涙色ミルキーウェイ

保桜さやか

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【番外編】彦星の受難

9、セイとマミ

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 そのあとは、眠ることなんてできなかった。
 一体どうすればよかったのだろうか。
 玄関に座り込み、そのまま横になり、気づいたら太陽の光と鳥の声が朝を連れてきた。
ヘタレヘタレヘタレと、自分自身を何度も罵った。
 それでも時間は戻らない。
 始発の時間を確認し、彼女のいる自室へ向かうと、ノックと同時に扉が開き、彼女も寝ていないのかひどい顔をしていたのが目に入った。

「ゆっくり眠れた?」

 謝りたかったのに、謝ることができなかった。
 どうでもいいことだけを口にするも会話につながらず、無言で手を差し出すのが精一杯だった。恐る恐る添えられた手が震えているのに気付かなかったわけじゃない。
 早朝の静かな街を越え、門司港駅に向かう。
 昨日とは打って変わって灰色の世界に感じられた。
 彼女とのひとときはどれだけ時間があっても足りなかったのに、いつも何を話していたのさえわからなくなっていた。
 マミちゃんが好きだった。
 でも、そんなことさえ、今の俺には言う資格はない。
 不甲斐なかった。
 不甲斐ないけど、彼女を家まで送り届けて、この街から出られるようにできることをしよう。そう身勝手なことばかり考え、自身の考えを正当化して、始発の電車に乗り込んだ。
 このまま時が止まればいいのにと切に願っていた。
 このまま、彼女の手を引いて、遠く遠くまで逃げれたらいいのに。
 そう願っても、その願いは叶うことはない。
 そのあとはひどいものだった。
 下関駅からバスで向かったマミちゃんの家の付近にはパトカーが止まっていて、ひどく取り乱したマミちゃんのお母さんらしい人が飛び出してきたのが目に入った。
 その光景に、自分の考えの甘さを深く実感させられることになる。
 あの表情は、たまに夢にも見ることはある。
 大人たちに両肩をつかまれ動きを止められながらも恐ろしいほどの金切り声が聞こえた。
 誰かを罵る言葉が繰り返される。
 無我夢中で頭を下げた。
 すみません、と彼女の言葉を聞くよりも先に謝り続けた。
 言葉が通じないとわかっていても、謝るしかできなかった。
 マミちゃんをひとりここに残していくことはできない、そう思えたくらいだった。
 とっさにいろいろと考えたものの彼女の祖父と名乗る人物に、ここは大丈夫だから帰りなさいと言われた。
 でも、と食い下がってはみたものの自分には何もできないのはわかっていたし、あとは僕らが何とかするからと言われて、うなずくしかなかった。
 そのやりとりを、マミちゃんはずっと背を向けて聞いていた。








 帰り道のことは、よく覚えていない。
 関門トンネルを歩いて帰ったはずだ。

『セイ』

 聞こえるはずのない声に何度か振り返る。

『セイ』

 その声に呼ばれるのが好きだった。

『セイ』

 もう二度と呼ばれることはないのに、何度だって期待をしてしまうのだ。
 山口県から福岡県へと続く県境の表記が見え、足を止める。

(ああ……)

 終わってしまった。
 そんな風に感傷に浸るなんて、独りよがりもいいところだ。自ら彼女を傷つけて、手を放してしまったのに。

「……っ」

頬を伝う涙に気づき、思わず口元を覆う。

「マミちゃ……」

 うそだ。夢であってほしいと心から願う。
 時が戻せるのなら、昨日に戻ってほしい。

「ごめ……」

 もっともっと話したいことはたくさんあった。
 聞いてほしいことも山ほどあった。

「マミちゃ……ごめ……」

 一緒に行きたい場所だって、あったのに。
 最終電車を見送ったとき、あれは俺たちの分岐点だとわかっていたはずなのに、俺は自らその手を放してしまった。

『セイ』

 長い髪をなびかせ、澄んだ声で俺を呼ぶ。

『セイ』

 好きだった。
 ずっとずっと好きだったんだ。
 好きだったのに。

『セイ、知ってる? わたしたちの今歩いているこの場所、『風波のクロスロード』って言うんだって。素敵よね』

 振り返って俺の名を呼ぶ。

 その笑顔が、大好きだったんだ。
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