涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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【番外編】彦星の受難

2、保科 誠一

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「セイは本当によく食べるのね」

 長いまつげをぱちぱち上下させてこちらを覗き込んでいる彼女の大きな瞳には、うさん臭い笑顔を作っ
た自分の姿が映っていた。
 徐々に夏らしくなってきた関門海峡沿いのベンチに座って、俺たちはいつものように他愛もない会話を
繰り返していた。

「全然太らないのに」

 ぐっと距離を詰められ、こういう動作が無防備なのだと教えてあげたいけど、分厚い鉄壁のようだっ
 警戒心がようやく解かれた今、そんなことを軽々しく口にはできないため、そんなときこそ笑顔を作るこ
とを覚えた。

「帰ってからも食べるけど」

「え? そうなの?」

「ばあちゃんが準備してくれてるから」

「い、胃袋ブラックホール!」

 白いパーカーを羽織ったマミちゃんの肩からまっすぐな黒髪が流れる。
 ショートパンツからのびるどこまでも白くて長い足を視界に入れないように意識する。
マミちゃんは背が高く、ただそこに存在するだけで人の視線を集めるくらい美人で大人びた印象を持っ
ているけど、時折かわいらしい一面を見せてくる。
 彼女の育った環境が彼女を大人にせざるを得なかったのだろうけど、かわいらしい方が本当のマミちゃ
んなんだろうと思っている。
マミちゃんとは、高校一年生の秋に出会った。
 本当は、夏休みにモデルのような子が下関駅にいたと聞いたことがあったから、下関市と北九州市を繋ぐ海底トンネル『関門トンネル』の近くで初めて彼女を見かけたときは驚いたけど、まったくこの場に馴染めていない様子からこの子がそうなんだろうなとすぐにわかった。
 海に向かって大きな声で不満をぶちまけていて、見てはいけないと思いつつも気づいたら、彼女に話し
かけていた。
 どう見ても大丈夫ではなさそだったのに『大丈夫?』と問いかけてしまってさらに怒らせた。だけど、
それが彼女の悲痛の叫びに感じられた。


 
 東京から引っ越してきたばかりだったマミちゃんは慣れないこの街で疎外感を感じ、不安でいっぱいに
なっていたのだろう。今にも泣きそうなのを必死にこらえていて、見ているだけでも胸が痛くなった。
 テレビの中で聞くような洗礼された都会の言葉を操り、どこかクラスの女子たちとは違った印象と大人
びた横顔はいつも遠くを見ていて、近くにいるのにとても遠くにいるように感じさせられた。それなのに、

「み、見てだっちゃ!」

「え……」

 たまにわけのわからない言葉を使って攻撃もしてくる。

「セイ、あ、あれ!」

「あ、うん……大きいけど、観光船かな」

 多分、こっちの方言を使おうとしたのだろう。
 使い方が間違えていることがほとんどで、どこかのアニメで聞いたセリフのようで笑ってしまいそうになるけど、困ったようにうつむいて瞳をさまよわせている様子がかわいいから言わない。
 最初のころは、この街もこの街の言葉も好きではないと憤っていたのに、今では新しいものを見つける
とすぐ話したそうにするし、言葉だって実際に使用し、この街の環境に歩み寄ろうとしているように見えた。
 マミちゃんは見た目だけではわからない、見た目以上に魅力的な内面も兼ね備えている。
 木曜日は彼女と過ごす唯一の時間となった。
 なんというかこの時間は俺にとっても言葉にできない特別な時間だったため、木曜日が来るのが楽しみ
になっていた。誰も知らない俺だけのひとときだった。

「ホッシー、最近やけに楽しそうだけど、彼女でもできたの?」

「そうそう。部活のない日はすぐに帰っちゃうしね」

「え、あ……いや、そうっちゃないけど」

 待ちに待った木曜日。
 ホームルームが終わってすぐに席を立とうとするとクラスの女子たちにからかわれた。
彼女……と言われてあのきれいな横顔を思い出したけど、マミちゃんからしたら通りすがりで最近話す
ようになったただの同級生くらいにしか思っていないんだろうなと思ったら乾いた笑いしか浮かんでこな
かった。
 マミちゃんは俺に興味がない。
 もともと口数の多い方ではないけど、俺について何か質問をしてくることもないため、自分のことを話すタイミングをなくしてしまって、あとで出た会話で『そうだったの?』と言われることも少なくない。
 いや、マミちゃんが興味を持っていないのは、俺のことだけではない。
 こちらでの生活に思い出を作る気はないのか、人から距離を取っているようにも見えた。
 交友関係は少なく、前の学校のひとつ上の先輩と連絡を取っているみたいだったけど、他に彼女ができたのだと聞いたのは先日のこと。
 そのときこそマミちゃんの心理状態は極限に荒れていたし、うまい言葉が見つからなかった。
 勝手な印象だけど、こういったことは都会ではよくあることで、俺にとっては顔も知らない先輩だったけどマミちゃんとよくお似合いの青春ドラマに出てきそうなかっこいい人だったんだろうなとぼんやり思ったことはあった。
 マミちゃんもいつかは東京へ戻っていく人だ。
 友達はいらないと言っているし、ここでのわずかな思い出なんて彼女にとっては不要なのだろう。だから、俺も自分のことは極力話さなくなった。

「急に自転車で学校来るようになったし」

 誰も引き下がろうとしない。

「それはトレーニングもかねて……」

「絶対嘘!」

「本当のこと言ってよ~」

 女子たちに散々騒がれて、憐れむ様子でこちらを見ている親友達も助けようとはしてくれない。こっちはこっちで後でまたからかってくるのだろう。
 彼女たちのほんの一部でも見習ってマミちゃんが俺に興味を持ってくれたらここでもちょっと話は膨らんだかもしれないけど、一方的な片思いでマミちゃんをこれ以上苦しめるのも本望ではなく、とてもじゃ
ないけど言えなかった。
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