25 / 32
25.夕暮れヨモギの新芽をはむ
しおりを挟むさてと、どっちだったか。
明るい時に見る道と、暗い時に見る道は、それぞれが全く違うように見える。
下層から持ってきた石を加工したのであろう色合いの、石造りの街並みには、仕事帰りだろうかの様々な人種が入り雑じっている。
ドワーフ、エルフ、コボルト、魔女、少数のリザードマンや獣人。
表通りにテーブルを置き、飲み会をする人々もいる。
俺は上層へと向かう、緩やかな坂道を登りだした。
レーベン川の畔の大樹の内側にあるこの世界は温度が比較的安定しており、暗くなっても寒暖差は少ない。
上層でも寒くなるなんて事はないと聞いた事があるが、高さから考えれば不思議な現象である。
少しずつ疎らになる人影。
中層から上層に差し掛かるところにある、その巨大な樹の家を見つけ、目的の家を見つけたと俺は安堵した。
巨木の周りには草原が広がっており、仄かに謎の光り繰り返す一画があった。
その一画を背の高い草が囲み、中には何か居るのだろう、生き物の茂みを揺らす音が絶え間なくする。
「モモモ!」
俺が茂みに向かって彼の名を呼ぶと、草の動きが止まる。
そして、勢いよく高く繁っていた草が突如枯れ、茂みの中からひょこと大きな鹿が顔を出し、こちらを見てくる。
「ふむ? 珍しい客人だ。ちょっと待ってておくれ。今夜のボクは夕暮れヨモギの新芽を食べるのに忙しいんだ」
鹿の人はそう言うと、角を光らせる。
仄かな光に照らされて、草花がニョキニョキと成長し、鹿の人がその草を食む。
瞬く間に、鹿の人ブーマンさんは背の高い草に埋もれそうだったので、俺は慌ててブーマンさんくへと走った。
草を掻き分けて鹿の身体にたどり着くと、ブーマンさんは俺に構わずムシャムシャとやっている。
目の前の小さなヨモギが無くなりそうになる度に、ブーマンさんはピカっと角を光らせ草を生やした。
そんなに旨いのかと、俺も夕暮れヨモギとやらを手にしてみる。
くんくんと匂いを嗅ぐが、よくわからない草の匂いしかしない。
「モモモ…」
ブーマンさんは気にしてなさそうなので、フマたちのお土産に幾つか失敬しておく。
俺は間違っても食べないが、フマとラッツならブーマンさんと同じ精霊ということで美味しく食べるだろうか?
俺はブーマンさんの食事が終わるまでと、ブーマンさんの背中によじ登り一眠りすることにした。
◆
久しぶりのふかふかのゆらゆら揺れる布団の感触は俺を深い眠りへと誘った。
敢えていうなら掛け布団が足らない。
「ツチャリック…。ツチャリック。」
「モー…zzz」
「仕方ない」
布団から家の床に落とされる俺の身体。
俺は頭を振って起き上がった。
ブーマンさんは鹿から人の形へと変化していく。
「すまないね、乱暴な起こしかたで。他に方法がなかったんだ」
「モ」
気にするなと俺は手を挙げて答える。
「それで、今日はボクにどんな用事で来たんだいツチャリック?」
聞きたい事はたくさんあるんだが…、そうだな。
ブーマンさんはこの世界の精霊の境遇をどう思っているのだろうか?
「モ、モモモーモモモ…」
俺は、精霊に変化した後の出来事をブーマンさんに話した。
「そうか。正直に言えば、精霊の扱いについては、ボクの知っている通りだ。森で育ったボクは、他の世界に詳しい訳ではないから、レーベン川の畔の大樹で精霊の扱いが異常かはわからないが…」
「モモー!」
「いや、考えてもみてくれ、ツチャリック。生まれたばかりの個体が強者に食べられるのは、森ではむしろ自然な事なんだ。上役とやらの話は少々異常ではあるけれどね」
「モ!モモモ!」
「動物には親がいるだろうって? そうだね。だから上役が居るなら異常だとボクは言ってるんだよ。社会性のある動物は、普通、子育てをするからね。精霊が食い物にされるのはおかしいのかもしれない。でも、おかしくないのかもしれない」
「モモモ?」
「何か知らないかって? 言ったろう? ボクは雇われだ。そんな細かい事は教えられていないし、仮に知っていても話せないさ。そういう契約なんだ」
「モモ…」
「考えてもごらん? 精霊に精霊の都合の悪い事情なんて教えないだろう?」
確かに、ブーマンさんの言う通りだった。
雇う側としても、精霊に精霊の都合の悪い事なんて教えないだろう。
でも、……
「ホルッカプウ、カスーヌ、イヌババ、マンドューの4柱の大精霊か。何かわかったら伝えれば良いんだね。礼? 礼ならいいさ、この世界の大精霊の扱いとなれば、それなりにボクも関わる事になるハズだから」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる