涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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片恋切符は天の川をこえて

9、真っ暗闇の世界

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 いつかの終わりを考えながらも、それでもこの生活を心の支えにしていた。
 だけどかけがえのない日々は、わたしが思っていたよりも早く終わりを迎えた。

 母に、夜の外出を知られてしまったのだ。
 あれは、暑くて暑くてたまらなかった夏が終わった頃のことだった。
 告げ口をしたのは近所のおばさんで、わたしが西高の男の子とコンビニにいる姿をよく見かけると言われてしまった。
 背が高くて美男美女のふたりだったと言ったあたり、悪気はなかったのだと思うけど、何でもかんでも見たままを考えなしに他者に口にする。相手の立場さえ考えないのだ。本当に嫌だ。東京だったら、高校生が夜に遊び歩いているのをよく見かけることなのに。だけど、そんなのはうちの母には通用しない。
 ヒステリックなんて言葉じゃ足りないほど、その日の彼女は怒り狂っていた。
 何を言われたか、何をされたか、覚えていない。
 泣き叫びながらいろんなものを投げてきたように思う。
 徐々に、また息ができなくなっていった。

『……っ』

 気付いたらわたしは無我夢中で薄暗いトンネルの中を走っていた。
 ある程度のことは気にしないつもりだったけど、今回ばかりはそうも言っていられなかった。身の危険を本能で悟ったのだ。ここにいてはダメだ……そう思ったら、いつの間にかアパートを飛び出していた。
 どこへ行ったらいいのかわからない。
 それでも後ろから母の声がして、慌てて逃げ込んだのが『関門トンネル』だった。
 初めて見た鬼のような形相の母の顔が恐ろしかったのもあるけど、想像よりも狭くて誰もいない関門トンネルの中は圧迫感があって、この世の中に自分しかいないような気がして、自分でも驚くほど大きな鼓動でいっぱいになった。
 運動不足のくせに走ったからだろうか、息がどんどん荒くなる。
 いつもセイが通っている道だと思っても動悸が早くなっていく。
 線がひかれた足元に『山口県 福岡県』と書かれているのを見た時、ついに県境に来たのだとわかった。
 息が、苦しい。
 進めば進むほど、海底の奥深く沈んで行ってしまうようだ。
 でも、もう戻りたくなかった。
 わたしは操り人形だ。
 永遠に、永遠に母の言うとおりに生きていかないといけない。
 そう思うと、消えてしまいたくなった。
 関門トンネルを渡り切り、道の先に『門司』という文字が目に入った時、ようやくたどり着いたのだと息をついたら涙が溢れた。
 必死に呼吸を整え、母が追ってこないかだけを確認して、エレベーターで地上を目指す。
 この先に見える世界は、きっとあの優しい光に包まれるのだと信じていた。
 セイのいるあの世界に。

『……あっ』

 一歩踏み出して、落胆した声が出たのはそうではなかったからだ。
あたたかな光どころか、外灯の明かりすら数えるくらいしかなかった。
 確かに、わたしがいつも見つめていた先は、もう少し右側に位置していた。
 一キロ弱でたどり着けそうな距離ではない。
 考えたらわかったことなのに。
 みもすそ川公園よりも真っ暗な場所に立ち、途方に暮れた。

(……ど、どうしよう)

 わからない。わからない。
 どうしたらいいか、わからない。
 今、何時なのかどこへ向かえばいいのか、スマホを見ればすべては解決するのに、怖くて切った電源をつけることができなかったのは、恐ろしいメッセージの込められた大量の着信履歴で溢れているだろうことはわかり切っていたからだ。
 このままどうなってしまうのだろうか。いや、どうすればいいのだろうか。
 そんな風に思いながら、しゃがみこんだら立てなくなってしまった。
 あれから、どのくらい時間がたったのだろうか。
 すごく、すごく静かだった。
 たまに観光客らしい人たちがエレベーターで上がって来て、端の方に座りこんだわたしの姿を見て、うわ!と驚くことはあったけど、気にする余裕なんてなかった。
 顔を上げた先には真っ黒な世界が広がり、関門海峡を挟んで先ほどまでわたしがいた下関の明かりがぼんやり見えた。
 ここよりもいささか明るく見えるのは、なんとも皮肉に感じられた。
 このまま漆黒の闇に向かって進むべきなのか。
 だけど、道を右に進むか左に進むか。どちらに行けばセイに会えるのか。
 いや、門司港のエリアに渡ってきたからと言ってそんなうまい具合に会えるはずもなかったし、何よりこんなみじめでみっともない自分を見せるのが嫌だった。
 来てはいけないところに来てしまった。
 わかってはいたのに、わたしはここへ来てしまっていた。
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