夢追い旅

夢人

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 どれほど長く公園のベンチに腰かけていたのか、日が傾いてきている。60歳前後のサラリーマンがぽつぽつとベンチを占領していて永延と新聞を見つめている。彼らは公園に毎日出勤してきているという話を聞いたことがある。飲み屋に集まるその年代の人とは違う人種らしく、決して交わろうとはせずに自分の指定席に整然とかけている。
「ああ、松宮さん、これから取引先と打ち合わせなんで、・・・」
「はいはい、直帰なんですね」
 一番年嵩の彼女は、すべてを飲み込んでいるとばかりに、浮つくような返事を繰り返す。
 周平は公園を抜けだすと、最近から常連になり始めている東京では珍しい屋台を覗く。
「若いうちからうちの常連は寂しいね」
 それでも笑いながら、冷酒を注いでくれる。
 周平はこういううところに腰かけると、妙に懐かしく心が落ち着くのである。
 周平は大阪の西成の生れである。両親の記憶がない。物事の知恵がついた頃から、周平はちょっと美人な叔母に育てられている。戸籍上は叔母は母親である。でも、確信を持ってお互いに血がつながっているとは信じない。叔母は、若い頃から売春を生業として生きている。だから、商売するときは時間を区切って部屋を追い出される。だが嫌いではない。無関心な関係が二人にはよく似合っていたのだろう。
「あんたは商才があるわ」
といつも口癖のように叔母は言った。
 確かに、小金をせっせとためて、大学を卒業もした。そして異常なほど周到な就職活動をした。
 決定的に、叔母と別れたのは、東京のこの会社に入社が決まった時である。
「東京に行く」
「もう帰ってくるな」
 それが二人の会話だった。この挨拶が二人には似合っていると、周平は今も思っている。周平は、1枚の写真を鞄の奥底に潜ませると、昔、商売の間に出て行った時のように、振り返らず部屋を出て行った。この写真は、いまだ誰にも見せたことがない。叔母が20歳の時に演芸場に上がった時のブロマイドなのである。叔母はこの頃の写真をよく客に見せる。なぜか周平はこの時そっと1枚を盗んだのである。
 あれから西成には戻っていない。






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