く地下へのエレベーターに乗り込んでいく。扉が閉まるまでじっとその姿を見守り、わたしは海の向こう側に続く街を見つめる。
 彼は今から、あの街に帰っていく。
 わたしが知らない、あたたかな色をした街に。





 知らないことが多い。
 でも、それを望んだのは自分だ。
 近づきすぎるのが怖い。
 近づきすぎて、この関係がなくなってしまうのが怖い。
 あの海の向こうは、天の川よりもずっと遠い。
 柄にもなくそんなことを思い、ぐっとセイからもらった人形を握りしめる。
 なんだかんだで、嬉しかった。
 鞄につけて学校へ行く勇気はないけど、こっそり忍ばせていくことくらいはできるだろう。
 そこではっとして、慌てて駆け出す。
 母の仕事が終わるまで、あと十五分。
 終わり次第、車の中から電話がかかってくるだろう。
 それまでにわたしも家に戻らなくてはならない。
 こうしていつものように全力で家に向かって足を進めることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...