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24.BARで一杯

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もっこが無いとまたフマに怒られると、日が暮れる前に急いで中層に来てみれば、雇われであろう光の玉の形の精霊がふよふよと宙に浮かび行き来をして、街灯に火を灯し始めている。
俺たちの働く下層とは違い、中層より上は、街灯があるために夜も人通りがあるのだ。
もっとも、下層では真っ暗な中で働く風変わりな種族もいるのだが。
もっこの売っている店にはギリギリ間に合った。
店の扉を半分閉めた店員の小鬼のお婆さんが、真っ暗になりつつある店の中に通してくれた。
俺は暗い店内を記憶を頼りにもっこを探し、2マナ分の玉を身体から取り出す。

「もっこなんかに、またマナ払いかい精霊? …珍しいもんだ」

「モ」

「釣りは1ウルと5…」

「モモ!」

釣りはいらねえよ。
俺は人差し指をチッチッと振り、ドヤ顔で大きく頷いた。
小鬼のお婆さんは、小さな客人のボディランゲージを暫く考えた後、目を輝かせた。
どうやら伝わったようだ。

「…毎度あり。また来なよ」

小鬼のお婆さんはしわがれた声で、おっかない笑顔を見せてきた。
俺は一瞬愛想について哲学的に考えたくなったが、頭を振って、手で小鬼のお婆さんにさようならと告げて店を出る。

ーー無駄遣い無駄遣い!

ホムにお大尽プレイは不評のようだ。

店を出れば、もう街灯などない下層へは行けない暗さだ。
今日はフマたちと合流出来ないなと考えながら、俺の足はいつの間にか、行きつけのBARへと動き出していた。


         ◆


見知った扉に手をかければ、チリンチリンと小気味の良い小さな鐘の音が鳴る。
客のまだ居ない店内で、マスターは黙々とグラスを真っ白な布で拭いている。
俺は慣れた風にここが俺の定位置だと、いつものカウンターに座る。
もっとも、椅子に座るようになったのはこれで二度目だが。

「見慣れねぇ服を着てるんで、どこのノームかと思ったぜ。まぁお前以外のノームなんてここには来ないんだけどな、ハハハ」

「モ」

マスターに言われて俺は自分の服を見てみる。
スキル精霊の身体はレベルが高くなるにつれ、自由に服を再現出来るようになる。
一般的なノームは素っ裸だったり簡素な服を再現するが、俺は転生前の習慣のせいだろうか、無意識に服装を毎日変えていたようだ。
俺は気づけば某ゲームの主人公である髭付きの土管屋の格好になっていた。
俺の深層意識が求めていたというのか…、あの土管屋の姿を。

一昨日このBARに来た時は、どんな格好だったか。
一般的なノームと変わらない簡素な服だった気がする。
俺はスキルを操作して、服を土管屋から、土管屋の弟の物へと変えた。
色が変わっただけである。

「精霊っぽくないよなぁ…服なんか気にしねぇ連中なのに」

マスターはうーんと唸り声をあげた。

「モ」

俺はマスターの言う事は気にせず、100MP分の玉をカウンターに出す。
貨幣価値に直すと5ピリウルだ。
ビー玉ほどのその玉をマスターは受け取り、一頻り眺める。

「お、全額MP払いか。精霊ってのはそんなに簡単に成長するもんなのかねぇ」

料金を受け取ったマスターは、味気のない蒸留酒に等量のワインをシェイクし、ハーブを添えたカクテルを出してきた。
カクテルを入れたのは飾り気のないシンプルなコップだ。
蒸留酒の原料は知らないが、味が殆どしないので安い穀物だろう。
原料の味を無視し、アルコール度数をひたすら高めただけの蒸留酒に、高い穀物は使われない。
高いアルコール度数のこの味気のない蒸留酒は、このBARでは様々なカクテルに使われるのだ。
チビとカクテルを飲むと喉がかっと熱くなる。

「で、あの嬢ちゃんはどうした大食らい?」

マスターの問いに俺はもっこを自分の身体から取り出して見せる。
そして指を下に指してジェスチャーをしてみせた。

「…そのもっこは。ああ、アナグマ族の所か。良いのかよ、お前さんは遊んでいて」

俺は黙って首を傾げる。
ここで飲んでいたと知られたら、フマに怒られるかな?
いや、アナグマ族の所で働かないだけで怒られそうだ。

「良いお嬢ちゃんじゃねえか? 酒びたりになったら、いつか愛想つかされちまうぞ?」

俺はのっぺりとした表情の眉をしかめた後、カクテルを舐めるように楽しんだ。

ーーお酒へんな味がする。 

酒の旨さを知るにはまず経験だ、ホム。

時折マスターの拭いてるグラス同士のチンとした音が鳴る以外には、静かな時間が流れる。
やがて、表通りからの声が大きくなってくると、チリンチリンと扉の鐘がなって二人組で妙齢の魔女がBARに入ってきた。

「…ノーム?」

何故働き通しの精霊が酒を飲んでいるのかと、怪訝な顔を浮かべる魔女。
そして、二人組はヒソヒソと相談し始めた。

「モ」

俺はマスターに手で挨拶すると、足のついてない椅子から飛び降りた。

「一杯で良いのかい、大食らい?」

今のMPじゃ二杯目は足が出る。
マナ払いだとマナは全部酒に溶けそうだから止めておくよ。
悪いなマスター。
それにフマたちと合流できないなら、この後、行っておきたいところがあるんだ。

「いつでも飲みに来い。お前さん、きっと大物になってこの店の自慢の種になるよ」

俺は肩を竦めて、BARの扉の鐘を鳴らした。
街灯の灯りで明るい通りから天井を見上げれば、既にレーベン側の畔の大樹中層の天井は真っ暗だった。
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