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25.夕暮れヨモギの新芽をはむ

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さてと、どっちだったか。
明るい時に見る道と、暗い時に見る道は、それぞれが全く違うように見える。
下層から持ってきた石を加工したのであろう色合いの、石造りの街並みには、仕事帰りだろうかの様々な人種が入り雑じっている。
ドワーフ、エルフ、コボルト、魔女、少数のリザードマンや獣人。
表通りにテーブルを置き、飲み会をする人々もいる。
俺は上層へと向かう、緩やかな坂道を登りだした。

レーベン川の畔の大樹の内側にあるこの世界は温度が比較的安定しており、暗くなっても寒暖差は少ない。
上層でも寒くなるなんて事はないと聞いた事があるが、高さから考えれば不思議な現象である。
少しずつ疎らになる人影。
中層から上層に差し掛かるところにある、その巨大な樹の家を見つけ、目的の家を見つけたと俺は安堵した。
巨木の周りには草原が広がっており、仄かに謎の光り繰り返す一画があった。
その一画を背の高い草が囲み、中には何か居るのだろう、生き物の茂みを揺らす音が絶え間なくする。

「モモモ!」

俺が茂みに向かって彼の名を呼ぶと、草の動きが止まる。
そして、勢いよく高く繁っていた草が突如枯れ、茂みの中からひょこと大きな鹿が顔を出し、こちらを見てくる。

「ふむ? 珍しい客人だ。ちょっと待ってておくれ。今夜のボクは夕暮れヨモギの新芽を食べるのに忙しいんだ」

鹿の人はそう言うと、角を光らせる。
仄かな光に照らされて、草花がニョキニョキと成長し、鹿の人がその草を食む。
瞬く間に、鹿の人ブーマンさんは背の高い草に埋もれそうだったので、俺は慌ててブーマンさんくへと走った。

草を掻き分けて鹿の身体にたどり着くと、ブーマンさんは俺に構わずムシャムシャとやっている。
目の前の小さなヨモギが無くなりそうになる度に、ブーマンさんはピカっと角を光らせ草を生やした。
そんなに旨いのかと、俺も夕暮れヨモギとやらを手にしてみる。
くんくんと匂いを嗅ぐが、よくわからない草の匂いしかしない。

「モモモ…」 

ブーマンさんは気にしてなさそうなので、フマたちのお土産に幾つか失敬しておく。
俺は間違っても食べないが、フマとラッツならブーマンさんと同じ精霊ということで美味しく食べるだろうか?
俺はブーマンさんの食事が終わるまでと、ブーマンさんの背中によじ登り一眠りすることにした。


              ◆


久しぶりのふかふかのゆらゆら揺れる布団の感触は俺を深い眠りへと誘った。
敢えていうなら掛け布団が足らない。

「ツチャリック…。ツチャリック。」

「モー…zzz」

「仕方ない」

布団から家の床に落とされる俺の身体。
俺は頭を振って起き上がった。
ブーマンさんは鹿から人の形へと変化していく。

「すまないね、乱暴な起こしかたで。他に方法がなかったんだ」

「モ」

気にするなと俺は手を挙げて答える。

「それで、今日はボクにどんな用事で来たんだいツチャリック?」

聞きたい事はたくさんあるんだが…、そうだな。
ブーマンさんはこの世界の精霊の境遇をどう思っているのだろうか?

「モ、モモモーモモモ…」

俺は、精霊に変化した後の出来事をブーマンさんに話した。

「そうか。正直に言えば、精霊の扱いについては、ボクの知っている通りだ。森で育ったボクは、他の世界に詳しい訳ではないから、レーベン川の畔の大樹で精霊の扱いが異常かはわからないが…」

「モモー!」

「いや、考えてもみてくれ、ツチャリック。生まれたばかりの個体が強者に食べられるのは、森ではむしろ自然な事なんだ。上役とやらの話は少々異常ではあるけれどね」

「モ!モモモ!」

「動物には親がいるだろうって? そうだね。だから上役が居るなら異常だとボクは言ってるんだよ。社会性のある動物は、普通、子育てをするからね。精霊が食い物にされるのはおかしいのかもしれない。でも、おかしくないのかもしれない」

「モモモ?」

「何か知らないかって? 言ったろう? ボクは雇われだ。そんな細かい事は教えられていないし、仮に知っていても話せないさ。そういう契約なんだ」

「モモ…」

「考えてもごらん?  精霊に精霊の都合の悪い事情なんて教えないだろう?」

確かに、ブーマンさんの言う通りだった。
雇う側としても、精霊に精霊の都合の悪い事なんて教えないだろう。

でも、……

「ホルッカプウ、カスーヌ、イヌババ、マンドューの4柱の大精霊か。何かわかったら伝えれば良いんだね。礼? 礼ならいいさ、この世界の大精霊の扱いとなれば、それなりにボクも関わる事になるハズだから」

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