結末いらずのヒロインキャラは仕方がないので自身の舞台の幕引きに自ら花を添えよう

保桜さやか

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2章 ネイデルマーク城

10、第二王子とその婚約者

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「驚かせて悪かったね」

 普通に対応してくれて助かったよ、と塔を出るなりルイに言われた。

「彼女は、魂が抜けているのかい?」

 聞くまでもないが、見せられたからには説明してもらわないと困る。

 あれは、病気なんて状況ではない。

 あの状態を理解した上で彼女をここにとどまらせているということか。

「どうしてあんな……」

「話せば長くなるんだけど、どこから話せばいいかな」

 ちょっと座ろうか、と彼はすぐそばの木陰に腰を下ろす。

 少し先の方でこの塔に仕える侍女だろう……洗濯物を抱えて勢いよく走っているのが見える。

 彼女にさえ妖精たちが楽しそうに笑い、見守るように付き添っていた。

 ここは本当に妖精たちに愛されたあたたかい場所なのだなと再確認しながら言われたとおりその場に腰を下ろすと、タイミングを見計らったようにルイが静かに口を開いた。

「彼女は、弟の婚約者だったんだ。わたしも彼女の国であるランバドル王国には留学をしていたからね、よく知っている間柄ではあったんだけど、彼女がこの国に来てくれてすぐ、我々王族のせいで彼女を深く傷つけてしまったんだ。それで……」

「心を失ってしまったと」

 それも言葉の通り、完全に。

 恐ろしく美しいからだだけを残して。

「本来ならば彼女の母国であるランバドル王国に帰らせてあげられたらいいのだけど、この責は我々にあると思っている。だからこそできる限りのことはするし、原因を突き止めたいと思っている。彼女にとっては不本意なことかもしれないけど、叶うことなら彼女はこの国で彼女とって満足のできる暮らしを送ってほしいと思っている」

 魂がこの場を拒絶してしまうほどのショックを与えておいて、帰したいだの満足できる暮らしだのあまりにもエゴではないのかと言ってやりたかったが、言えなかった。

 両手を組んで顎もとにあてたルイの表情が見たことないほど曇っていたからだ。

「弟が本気で彼女を受け入れるつもりがないようなら、わたしが彼女を妃に迎えるつもりだった」

 曇っているのではない、これは、怒りだ。

 それも、とても静かに。

 静かだが、とてもとても怒っている……そう感じられた。

「だが、弟としても大切な姫君を譲るつもりはないようだから、今は様子見だ。それでも彼に彼女を幸せにできる資格がないとわかったときはもう遠慮はしない。すぐにでもわたしの妃へと迎え入れる予定だ。わたしの一生をもって幸せにしたいと思っている」

「君は彼女が好きなのかい?」

「もちろんだよ」

 ルイはこちらに目を向けることはなく、その淡い薄紫色の瞳はゆっくり雲が流れる青い空を映している。

「ひとりの女性として」

「そうだね」

 作られた笑みからは彼の心は読めなかった。

「……ペテン師め」

「ええ、なんでそうなるのかな」

「あたしに彼女を紹介した理由は? 君がしたことだ。意味があるんだろう」

 でなければわざわざピンポイントでここを案内されるなんてことはないだろう。

「いつか、君にとっても必要だと思ったから。……この答えじゃダメかな」

「君はどこまでも先の未来を生きているように感じるのはあたしだけだろうか」

 あたしの言葉に彼は笑う。

「ペテン師くん」

 だから、口を開く。

「またここへ連れてきてほしい」

「えっ……」

「あんなにも魅力的な女性を前に圧倒されて何もできなかったのは初めてだ。あたしも屈辱的な気分だよ。リベンジがしたい」

「完璧な……わたしよりも完全なる理想的な王子様像に見えたよ。跪いたときは特にそう見えた」

「そうかい?」

「妹が大好きな物語があるんだけど、そこに出てくる王子様のようだったよ」

「いいね。悪い気はしない」

「彼女を前にしたときの君の魅力は、弟が見たら嫉妬のあまり気が狂うんじゃないかと思えたほど魅力的だったよ」

「光栄だ」

 乙女を傷つける男はみんな敵だよ。

 心の中でそっと思い、口を開く。

「最後にひとつだけ、いいかい?」

「わたしに答えられることならなんなりと」

 大げさな素振りでルイは胸に手を当てる。

「シルヴィアーナ様の好きな相手は、誰だい」

「弟だよ」

 間髪を容れずにペテン師はさも当然と言わんばかりにさらりと答えた。

「完全なる邪魔者じゃないか」

「ひどいなぁ、もっといい表現はないの?」

「悪いことは言わないから、身を引くことをお勧めするよ」

 どうせその様子だと、すべての問題は自らが背負えばいいのだと思っているのだろう。

「弟次第だよ」

 心を隠して頬を緩める男はやっぱりペテン師だ。

 青々と澄んだ空とは真逆にどす黒く濁った世界に彼ひとりが立っているように感じられた。

 気味が悪いほど違和感しか感じられないこの場所で、たったひとり(いや、ひとりなのかどうかはわからないけど)すべてのことをその鋭い勘のよさから誰よりも先に悟って動こうとしているこの男のことがひどく気の毒に思えてならなかった。
 
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