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アスティオス皇国の帝都。
その帝都の東側にある皇居は、定期的に一般人にも公開されている外苑や様々な省庁の建物が集まった行政区などもあり、世界各国にある王城の中でも1・2を争う広大さです。

その広大な敷地の一番奥に、皇帝やその家族が住む宮殿があります。

宮殿は複数あり、皇帝の為のゾンネパラスト太陽宮、皇后の為のモーントパラスト盈月宮、皇太子の為のディアマンテパラスト金剛石宮をはじめ、全ての皇子や皇女に一人一つずつの宮殿があり、現在使用されていない宮殿も含めると合計で8つの宮殿があります。しかも其々の宮殿には季節ごとに趣向を凝らした庭園が複数あり、その事からも宮殿の、そしてその宮殿が複数ある皇居の広大さが解ります。そんな幾つもある宮殿の中でも一際大きなゾンネパラストの一室に、私はお父様やお兄様と一緒に呼び出されていました。


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事の発端は樹海から戻って暫く経った頃でした。
モディストス王国の「王太子が神の寵愛を再び取り戻し、婚約者は聖女だ」という内容の声明に、お父様は一瞬呆けられた後に大きなため息をつかれ、お兄様はこめかみに青筋を浮かべられました。お兄様の怒りは凄まじく、

「リアや私たちが命をかけて樹海の魔王を浄化したからこそ、
 瘴気の大氾濫を未然に防ぎ、瘴気を薄める事が出来たというのに!
 ここ数年、樹海のモンスター討伐すらしていない王国が
 何を言っているのか!!」

と言うと同時に、その時手にしていたペンをへし折ってしまう程の怒りようでした。ただ私としましてはジェラルド殿下が何を言おうと、レイチェル侯爵令嬢が聖女を名乗ろうと正直どうでも良いのです。それに異を唱えて再びあの人たちと関わりを持つぐらいならば、幾らでも好きなだけ望むように仰ってくださいという気持ちです。お父様たちも最初は抗議するべきと仰っていたのですが、私の気持ちを最優先してくださり、最終的には「リアがそう言うのなら……」と納得してくださいました。

ところが不測の事態が起こってしまったのです。

樹海から戻った後、魔力の過剰消費や疲労によって寝込んでいた私がようやく枕から頭を上げられるようになった頃。お父様がこれ以上はない程に暗い顔をして私の部屋を訪ねてこられました。何かあったのかと慌てて尋ねたところ

「本当にすまない。リアの気持ちを聞いて知っているというのに……。
 何とかリアを巻き込まずに済む方法を考えてはいるのだが、
 事が事なだけにそうも言っていられそうにないんだ」

「いったい何があったのですか?」

「実は王国が樹海全域の占有を通達してきたんだよ。
 言い分としては瘴気を消して樹海に人が入れるようにしたのは王国だから、
 樹海の全ての権利はモディストス王国にあるという主張だ」

「え??」

あまりの言い分に理解が追いつかず、私は呆気にとられてしまいました。王国と皇国の間にある樹海はかなりの大きさで、小国ならすっぽり入ってしまう程に大きいのです。つまりモディストス王国の領土が、いきなり2カ国分に膨れ上がるという事になります。それだけでも十分に問題ですが、今まで樹海という相互に軍を進める事のできない緩衝地帯だった樹海が、いきなり全てモディストス王国の領土になってしまうという事も問題です。樹海があった事で今までは直接的な衝突はありませんでしたが、樹海を開拓し自由に軍が闊歩出来る場所になればどうなるかは解りません。モディストス王国とアスティオス皇国は元々は一つの国だっただけに、文化や風習に似たところが幾つもありますし、その為に全く価値観の合わない遠国に比べれば友好的な関係ではあります。ですが国家の利権が絡んだ結果、争った事も過去には何度もありました。皇国からすれば樹海全域を王国が占拠するというのは、喉元に刃物を突き付けられているも同然のように思えるでしょう。

また樹海は確かにとても危険な場所ではありますが、同時に希少なモンスター素材や植物の採取など、冒険者やそこで採れる素材を扱う職人にとっては無くてはならない場所です。ここ数年は瘴気が濃くなりすぎて素材の入手が困難になっていましたが、魔王ファフナーを浄化出来た事で瘴気も鎮静化し、冒険者や職人たちが喜びの声を上げたばかりでもありました。なので、

「それは……また……」

としか言いようがありません。戦争を起こしたいのかと思う程の傍若無人ぷりですが、ジェラルド殿下はそこまで考えておられないのでしょうし、殿下を焚きつけた人たちは戦争を起こす事で利益が得られる人たちなのかもしれません。

「お父様に全てお任せします。あの国に居た頃を思い出してしまうので
 私の能力を国の中枢の方に伝える事を躊躇ってしまう気持ちはありますが、
 私はお父様を困らせてしまう方がもっと嫌ですから」

心の中に暗雲が立ち込め、不安な気持ちが湧き上がってしまいますが、それよりもお父様を困らせる方が嫌です。なので誰からも見られないように布団の中でキュッと服を掴むと、お父様に安心してもらえるように微笑みました。これでも1年前までは王太子妃教育を受けてきた身です。自分の心情を綺麗に隠して、微笑む技術は学んでいます。だというのにお父様は更に表情を曇らせてしまわれました。

「私は君の父親だから、そんな顔をしたって直ぐに解るよ。
 大丈夫……私が必ず守ってみせるから。安心して身体を休めていなさい」

そう言うと私を優しく抱きしめました。そうしてから背中をポンポンと、小さな子供をあやすかのように優しく叩いてから離れると、次は私の頭を撫でるのです。

「お父様?」

「君は誰が何と言おうとも私の娘だ。
 少々父親の私の元に来る事が遅れてしまったが、ようやく出会えた娘だ。
 少なくとも私はそう思っている。
 だから一緒に居られなかった16年間分の愛情も
 全てまとめて今の君に注ぐつもりだよ。
 だからリアは少しも無理をする必要はない。
 子供を守る為に動く事は親の当然の役目なのだから」

お父様の優しいターコイズブルーの目が細められたかと思うと、再び優しく抱きしめてくれました。そのお父様の優しい温もりが驚くほどスッと私の中へと沁み込んできて、不覚にも涙が零れ落ちてしまいそうなったのでした。


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それから更に5日後、どうにか歩けるようになったところでお父様に連れられてやってきたのが、このゾンネパラストです。通された部屋で待つこと15分程。カチャリという扉が開く音にそちらを見れば、驚くことにこの国の最高権力者である皇帝陛下と三人の皇子全員が揃って入室されてきました。

初めてお会いする皇帝陛下や第一皇子のリヒャルト殿下はヴィルヘルム殿下ウィルさんギルベルト殿下ギルさんと同じ軍勝色の髪に夜明け色の瞳という皇家特有の色を持っておられて、お二人とも穏やかな表情だというのに思わず跪きたくなるような威圧感をお持ちです。皇族の方々の入室に慌てて震えそうになる足にグッと力を入れると、最近ようやく慣れてきた皇国の儀礼に則って頭を下げて腰を落とします。自分よりも上位の方への挨拶は、相手の許しを得るまでは顔を上げるどころか名乗る事も許されません。ただただ頭を下げて足を引き、腰を落とし続けるのです。

「そこの娘よ、顔を上げよ。名乗りを許す」

「はい、ありがとうございます。
 ヴェルフル魔法伯爵家長女、コルネリア・ヴェルフルに御座います」

ようやく許可が出ましたが、ここでいきなり頭を上げるのは皇国式ではマナー違反になります。ゆっくりと丁寧な所作を心がけて足を戻し、腰を上げ、それから頭を上げます。ですがこの時点ではまだ視線は伏せたままで、自分の少し前の床を見ていなければなりません。そして名乗りを終えてから、初めて視線を陛下へと向ける事ができるのです。

「ジークフリート。私は今日、友人として会いたいと願ったと思うが?
 それに君も友人として話したい事があると言っていたはずだ。
 私の娘にそのような態度をとるのならば、今すぐ帰るぞ」

お父様が私を背後に庇うようにして前に進み出て、陛下にとんでもない口調で話しかけました。確かに前もって「今日は臣下としてではなく、友人として会い行く」とは聞いていましたが、それでも皇帝陛下相手にこんな砕けた口調だなんて……。

「ハハハ、すまんすまん。
 そなたの新しい娘が、どのような子なのか気になってな。
 威圧するような事をしてすまなかったな、コルネリア嬢。
 そしてうちの息子たちが随分と世話になったようだ、礼を言う」

そう言うとスッと陛下が軽く頭を下げられました。一国の頂点に立つ皇帝陛下が頭を下げるなんてことはあってはなりません。慌ててお止めしようとしましたが、その前に

「確かに皇帝としてはあってはならぬが、今は子を持つ一人の父親だ。
 息子が世話になったのだから、礼を言うのは道理だろう。
 それともコルネリア嬢は私を礼儀知らずな男にしたいのかな?」

「そのような事は……」

なんと答えれば良いのか困ってしまい、お父様やお兄様に助けを求めるような視線を向けてしまいました。これが皇帝として威圧してきたのならば対処もできたのですが、自分より目上の方がざっくばらんに話しかけてこられると逆に対処に困ります。

「父上、コルネリア嬢が困ってしまっていますよ。
 ですが私からも礼を言わせてください。
 弟二人が世話になりましたね。ありがとう」

「両殿下のお役に立てたのならば、この上ない喜びに御座います。
 ですがご迷惑をおかけしてしまった事の方が多く……
 心より申し訳なく思っております」

全く役に立っていないとは思っていませんが、迷惑をかけた事の方が多いのは事実です。なので素直に皇帝陛下やリヒャルト殿下の言葉を受け取る事ができません。おかげで少し居心地が悪く感じてしまいますが、そこでギルベルト殿下が

「父上もリック兄上もリアを困らせています!」

と皇帝陛下とリヒャルト殿下を止めてくださいました。そしてパンッと強く手を叩いて全員の注意を引いたヴィルヘルム殿下が

「父上も兄上もそこまでにしてください。何よりも今は時間が惜しい。
 早急に対処法を相談しなくてはならない事があるのです。
 そうですよね、ヴェルフル魔法伯」

とお父様へと話しを振りました。

「えぇ、そうです。……ジークフリート。
 私はあなたを帝として尊敬し、友人として信頼をしています。
 ですが万が一、あなたが私の信頼を裏切るのならば、
 そして尊敬に値しない行動と取るのならば、
 私は一族総出でこの国を出る覚悟で此処に来ています」

そう前置きをしたお父様に、皇帝陛下の眉根が寄り訝し気な表情へと変りました。

「私は友人の信頼を裏切るような事はしない。
 ……そう断言したいところだが、まずは話しを聞こう。全てはそれからだ」

こうして私の長く、緊張に満ちた1日が始まったのでした。
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