涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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片恋切符は天の川をこえて

12、門司港

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『ま、いっか。今帰っても朝帰ってもどうせ怒られるだろうし』

 乗って、とまた自転車にまたがったセイの後部に腰を下ろし、彼の背に腕を回す。
 この自転車はまるで羽が生えているようだ。
 どこにだってつれて行ってくれる。
 本当に本当に、自由なのだ。
 オレンジ色の街を心地好い風の中、少しずつまた進んでいく。
 星々がどんどん過去に流れていく。
 住宅街を少しずつ進んですぐの角に小さな喫茶店が見えた。
 看板には『STAR LIGHT』と書かれている。
 まるでセイのようだな、と思ったところで自転車が止められる。

『しょぼいけど、野宿よりはいいだろ』

 ここがセイの家であることがわかったのはこの時だ。
 お店に隣接している建物の表札には『保科』と書いてあった。

『ほし……ああ、だからセイ?』

 と思わず呟いてしまうと『ううん、下の名前』と彼はまた口角を上げた。

『こっち』

 言われるがまま彼のあとについて続く。
門扉をくぐってすぐ右脇の小道を通って裏に回るとその先に庭があって、奥に小さな建物が見えた。

『こっちはじいちゃんたちが住んでいて、俺はこっち』

 慣れた動作で建物に備え付けられた鍵を開け、セイは中に入っていく。

『マミちゃんもどうぞ』

 あんまりきれいじゃないけど、と案内された先にセイの領域があった。

『お、お邪魔します』と、扉の前で靴を脱ぎ、誰も見ていなかったけど小さく頭をさげた。

『自由に座って』

 先に上がったセイは物凄い勢いで一生懸命床に散らばったものをまとめていた。
 壁中に貼られた海外のアスリートのポスターに、ところどころに散らばった筋トレグッズの数々。
 机の上は本がいっぱい積まれていて、どこで勉強するのだろうかと思えるほどで。
 そこは、小さな世界だった。
 だけど、無数の可能性を感じられた。

『あ、変な本が置いてあっても平気だよ』

『いや、ないし』

 見すぎてあんまりじろじろ見ないでくれ、と気まずそうにするセイにありったけの気遣いをするものの、困った声を出されてしまってますます妙な空気が流れた。
 壁に吊された時計が、二十三時半を指そうとしていた。
 じっと時計に目を向ける。
 秒針が一刻、一刻と時を刻み、未来へ進んでいく。
 もうすぐセイが言っていた、下関行きの最終電車が出発してしまう。
一秒が、永遠に感じられた。
カチッ、そう聞こえた気がした。

(あ……)

 分針が動いた時、腰から崩れ落ちた。
 わたしは、これで自由になったんだ……そう思えた途端、また涙が出た。
 止めどなくあふれる涙に顔を覆う。
その先で、静かに立ち上がったセイがこちらに近づいてきてくれるのが見えた。
 嬉しいのか、悲しいのか、感情が迷子だった。 
 なぜ泣いているのかわからない。でも少し、すがすがしい気持ちだったのは確かだ。
泣いている間、ずっとセイは手を握ってくれていた。
 泣いて泣いて泣いた後は勝手なもので、だんだん眠くなってきた。

『マミちゃん』

『……ん?』

『ここ、自由に使って。俺は向こうに行ってるから』

 言うなり立ち上がろうとするセイの腕をつかむ。

『大丈夫、俺はじいちゃんちで休むから』

『セ、セイもいて』

『いや、でも……』

『セイ、ごめん。でも……』

 勝手に押しかけてきて、ひどく面倒くさいことを言っているのはわかっている。
 でも今、ひとりになるのは耐えられそうになかった。

『マミちゃん』

『ん?』

『えっと……俺も一応健全な男子高生なわけで、マミちゃんに嫌われることをしたくない』

 わたしの瞳を見る目は真剣そのものだった。
 言っている意味が分からないほど子供ではない。
 だけど、自分の感情を押さえられるほど大人でもない。
 どうやったら、彼をこのままここにとどめていられるか。
 考えるよりも先にそっと乗り出し、瞳の中にわたしを映す
彼の唇に自分のものを重ねた。

『セ、セイがすることだったら、嫌いにならない』

 ゆっくり離れた熱の先に、驚いたように目を見開いたセ
イの姿が見えた。

『セイ、わたし、セイのことが……』

 静寂の中で自分の心音だけが大きく響いていたけど、勇気を出して伝えた……つもりだった。そんなわたしの記憶
は、力いっぱい振り払われた手の感覚へと変わる。

『ご、ごめん……』
 
 セイは今まで見たことがないくらい動揺しているよう
だった。そして、

『明日の朝、迎えに来るから』

 そう告げられたその声は向けられた背中から聞こえ、扉
がゆっくり閉じられた時、目の前が真っ暗になった。
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