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28. 舞踏会の準備と気づく想い
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夏が盛りを迎える頃は、社交シーズンの終わる一歩手前だ。
一年で最も太陽が威力を増す折ではあるが、湿度が低い気候のおかげで過ごしやすい。
この時期に盛装必須の社交界では毎夜どこかの邸で催しが開かれるが、レースを何重にも重ねたドレスで挑んだとしても令嬢や婦人たちが汗だくになることはない。
そして社交シーズンを最も盛り上げるのが、皇族主催の舞踏会である。
皇城一の広さを誇るダンスホールに、国中から集められた貴族が会期中一番豪華な装いで挑む。
高位から下位まで、騎士爵を含めた選ばれし家門が一堂に会し、未婚の子供たちの婚約者探しに奔走し、ゴシップのネタをごっそりと収集するよい機会となる。
主催者であるので、よほどの理由がない限りは皇族も全員が強制参加だ。
というわけで、ブラッドリーの主人も参加を義務付けられている。
年に数度行われる公式行事のひとつである。
「お似合いですわ、お似合いですわぁぁぁ」
一階の元寝室として使われていた部屋に、女性の豊かなアルトボイスが響く。
それは黒のドレスに身を包んだ、幸せと夢がたっぷりと詰まっていそうな身体から発せられている。
彼女は皇后や高位貴族を顧客に持つ、皇都一人気の服飾師である。
男性服を作成するのはただひとり、シェルエンのみだそうだ。
先ほど、ブラッドリーは三つ編みおさげのメイドからそう耳打ちされた。
その美的感覚は凄まじく、あの皇帝陛下の申し出さえも笑顔でお断りした逸話を持つらしい。
「マダム・コメット、今回も素晴らしいです! 純白のマントが丁寧で繊細で優美で……会場中の視線を釘付けにすること間違いなしです」
「ですわよね、ですわよねぇぇぇ! 今回の皇子のテーマカラーは白と伺って、絶対にマントは総レースでと決めていたんです。こんなにもお似合いになるなんて、一週間徹夜してチクチクチクチク刺繍した甲斐がありましたわぁぁぁ」
鏡に映るシェルエンは、衣装の最終チェック真っただ中だ。
丈の短い白とメタリックゴールドのジュストコールに、胡蝶蘭の刺繍が施されたマントを羽織っている。
相変わらず麗しい。
別にそれは盛装しているから、というわけではない。
いつものケープガウンでも十分に麗しいし、変装した平民の格好でも麗しかったし、何なら飾り気のない寝間着でも麗しい。
容貌そのものはもちろんだが、醸し出す雰囲気も作る表情も、瞳の奥に垣間見える優しさが、きっとその造形美を如何なく最上位の美しさへと押し上げていて、思わず口づけをしてしまいたくな――
と心の中で呟いた時に、ブラッドリーは我に返った。
そうしてそんな不埒なことを自然と考えてしまった己が信じられず、絶望的な気持ちで額に手の平を押し当てた。
馬鹿か? 俺は。
この大陸一の大馬鹿野郎なのか?
いや、この大陸一の大馬鹿野郎は、昨日の夜に滅んでいる。
床の上で足を小さく折り畳んで、頭を下げていた男。
背中に長い針を刺したままで謝罪に謝罪を重ねた男。
そう、その男の名はブラッドリー・ジェスフォード、第四皇子の護衛騎士だ。
自分でもなぜあんな行動をしたのか分からない。
気がついたら主人の唇を貪っていた、なんて言語道断すぎて処刑レベルだ。
言い訳などない、しようがない。
ただ、目の下に感じたやわらかい感触が何かを目覚めさせた。
見つめた瞳の奥に、求めてはいけない何かを追い求めてしまった。
「主、本当に素敵です。どんなに着飾ったご令嬢も、首が埋まるほどに宝石を敷き詰めたご婦人も、到底敵いません」
「比較対象が皆、女性の方々なのが気になるところではありますね。ジュディス、私は男性側ですよ?」
「まぁまぁ、皇子殿下。ご自分の魅力にいい加減お気づきになってくださいな。貴族で最も美しいと持て囃されている公爵令嬢ですら、皇子殿下の前ではぼやぼやっと霞んでしまいますわぁぁぁ」
「レースのように髪も細かく編んで、殿下の花で飾りつけたらさらにお綺麗になりそうですね」
「まぁぁぁ、ジュディスさん、名案ですわぁぁぁ! 一緒に編み込めるように、同じ刺繍の細長いレースも作成しましょうねぇぇぇ」
「ありがとうございます、マダム・コメット!」
主役を放り出して盛り上がる女性ふたり。
その会話を右から左に流しながらブラッドリーは、本人も気づかぬ内に昨夜の記憶を思い返していた。
唇と唇の触れ合う、得も言われぬやわらかさ。
境界線を擦り合わせる気持ち快さ。
咄嗟に閉じられた口の端を、舐めて吸って懐柔する楽しさ。
上手く息が続かずに、薄く開いた先に無理やり舌を捩じ込んで、逃げる舌を追いかける愉しさ。
そうでなくとも与えられる、皇子と口づけをしているという無上の喜び。
「っ……んんっ」とシェルエンが漏らす声さえも、甘美な誘惑にしかならなかった。
腹の下に僅かな昂りを覚えたのと、胸を容赦なく叩かれたのは同じ時だった。
顔を離した自分は、それでも熱から解放されなかった。
濡れて光る唇を目の当たりにして、もう一度顔を寄せた。
支えたままの後頭部を引き寄せて、食もうとする一歩手前。
「やめなさい、ブラッドリー! これは明らかに行き過ぎた行動ですよ。私が皇族だということを忘れたんですか?」
その言葉で意識を取り戻した。
徐々に焦点の合っていく眼前には、顔を真っ赤に染めた主人の姿があった。
とんでもないことをしてしまった。
同意もなく口づけをするなんて、ともすれば強姦罪となる。
しかも相手は皇族だ、首が胴体と離れる事態になっても釈明の余地はない。
そして何より、初めての経験だっただろうに、それを奪ってしまった。
まさか同性に初めてを強奪されることになろうとは、皇子自身、夢にも思わなかっただろう。
大変なことをしでかした。
ブラッドリーはすぐさまベッドから降りると、ひたすらに詫びた。
それはもう、頭を下げまくった。
額が地面についてもなお、めり込むほどに擦りつけた。
「分かったので、体勢を戻しなさい」と言われて改めて見つめたその人の耳は真っ赤だったけれど、収まらない怒りの発露だろうと思い、再び床と一心同体になったブラッドリーだった。
昨夜は眠る時も、今朝起きてからも、なんだか気まずい雰囲気だったのは言うまでもない。
皇子とは、出会って四か月になる。
存分に麗しくて、それだけでこの時代は格別に魅力的だと評されるのに、彼の長所はそれだけに留まらない。
博識なところも、大胆なところも、寛容なところも、他人の心の許容範囲を上手く推し量って我儘を言えるところも、とても素敵だ。
そして何より、勇敢で、強くて、己に与えられた使命から逃げ出さずに人を救うところが、圧倒的な光だ。
考えれば考えるほどに、心をやわらかく支配する人。
知れば知るほどに、離れられなくなる人。
この気持ちは何だ?
献身か、敬意か、忠誠か。
……もしかして情か?
いや、そんなわけはない。
……まさか愛情か?
いや、そんなわけは……
ずっと見ていたくて、ずっと話をしていたくて、ずっと一緒に眠りたくて。
傷ついてほしくなくて、傷ついてしまったら舐めて癒したくて、そっと抱き締めたくて。
この人を傷つける全てをこの世から葬りたくて、もういっそ諸悪の根源とされている悪党母子をこの手で斬――
「ブラッドリー」
呼ばれて、深い海の底から引き戻された。
今、自分は何を考えていた?
信じられなくて絶句する。
脳内で響く最後の台詞、あの先に続く言葉は一体何だった?
有り得ない。
まさか。
自分がこんな決意をする日が来るなんて。
もう一度こんな決意をする自分が現れるなんて。
ぐにゃりと世界が歪んだ。
そしてフラッシュバックする、あの壮絶な後悔と自責の念に塗り潰された日々。
思いつめて深々と魘されて、二度としないと心に誓った日々。
震える指先を、握り締めた。
「ブラッドリー、どうしました? 退屈でしたか?」
優しい声がする。
優しく包み込んで安心をくれる声がする。
「少し顔色が悪そうですね。ソファに横になりますか?」
優しい瞳に見つめられる。
淡い紫が散るシルバーの優しい瞳。
「ブラッドリー?」
ぼんやりとして機能の鈍くなった脳は、最終的な指示だけを残して停止した。
ブラッドリーは腕を真っ直ぐに伸ばすと、純白に包まれた皇子を強く引き寄せた。
背中に手を回して、胸と胸を合わせて、覆いかぶさるように抱き締める。
この人を支えにして、崩れゆく世界に耐えられるように。
新しく構築されていく世界の中心に、この人を据えるように。
過去と向き合う覚悟を持てるように。
「殿下……殿下」
「体調が悪い?」
「…………」
ブラッドリーは首を振る。
「嫌なことがありました?」
「…………いいえ」
「不安なことでも?」
「…………」
返事をする代わりに、腕に力を込める。
「どうしたんでしょうか、幼子の癇癪のようですね……まぁでも、私は年上ですから、可愛い年下の面倒を見るのは年上の仕事としましょう」
そっと、背中に腕が回される感覚がする。
強く抱き締めていたのに、さらに強く触れ合った気がする。
自分でも訳の分からない感情に振り回されて暴挙に出たのに、それを受け止めて包んでくれた。
その気持ちは嬉しくて、愛おしくて、大切で。
嗚呼、この人のためなら何でも出来る。
どんなことだって何だってする。
そう思った。
「泣かないで、ブラッドリー」
「……泣いてません」
「泣いてないんですか? こんなにも震えているのに?」
「泣いてません。殿下の勘違いです」
「そうですか……ならば年上の威厳で以て、そういうことにしてあげましょう」
放さない。
この人を、絶対に放さない。
一年で最も太陽が威力を増す折ではあるが、湿度が低い気候のおかげで過ごしやすい。
この時期に盛装必須の社交界では毎夜どこかの邸で催しが開かれるが、レースを何重にも重ねたドレスで挑んだとしても令嬢や婦人たちが汗だくになることはない。
そして社交シーズンを最も盛り上げるのが、皇族主催の舞踏会である。
皇城一の広さを誇るダンスホールに、国中から集められた貴族が会期中一番豪華な装いで挑む。
高位から下位まで、騎士爵を含めた選ばれし家門が一堂に会し、未婚の子供たちの婚約者探しに奔走し、ゴシップのネタをごっそりと収集するよい機会となる。
主催者であるので、よほどの理由がない限りは皇族も全員が強制参加だ。
というわけで、ブラッドリーの主人も参加を義務付けられている。
年に数度行われる公式行事のひとつである。
「お似合いですわ、お似合いですわぁぁぁ」
一階の元寝室として使われていた部屋に、女性の豊かなアルトボイスが響く。
それは黒のドレスに身を包んだ、幸せと夢がたっぷりと詰まっていそうな身体から発せられている。
彼女は皇后や高位貴族を顧客に持つ、皇都一人気の服飾師である。
男性服を作成するのはただひとり、シェルエンのみだそうだ。
先ほど、ブラッドリーは三つ編みおさげのメイドからそう耳打ちされた。
その美的感覚は凄まじく、あの皇帝陛下の申し出さえも笑顔でお断りした逸話を持つらしい。
「マダム・コメット、今回も素晴らしいです! 純白のマントが丁寧で繊細で優美で……会場中の視線を釘付けにすること間違いなしです」
「ですわよね、ですわよねぇぇぇ! 今回の皇子のテーマカラーは白と伺って、絶対にマントは総レースでと決めていたんです。こんなにもお似合いになるなんて、一週間徹夜してチクチクチクチク刺繍した甲斐がありましたわぁぁぁ」
鏡に映るシェルエンは、衣装の最終チェック真っただ中だ。
丈の短い白とメタリックゴールドのジュストコールに、胡蝶蘭の刺繍が施されたマントを羽織っている。
相変わらず麗しい。
別にそれは盛装しているから、というわけではない。
いつものケープガウンでも十分に麗しいし、変装した平民の格好でも麗しかったし、何なら飾り気のない寝間着でも麗しい。
容貌そのものはもちろんだが、醸し出す雰囲気も作る表情も、瞳の奥に垣間見える優しさが、きっとその造形美を如何なく最上位の美しさへと押し上げていて、思わず口づけをしてしまいたくな――
と心の中で呟いた時に、ブラッドリーは我に返った。
そうしてそんな不埒なことを自然と考えてしまった己が信じられず、絶望的な気持ちで額に手の平を押し当てた。
馬鹿か? 俺は。
この大陸一の大馬鹿野郎なのか?
いや、この大陸一の大馬鹿野郎は、昨日の夜に滅んでいる。
床の上で足を小さく折り畳んで、頭を下げていた男。
背中に長い針を刺したままで謝罪に謝罪を重ねた男。
そう、その男の名はブラッドリー・ジェスフォード、第四皇子の護衛騎士だ。
自分でもなぜあんな行動をしたのか分からない。
気がついたら主人の唇を貪っていた、なんて言語道断すぎて処刑レベルだ。
言い訳などない、しようがない。
ただ、目の下に感じたやわらかい感触が何かを目覚めさせた。
見つめた瞳の奥に、求めてはいけない何かを追い求めてしまった。
「主、本当に素敵です。どんなに着飾ったご令嬢も、首が埋まるほどに宝石を敷き詰めたご婦人も、到底敵いません」
「比較対象が皆、女性の方々なのが気になるところではありますね。ジュディス、私は男性側ですよ?」
「まぁまぁ、皇子殿下。ご自分の魅力にいい加減お気づきになってくださいな。貴族で最も美しいと持て囃されている公爵令嬢ですら、皇子殿下の前ではぼやぼやっと霞んでしまいますわぁぁぁ」
「レースのように髪も細かく編んで、殿下の花で飾りつけたらさらにお綺麗になりそうですね」
「まぁぁぁ、ジュディスさん、名案ですわぁぁぁ! 一緒に編み込めるように、同じ刺繍の細長いレースも作成しましょうねぇぇぇ」
「ありがとうございます、マダム・コメット!」
主役を放り出して盛り上がる女性ふたり。
その会話を右から左に流しながらブラッドリーは、本人も気づかぬ内に昨夜の記憶を思い返していた。
唇と唇の触れ合う、得も言われぬやわらかさ。
境界線を擦り合わせる気持ち快さ。
咄嗟に閉じられた口の端を、舐めて吸って懐柔する楽しさ。
上手く息が続かずに、薄く開いた先に無理やり舌を捩じ込んで、逃げる舌を追いかける愉しさ。
そうでなくとも与えられる、皇子と口づけをしているという無上の喜び。
「っ……んんっ」とシェルエンが漏らす声さえも、甘美な誘惑にしかならなかった。
腹の下に僅かな昂りを覚えたのと、胸を容赦なく叩かれたのは同じ時だった。
顔を離した自分は、それでも熱から解放されなかった。
濡れて光る唇を目の当たりにして、もう一度顔を寄せた。
支えたままの後頭部を引き寄せて、食もうとする一歩手前。
「やめなさい、ブラッドリー! これは明らかに行き過ぎた行動ですよ。私が皇族だということを忘れたんですか?」
その言葉で意識を取り戻した。
徐々に焦点の合っていく眼前には、顔を真っ赤に染めた主人の姿があった。
とんでもないことをしてしまった。
同意もなく口づけをするなんて、ともすれば強姦罪となる。
しかも相手は皇族だ、首が胴体と離れる事態になっても釈明の余地はない。
そして何より、初めての経験だっただろうに、それを奪ってしまった。
まさか同性に初めてを強奪されることになろうとは、皇子自身、夢にも思わなかっただろう。
大変なことをしでかした。
ブラッドリーはすぐさまベッドから降りると、ひたすらに詫びた。
それはもう、頭を下げまくった。
額が地面についてもなお、めり込むほどに擦りつけた。
「分かったので、体勢を戻しなさい」と言われて改めて見つめたその人の耳は真っ赤だったけれど、収まらない怒りの発露だろうと思い、再び床と一心同体になったブラッドリーだった。
昨夜は眠る時も、今朝起きてからも、なんだか気まずい雰囲気だったのは言うまでもない。
皇子とは、出会って四か月になる。
存分に麗しくて、それだけでこの時代は格別に魅力的だと評されるのに、彼の長所はそれだけに留まらない。
博識なところも、大胆なところも、寛容なところも、他人の心の許容範囲を上手く推し量って我儘を言えるところも、とても素敵だ。
そして何より、勇敢で、強くて、己に与えられた使命から逃げ出さずに人を救うところが、圧倒的な光だ。
考えれば考えるほどに、心をやわらかく支配する人。
知れば知るほどに、離れられなくなる人。
この気持ちは何だ?
献身か、敬意か、忠誠か。
……もしかして情か?
いや、そんなわけはない。
……まさか愛情か?
いや、そんなわけは……
ずっと見ていたくて、ずっと話をしていたくて、ずっと一緒に眠りたくて。
傷ついてほしくなくて、傷ついてしまったら舐めて癒したくて、そっと抱き締めたくて。
この人を傷つける全てをこの世から葬りたくて、もういっそ諸悪の根源とされている悪党母子をこの手で斬――
「ブラッドリー」
呼ばれて、深い海の底から引き戻された。
今、自分は何を考えていた?
信じられなくて絶句する。
脳内で響く最後の台詞、あの先に続く言葉は一体何だった?
有り得ない。
まさか。
自分がこんな決意をする日が来るなんて。
もう一度こんな決意をする自分が現れるなんて。
ぐにゃりと世界が歪んだ。
そしてフラッシュバックする、あの壮絶な後悔と自責の念に塗り潰された日々。
思いつめて深々と魘されて、二度としないと心に誓った日々。
震える指先を、握り締めた。
「ブラッドリー、どうしました? 退屈でしたか?」
優しい声がする。
優しく包み込んで安心をくれる声がする。
「少し顔色が悪そうですね。ソファに横になりますか?」
優しい瞳に見つめられる。
淡い紫が散るシルバーの優しい瞳。
「ブラッドリー?」
ぼんやりとして機能の鈍くなった脳は、最終的な指示だけを残して停止した。
ブラッドリーは腕を真っ直ぐに伸ばすと、純白に包まれた皇子を強く引き寄せた。
背中に手を回して、胸と胸を合わせて、覆いかぶさるように抱き締める。
この人を支えにして、崩れゆく世界に耐えられるように。
新しく構築されていく世界の中心に、この人を据えるように。
過去と向き合う覚悟を持てるように。
「殿下……殿下」
「体調が悪い?」
「…………」
ブラッドリーは首を振る。
「嫌なことがありました?」
「…………いいえ」
「不安なことでも?」
「…………」
返事をする代わりに、腕に力を込める。
「どうしたんでしょうか、幼子の癇癪のようですね……まぁでも、私は年上ですから、可愛い年下の面倒を見るのは年上の仕事としましょう」
そっと、背中に腕が回される感覚がする。
強く抱き締めていたのに、さらに強く触れ合った気がする。
自分でも訳の分からない感情に振り回されて暴挙に出たのに、それを受け止めて包んでくれた。
その気持ちは嬉しくて、愛おしくて、大切で。
嗚呼、この人のためなら何でも出来る。
どんなことだって何だってする。
そう思った。
「泣かないで、ブラッドリー」
「……泣いてません」
「泣いてないんですか? こんなにも震えているのに?」
「泣いてません。殿下の勘違いです」
「そうですか……ならば年上の威厳で以て、そういうことにしてあげましょう」
放さない。
この人を、絶対に放さない。
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