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人工楽園にて(12)
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「光雄さんは、どうしている?」
「相変わらず塞ぎ込んでる。政治どころじゃないらしい」
休憩スペースに足を踏み入れる。鉄のテーブルや棚に置かれた、眼球を手の平に載せた手首、本物の髑髏、瓶に詰めた胎児、人工的なシャム双生児などのオブジェが視界に入った。ほかは水槽で悠々と泳ぐアロワナ、真紅のソファーの正面には映画が映し出されているペーパースクリーン。
「家も荒れてて面倒臭いし、出ていこうと思ってる。もうここには二度とこない」
香琉(かおる)がソファーに脚を開いて座った。俺もその隣に座り、なんとなくスクリーンの映像に見入る。この映画なら何度も見た。監督が、恋した少年に惨殺される事件がのちに起こったやつだ。屋敷の窓から双眼鏡で、男が外を眺めているシーン。外では奴隷たちが凄惨な拷問を受け、次々殺されていく。焼かれたり、切り取られたり、吊されたり、えぐられたり、剥がされたり。BGMは不似合いにも、荘厳な宗教歌が流れている。
「これから生きていくためには、まるくならねえと」
耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。映画からではない。手術室のほうからだ。
「ほら、仕事しろよ」
香琉がスーツのポケットから煙草の箱を取り出し、一本くわえた。テーブルに置かれているライターで火を点けてやってから、スラックスの股間に手を伸ばす。香琉は目を閉じ、深く煙を吸って、吐いた。視界を遮断して、映画と現実、両方の奴隷の痛々しい鳴き声に聞き入っているようだった。
手にあまるほどの陰茎を扱きながら、映画のつづきを見る。拷問シーンから切りかわり、屋敷の中が映された。屋敷の警備兵である少年の一人が唐突にラジオを弄り、BGMが宗教歌からひどくのんきで、陽気な響きのダンスミュージックに変わった。少年がもう一人の警備兵の少年に、踊ろうと誘う。二人は手を取り合って、ステップを踏みながらBGMと同じくのんきな会話をする。『恋人の名は?』『マルガリータ』――そのまま、白い紙にFINEと印字したようなものをクローズアップするだけの簡素なエンディング。
薄ら目を開けて、短くなった煙草を香琉は頭蓋骨の灰皿に揉み消した。本当に、まるくなりつつあるらしい。前なら、その煙草の火種は俺の肌に押しつけられるはずだ。
再び目を閉じて、香琉はごく普通の交わりを求めてきた。十分に勃起した陰茎に跨がる。……今度は赤子の泣き声が乳児室のほうから聞こえてきた。
「やっぱり、ここがいちばん落ち着く」
しかし、いつまでたっても香琉は放出しない。そのうち、もういいと俺は膝の上から退けられてしまった。それから香琉はエントランスでの見送りを望まずに、リンボの階段をあがっていった。友人との淡泊な別れを迎えたあと、エデンに戻る前に俺は彼女に挨拶しにいくことにした。
今宵の食事はジビエ料理。血のような色をした野生の鳥獣の肉がテーブルに並び、酒は濃いルビー色をしたバローロのワインが供されている。そして前座は、ふっと広間の照明がやや薄暗くなり、逆再生の賛美歌が流れはじめてしばらくしてから、ガァーッ! ガァーッ! と、非常に耳障りな鳴き声が響くとともに舞台がライトアップされた。逆十字のオブジェで飾られた舞台の上には、黒山羊の頭をかぶったシーメールの奴隷が力任せにガチョウを押さえている。
さながらバフォメットの奴隷はガチョウの首を掴み、烙印の押された豊満な乳房を揺らしながら、舞台を舞うような足取りで廻った。観客の関心を寄せさせてから、奴隷は陰茎を扱き、羽をばたつかせて抵抗するガチョウを手こずりつつも犯す。ガチョウの狂った喘ぎ声が響いた。
奴隷は大げさにうなり、放出が近くなってきたのか腰の動きを速める。そして一際大きな声をあげると同時に、ガチョウの首をへし折った。使用人が一人、舞台にのぼり奴隷にナイフを手渡す。奴隷はガチョウの肛門から萎えた陰茎を引き抜き、そのままガチョウの頸動脈を刃で裂いた。
「精をつけたい方はどうぞ!」
まるで黒ミサだ。奴隷のすすめに応じた客たちがワイン片手に舞台へ集まり、ガチョウの血を受け取る。
「君ももらってきたらどうだ? 本番を控えているのだろう」
「……ええ、では一杯だけ」
そばにいた客に、半笑いで命令されてしまった。飲みかけのワインを持って、舞台の前の列に加わる。少しして、ワインの鮮やかな赤はガチョウの傷口から垂れる血で、赤黒く濁ってしまった。口にすると精がつくどころか、生臭さに参ってしまう。
贄の血が尽きれば奴隷は退いて、賛美歌はとまり、照明も元に戻る。舞台の上が整えられると、原稿を持ってあがった。礼をして、エナメルのコルセットにスカートのようについているチュールをまくり、今宵はショーツを穿いていないのでそのまま椅子に座った。
「……エデンには変わった趣味を持つお客さまがたくさんいらっしゃいますから、戸惑ってしまうことも多かったです。講習で勉強したことはあくまで基本に過ぎないのだと、身をもって知りました。
私が楽園に勤めはじめてまだ日が浅いころ、立派な体格をした壮年のある男性からご指名をいただきました。その方は――俺はローマの皇帝と同じ遊びを好んでいるのだよ、と仰り、遊戯の内容を説明してくれます。まず、私たちは大浴場へ向かいました。湯船に飛び込み、泳ぐお客さまのすぐ後ろについていきます。お客さまは湯を噴出させている中央の台の辺りでとまると、仰向けになって浮かびました。
私はお客さまの股間にとまり、皇帝に仕える小姓として、半立ちの陰茎を口でお世話しました。やがて水面に塔が聳え、お客さまは――おお、かわいいミノウ! ……コイ科の小魚のことです……と、私を呼び――出すぞ、顔で受けとめるんだ、と絶頂が近いことを告げました。私が――しかし、お湯を汚してしまいます。と言うと、お客さまはいらついた様子で――馬鹿者! 俺は皇帝だぞ、そんなこと知るか! と、怒鳴りながら私の顔面に大量の白い飛沫をかけました。
「相変わらず塞ぎ込んでる。政治どころじゃないらしい」
休憩スペースに足を踏み入れる。鉄のテーブルや棚に置かれた、眼球を手の平に載せた手首、本物の髑髏、瓶に詰めた胎児、人工的なシャム双生児などのオブジェが視界に入った。ほかは水槽で悠々と泳ぐアロワナ、真紅のソファーの正面には映画が映し出されているペーパースクリーン。
「家も荒れてて面倒臭いし、出ていこうと思ってる。もうここには二度とこない」
香琉(かおる)がソファーに脚を開いて座った。俺もその隣に座り、なんとなくスクリーンの映像に見入る。この映画なら何度も見た。監督が、恋した少年に惨殺される事件がのちに起こったやつだ。屋敷の窓から双眼鏡で、男が外を眺めているシーン。外では奴隷たちが凄惨な拷問を受け、次々殺されていく。焼かれたり、切り取られたり、吊されたり、えぐられたり、剥がされたり。BGMは不似合いにも、荘厳な宗教歌が流れている。
「これから生きていくためには、まるくならねえと」
耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。映画からではない。手術室のほうからだ。
「ほら、仕事しろよ」
香琉がスーツのポケットから煙草の箱を取り出し、一本くわえた。テーブルに置かれているライターで火を点けてやってから、スラックスの股間に手を伸ばす。香琉は目を閉じ、深く煙を吸って、吐いた。視界を遮断して、映画と現実、両方の奴隷の痛々しい鳴き声に聞き入っているようだった。
手にあまるほどの陰茎を扱きながら、映画のつづきを見る。拷問シーンから切りかわり、屋敷の中が映された。屋敷の警備兵である少年の一人が唐突にラジオを弄り、BGMが宗教歌からひどくのんきで、陽気な響きのダンスミュージックに変わった。少年がもう一人の警備兵の少年に、踊ろうと誘う。二人は手を取り合って、ステップを踏みながらBGMと同じくのんきな会話をする。『恋人の名は?』『マルガリータ』――そのまま、白い紙にFINEと印字したようなものをクローズアップするだけの簡素なエンディング。
薄ら目を開けて、短くなった煙草を香琉は頭蓋骨の灰皿に揉み消した。本当に、まるくなりつつあるらしい。前なら、その煙草の火種は俺の肌に押しつけられるはずだ。
再び目を閉じて、香琉はごく普通の交わりを求めてきた。十分に勃起した陰茎に跨がる。……今度は赤子の泣き声が乳児室のほうから聞こえてきた。
「やっぱり、ここがいちばん落ち着く」
しかし、いつまでたっても香琉は放出しない。そのうち、もういいと俺は膝の上から退けられてしまった。それから香琉はエントランスでの見送りを望まずに、リンボの階段をあがっていった。友人との淡泊な別れを迎えたあと、エデンに戻る前に俺は彼女に挨拶しにいくことにした。
今宵の食事はジビエ料理。血のような色をした野生の鳥獣の肉がテーブルに並び、酒は濃いルビー色をしたバローロのワインが供されている。そして前座は、ふっと広間の照明がやや薄暗くなり、逆再生の賛美歌が流れはじめてしばらくしてから、ガァーッ! ガァーッ! と、非常に耳障りな鳴き声が響くとともに舞台がライトアップされた。逆十字のオブジェで飾られた舞台の上には、黒山羊の頭をかぶったシーメールの奴隷が力任せにガチョウを押さえている。
さながらバフォメットの奴隷はガチョウの首を掴み、烙印の押された豊満な乳房を揺らしながら、舞台を舞うような足取りで廻った。観客の関心を寄せさせてから、奴隷は陰茎を扱き、羽をばたつかせて抵抗するガチョウを手こずりつつも犯す。ガチョウの狂った喘ぎ声が響いた。
奴隷は大げさにうなり、放出が近くなってきたのか腰の動きを速める。そして一際大きな声をあげると同時に、ガチョウの首をへし折った。使用人が一人、舞台にのぼり奴隷にナイフを手渡す。奴隷はガチョウの肛門から萎えた陰茎を引き抜き、そのままガチョウの頸動脈を刃で裂いた。
「精をつけたい方はどうぞ!」
まるで黒ミサだ。奴隷のすすめに応じた客たちがワイン片手に舞台へ集まり、ガチョウの血を受け取る。
「君ももらってきたらどうだ? 本番を控えているのだろう」
「……ええ、では一杯だけ」
そばにいた客に、半笑いで命令されてしまった。飲みかけのワインを持って、舞台の前の列に加わる。少しして、ワインの鮮やかな赤はガチョウの傷口から垂れる血で、赤黒く濁ってしまった。口にすると精がつくどころか、生臭さに参ってしまう。
贄の血が尽きれば奴隷は退いて、賛美歌はとまり、照明も元に戻る。舞台の上が整えられると、原稿を持ってあがった。礼をして、エナメルのコルセットにスカートのようについているチュールをまくり、今宵はショーツを穿いていないのでそのまま椅子に座った。
「……エデンには変わった趣味を持つお客さまがたくさんいらっしゃいますから、戸惑ってしまうことも多かったです。講習で勉強したことはあくまで基本に過ぎないのだと、身をもって知りました。
私が楽園に勤めはじめてまだ日が浅いころ、立派な体格をした壮年のある男性からご指名をいただきました。その方は――俺はローマの皇帝と同じ遊びを好んでいるのだよ、と仰り、遊戯の内容を説明してくれます。まず、私たちは大浴場へ向かいました。湯船に飛び込み、泳ぐお客さまのすぐ後ろについていきます。お客さまは湯を噴出させている中央の台の辺りでとまると、仰向けになって浮かびました。
私はお客さまの股間にとまり、皇帝に仕える小姓として、半立ちの陰茎を口でお世話しました。やがて水面に塔が聳え、お客さまは――おお、かわいいミノウ! ……コイ科の小魚のことです……と、私を呼び――出すぞ、顔で受けとめるんだ、と絶頂が近いことを告げました。私が――しかし、お湯を汚してしまいます。と言うと、お客さまはいらついた様子で――馬鹿者! 俺は皇帝だぞ、そんなこと知るか! と、怒鳴りながら私の顔面に大量の白い飛沫をかけました。
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