咎の園

山本ハイジ

文字の大きさ
39 / 49

恋の罪(18)

しおりを挟む
 それから、私は座ったヴィヴィアン好きのお客さまの膝の上に、彼女は夫人の膝の上に、陰茎を体内に埋めつつ……彼女は疑似の陰茎を……腰かけました。その状態で、私と伊織は情熱的に口づけをします。彼女の頬に一筋、涙が流れました。車窓の外をいっさい気にしないまま遊戯をおえたあと、夫人がくわえた煙草に伊織がうなだれた様子でマッチを擦り、火を点けます。使用人は嫌らしい声と音が響くなか、運転席でずっと携帯ゲームをしていました。
 お客さま方と別れ、エデンに帰ってから、遊戯で疲れているはずですが伊織は私からのご褒美を求めてきます。ベッドの上でそれを与えると彼女はよがり、私にしがみつきながら――ああ、次こそは……と、呻くように言いました。
 彼女は二、三回達している様子がありましたが、私は放出できませんでした。以後、兄妹でデートのお誘いを受けて、外出中隙らしいものができても適当に理由をつけて無謀だと伝え、彼女をとめてきました。
 ところで、時が経つにつれて強くなっていく彼女の性欲に、私は悩まされはじめていました。私が過酷な遊戯をしたあとで疲れていても、体調が優れていなくても、お客さまにしこたま飲まされて二日酔いという状態でも、彼女は求めてきます。応じないと、機嫌がすごく悪くなります。獣のような頻度と激しさで交接すると、派手に、上手になった嬌声をあげ、情熱的な求愛と外界に対する希望の言葉を吐きつづける彼女。……このころから伊織と二人で過ごす時間は癒やしでもなんでもなく、むしろ苦痛と化しつつありました。
 彼女がお客さまに弄ばれて濡らすことがあったのは、このあと、私に慰めてもらえるという期待からだと悟ります。……いえ、なにも、苦痛を感じるようになったのは別に楽しくもなんともない普通の性交を強要されつづけたからだけではありません。彼女が私以外の男に抱かれたりすることに覚えていた罪悪感。それを、私も感じるように強いてきました。
 私が奴隷の女の子や、お客さまのご婦人や、笹沼夫人と仲良くしすぎているのを見つけると、彼女はがみがみ怒ります。表向きだけだよとなだめつつ、内心あまりの面倒臭さに辟易していました。こういう束縛、エデンでは愚行極まりありません。
 だんだん、エデンで清純や純情は受けない理由がわかってきました。やはり、成熟する前にエデンに連れてこられた私の外界の常識に対する認識は甘かったようです。楽園で快楽を制限されてしまうなんて、耐えがたくいらいらします。もしも伊織が堕落しても、複雑な気持ちにはなるでしょうが私は邪魔しません。変わった趣味は付き合えそうなものなら付き合います。エデンを訪れる快楽主義であるカップルのお客さま方の姿で、その辺は学習していました。
 奥さまとその夫君の愛人が仲良し。そんな光景はエデンではざらです。嫉妬など感じないか、感じても嫉妬という感情を楽しめてしまえるほど心に余裕のある方々です。笹沼夫人も夫君に暴君のような振る舞いをしているように見えますが、束縛はしていません。自分もそうしているのだから平等に、夫君には愛人をいくらでも作っていいと言ってあるそうです。それでも夫人の夫君いわく、愛人なんて一人も作っていないそうですが。そのうえ、夫君は夫人の暴君の振る舞いで、夫人は夫君から与えられている自由で、それぞれの趣味を充足させています。
 お互いの欲を満たしあい、束縛しない。そんなおおらかなカップルの姿に憧れてしまいました。……いまだに外界外界と騒ぐ伊織に、私は自分の趣味を告白できそうにありません。私を精神的にガチガチに縛り、抱いて抱いてと下品にねだりつつもどこか苦しそうな彼女を見ていると、いつの日かお客さまのご婦人に言われた――女は淫奔であったほうが幸せになれるのよ、という言葉を思い出します。その通りかも知れない、と思ってしまいました。
 最初のうち、恋は快楽のいいスパイスになっていましたが、今となってはただの弊害です。こんなに生臭いものだったのか。これなら出会ったばかりのころ、デートしていたプラトニックなときのほうが楽しかったです。今や伊織はお客さまなどから責めを受けても技巧じみ、鞭やペニスバンドは相変わらず私に対しては不器用です。さして快楽も得られません。数年が経つうちに、もう彼女への思いは冷めていっている自分がいました。
 ……伊織の清純さに惹かれ、恋に落ちたはずなのに。後々それが嫌になってしまうとは、皮肉なものですね。やはり私と彼女は違いすぎた。ところで、私はなぜここまで外界を拒絶するのかについてですが……伊織への恋心がまだ熱かったころ、一瞬だけですがまじめに考えてみたことがあります。エデンを出るということを。なにも脱走などと乱暴かつ危険な方法を使わなくても、私と伊織がもっと年を取ってから、年季明けということで私たちを外界で結婚させてくれないか旦那さまに相談してみるとか。
 でも、お客さまに身請けされるなどして外界へいった奴隷が、泣いてエデンに戻ってくることが多いのを見てしまうと、ね。旦那さまはお優しいから、傷心の奴隷を受け入れてくださいます。ずっとエデンで育ってきた奴隷に、外界は勝手が違いすぎたのですよ。お客さまも愛玩してきた奴隷がもう奴隷ではなくなっていって、変わっていく関係性にどう純粋な言葉を並べつつも耐えられなくなってしまったのでしょう。
 お客さまも奴隷も人間ですから気持ちが一線を越えて互いに愛し合う、そんな不幸な状態になってしまうことはたまにあります。お客さま全員が前述したカップルのお客さま方のように超越しているわけではありませんからね。外界で奴隷と幸せになりたかったら、奴隷を監禁してしまうかお互い淫奔を極めるしかありません。……私、外界はつまらないというより、むしろ怖いです。微妙に知っているからこそ。
 話を戻しましょう。さらに時が経ち、もう去年のことですね。笹沼夫人が脳溢血で突然お亡くなりになったのは。まだ、四十五歳でした。夫人の死からしばらくして、夫君がお一人でエデンにいらっしゃいました。私との遊戯をお望みになりましたので、夫君を縛って、鞭打って、ペニスバンドで犯して差し上げました。夫君は涙を滲ませながら嬌声をあげ、乱れ、多量の精水を放出し、遊戯をおえたあと力なく――京子は、涸れていた私を潤してくれたのだよ。もう、あれほどの女主人(ドミナ)に巡り合うことはないだろう。いなくなってしまうなんて、こんな責めはまったく嬉しくないぞ。と、呟くように言いました。以来、夫君はエデンへお越しになられません。ご子息も、ばったりと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...