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18.ダメだこいつ、早くなんとかしないと

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「あったワン。スペードの7号、これで縛るワン」

リッキーは黒い箱からロープを持ち出して来た。
なんて用意が良いんだと、俺は舌打ちする。
スペードの7号はそのロープで俺をグルグルに巻こうとして、そこで止まった。

「止まったワン」

「モモモ…」
 
多分魔力切れだろう。みんなからひんしゅくを買うかもしれない封印されし土生成手前の魔法は、消費MPが2しかない。
リッキーは止まってしまったおもちゃの兵隊を優しく抱き上げた。

「懐かしかったワン。なんだか昔を思い出したワン」

リッキーは通路の壁際におもちゃの兵隊を置く。
スペードの7号は、そこら辺に転がっているガラクタに戻ったのだ。

「大食らい…おいらのダンジョンの昔話に付き合うワン?」

スペードの7号を見下ろしながら、寂しそうに呟く二足歩行のシベリアンハスキー、リッキー。
俺は黙って頷いた。


──昔は、このダンジョンには冒険者じゃなくて、こん棒を持って、ボロを纏った人相の悪い人間たちが来てたワン。


         ◆


「最近、人間たちが多いワン。儲かって仕方がないワン」

人間の社会で悪さをした人間が、罪を赦されるための試練『救済の洞窟』。
おいらのダンジョンは、かつてそう呼ばれていたワン。
もし侵入者を倒しても、魔法陣の上に並ぶのはこん棒とボロ布で、戦利品に録な物はないワン。
けれども、ダンジョンで死ぬ人間の死体と魂は、ダンジョンに吸収されればウルになるワン。
実は侵入者を倒さなくても、撃退するだけで、侵入者の強さに合わせたウルは手に入るワン。
だけれど、侵入者には死んで貰った方が、たくさんウルが手に入るんだワン。
人間たちも必死で戦うけれども、放っておいても尽きず侵入してくる資源を、こちらとしても、わざわざ逃がすつもりは無いんだワン。
おいらのダンジョンは、徐々に入ってきた獲物を逃がさない、難しいダンジョンに変わっていったワン。
そしてある時、侵入者に変化があったワン。

「リッキー様。最近ダンジョンニ来ル人間ノ質ガ、変ワッテキテイルヨウデス」

兵隊を指揮するキング1号は、他の兵隊よりも高性能で、喋ってコミュニケーションのとれるモンスターだったんだワン。
話せない大食らいより、間違いなく高性能な兵隊モンスターなんだワン。
しかも、めちゃくちゃ強いんだワン。
キング1号によると、最近の侵入者は、それまで厳つい顔の中年の雄ばかりだったのが、雄雌関係なく年齢もバラバラに変わって、数も増えたそうなんだワン。

「地上の事はわからないけれど、きっと地上で何か良いことがあったワン。それで人が増えてるんだワン」

「流石リッキー様。ゴ明察、感服致シマシタ」

それまでのおいらは、人間たちの住む地上に興味なんてなかったワン。
だって、おいらがダンジョンマスターになった時から、人間の営みは変わらず、人間はおいらのダンジョンに侵入してたんだワン。
それは変わらない不変の法則だとおいらは思っていたんだワン。
だからあの時、侵入者の変化について、おいらは深く考えなかったんだワン。
そうして、何故か増えた侵入者は、いつのまにか徐々に減っていって、最後には、人間はおいらのダンジョン『救済の洞窟』に入ってこなくなったんだワン。

それからというもの、入ってくるのは小さな獣ばかりになったワン。
小さな獣で手に入るウルは、人間が居た頃に比べて微々たる物なんだワン。
困ったおいらは兵隊を動かして、地上世界の様子を探らせたワン。
そうしたら、何故か近くに人間は居なくなってたんだワン。
ウルが少ししか稼げなくなって、それから長い年月が経ったワン。
ゴーレム型の兵隊モンスターは、ウルを燃料にするから、みんな動けなくなっていったんだワン。
このスペードの7号みたいにだワン。


       ◆


リッキーはうつむきながら、悲しそうに昔話を俺に語った。
この二足歩行のシベリアンハスキー、俺が想像していた以上の畜生ダンジョンマスターじゃねえか!!
俺はリッキーの話にドン引きだった。
入ってくる人間を皆殺しするようなダンジョンに、いったい誰が入りたいというのだろう?
何が救済の洞窟だ、絶望しかねぇじゃねぇか。
昔、地上世界で何があったか知らないが、リッキーのダンジョン運営が間違った物だということを俺は完全に理解した。
現代日本の常識を携えた俺から言わせたら、リッキーの運営していた物はダンジョンでも何でもない。
この犬畜生は、ダンジョンを屠殺場と勘違いしているのだ。
リッキーは、チラリとこちらを見ると、何故か深く頷いた。
いや、何も同意してないからな?!

「でも、最近は人間が時々戻ってくるようになったワン。ダンジョンは弱体化していて逃げられる事が多いけれど、もっと稼げるようになったら、兵隊モンスターを動けるようにするんだワン。そして、昔みたいに絶対に侵入者を逃がさないようにして、ウルを稼ぐんだワン」

「モモ…」

「だから、今は頑張り時なんだワン」

うつむいていたリッキーは希望に溢れた目で俺を見ると、ニカッと笑った。
ダメだこいつ、早くなんとかしないと…。


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