未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -無の月5-

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茴香ういきょう殿下と蒔蘿じら殿下が来られてから3日が経ちました。初日は到着が夕方だった事もあって入浴と食事を終えたら即就寝となり、二日目はお昼前までゆっくりと眠っていた事に加えて、「兵座つわものざ」に関するアレコレの話し合いが夜遅く……それこそ大人たちが眠る時間まで続きました。


そんな訳で本日、3日目。
朝から殿下たちのテンションがおかしなことになっています。

「屋根にも湯が?!」

と外から聞こえてくる驚きに満ちた声は茴香殿下のもので、どうやら屋根に雪が積もっていないことに気付いて、床下温水暖房と同じ機能が屋根にも備わっている事を叔父上から聞いたようです。到着した日は雪が降っていた為に視界が良好とは言えず、屋根の上の様子までは解らなかったんでしょうね。今日は久しぶりに雪が止んだだけでなく、この時期にしては珍しい晴れ間すら見える良い天気です。両殿下は晴れ男なのかもしれません。

家の中で明日帰る殿下や同行する山吹の為の携帯食や荷物の準備をしていた私や母上やつるばみは、聞こえてきた殿下の声にお互いの顔を見合わせてから思わずといった感じで苦笑しあいました。というのも1時間ほど前、朝食後のお茶タイムに今日の予定を話し合っていたのですが、この時点で両殿下のテンションが少しおかしく……。はっきり言ってちょっと引くレベルで、この家のあちこちに備わっている機能や道具について矢継ぎ早に質問してきました。

昨日まで普通だったのに……と驚いてしまったのは私だけでなく。解りやすく態度に出ていた兄上や一応取り繕っていた叔父上などなど、みんな大なり小なり殿下のテンションの高さに引いてしまいました。そんな私達の微妙な空気に気付いた殿下たちは咳払いを一つしてから、

「いや、だが俺達の気持ちも解ってほしい……。
 ここには知りたいモノ見たいモノが山のようにあるが、
 精霊様の提言を後回しになど出来ぬだろう?
 だからずっと、全力で我慢していたのだ」

と弁明を始めました。そう言ったのは茴香殿下でしたが、その横で蒔蘿殿下もうんうんと頷いていたので、やっぱり似た者同士な双子のようです。とりあえず全てを教えられる訳ではない事は事前通達していましたが、それでも構わないとの事だったので茴香殿下には叔父上が、蒔蘿殿下には山吹が付いて午前中はあちこちを案内する事になりました。

令法りょうぶ、ここに来る際に乗った動く床を詳しく見たい。
 あと、温かい床や壁、それに透明な蔀戸しとみど
 不思議な形状をした御帳台みちょうだいもどうやって作ったのか教えてほしい。
 それから……」

「ちょっと待て! 少し落ち着け。
 一度にそんなに言われても困る!!」

と叔父上が慌ててを止めに入る向う側で、蒔蘿じら殿下も

「山吹、この着物に使われている糸はいったい何から作られているんだ?
 それに歯ブラシといったか?? あれの作り方や材料を知りたい。
 食器類もアマツ三国のどこにも無い材質や形状のモノがある。
 何か参考にしたモノでもあるのか??」

と山吹を問い詰めて困らせています。これ、私はどこかに隠れていた方が良い気がしてきました。殿下たちが知りたがっているモノの中には、叔父上たちでは説明できない事がちらほらあるのです。そもそも私が発案している時点でこの世界の人にとっては奇妙な道具に見えるでしょうし、材料や製法の中には人間が禁忌だと思い込んでいるものも大量に含まれています。

<悪いんだけど、殿下たちから隠れたいから少し話を合わせて。
 明日から作る予定の新しい甘味の下準備に行く事にする>

と私の傍に居た桃さんに心話を飛ばすと、

<安心しろ、アイツらには金と浦が付いている。
 あまり見せねぇ方が良い所や説明したくねぇところは
 あいつらが誤魔化し……はしねぇだろうな、あいつらの性格じゃ。
 まぁ、上手くやるから安心しろ」

なんて微妙に不安が残る心話が届きました。その内容に若干顔が引きつりそうになりながらも、それならばと引き続き荷造りのお手伝いを再開します。それにしても金さんと浦さんの姿が見えないと思ったら、殿下たちの様子を見に行っていたんですね。




本日の昼食は無の月にしてはありえない程の豪勢なものになりました。殿下たちの滞在期間の中で一二を争うの豪華さです。というのも晩御飯は明日に備えて胃腸の負担にならない物になるでしょうし、明日の朝も消化に良いものになる予定なので豪勢な食事を出せるのがこの昼食で最後になるのです。

そんな訳で母上たちが用意したのは大量の肉や魚介類や野菜と、皆がはまりにはまった醤油竹醤に様々なモノを混ぜ込んだ焼肉のタレ。

そう今日のお昼はバーベキューですっ!!

といっても屋外はとんでもない積雪なので、今年の水の陰月頃から本格的に運用している温室の中で行います。この温室のおかげで野菜の収穫の時期をずらす事ができ、無の月の今でも種類は選びますが野菜が収穫できるのでとても重宝しています。

ようは前世でいうビニールハウスのようなものなのですが、さすがに三太郎さんでもビニールを作り出す事はできません。なので窓ガラスの代わりに使っている「硬糸+べとべとさんの撥水液」を使った、何時の間にか「硬布かたぬの」と呼ばれるようになった布を使って大きいハウスの中に少し小さなハウスを作りました。二重構造のハウスにすることで外気温の影響を極力受けないようにした訳ですが、更に金さんが作ってくれた金属パイプを地面に張り巡らせて温水を流し、床下温水暖房と同じようにハウス内の室温を上げて温室にしたのです。透明度の高い硬布を使う事によって日光による熱も取り込みやすくしていますが、流石にこの時期はそれだけでは温かさをキープできないので薪ストーブも併用しています。

そういえば作った当初、桃さんに何故竹炭じゃ駄目なんだ?と首を傾げられた事がありましたが、一酸化炭素中毒が怖いので温室内での炭の使用は断固として禁止にしました。此方の世界でも同じようになるのか解りませんが、流石に一酸化炭素中毒を自分の体で試したくはないので素直に禁止一択です。


なので今日のバーベキューも炭火焼きではなく、薪で焼くスタイルです。室温もあがりますし一石二鳥ですね。温度調整と言えば良いのか火の勢いの調整が若干手間ではありますが、普段から薪で炊飯している母上や橡の手にかかればさほど難しい事ではありません。殿下たちも大喜びで

「これは面白い形式だな。
 食事を立ったままする事も初めてだが、
 調理を自分でしながら食べるというのも初めてだ」

と手にお箸を持ったままウキウキと目を輝かせている茴香殿下に、顔には出しませんが微笑ましい気持ちになってしまいます。なんだかこの数日で茴香殿下の印象が随分と変わりました。大和王都で会った時は真面目で誠実そうではあるものの眉間の皺や鋭い眼差しなどが怖い印象だったのですが、今ではそう言った面がありつつも好奇心旺盛な高校生としか思えません。確か叔父上と同じ年で24歳のはずなんですが……。そういえば叔父上や山吹も殿下たちと話している時は、何時もよりずっと子供っぽく見える事があります。

それは家族を守る使命感や王族としての責任から解放された、友達にだけ見せる事ができる素の彼らの表情なのかもしれません。

「今日は特別だから、食べ物も酒もたっぷり用意した。
 茴香や蒔蘿、それに皆の健康に乾杯」

と叔父上が手に持ったマグカップを掲げると、皆同時に「乾杯!」と口々に言いながらマグカップを掲げました。ウキウキワクワクする反面、ワイングラスなんて無茶は言わないから、せめてガラスコップぐらいは作っておくべきだったか……なんて思ってしまいます。余りにも絵になりません。

ただ皆はそんな事気にしていないようで、早速お肉や魚や野菜を網の上で焼き始めました。途端に周囲に響くジュゥーーという至福の音と匂いに、涎が口の中に溢れ出します。ハマタイラの貝柱は直径20cm程の貝殻製のお皿を網の上に置いて、その貝皿の上で焼いているのですが、そこに醤油が回しかけられると匂いだけでご飯がたべられそうなぐらいです。

美味しいものを食べている時って本当に幸せです。

母上や橡がどんどん焼いて、それを成人男性組が焼けたそばから食べていきます。もちろん三太郎さんたちもどんどん食べてガンガン飲んでいます。むしろすべての料理は一番最初に三太郎さんが箸をつけるべしという暗黙のルールが我が家にはあるので真っ先に食べています。

「これ! このタレ?とかいうものの作りかたも知りたい!」

お肉を一口食べて飲み込んだと思ったら蒔蘿殿下が興奮気味にそう言いだし、それに対し

「いえ、これの作り方は秘密です。
 これからも是非とも我らからお買い上げください」

と丁寧に礼をしながらも、どこか軽い調子でふざけた言い回しをする山吹。山吹の身分を考えれば本来は許されない言動なのでしょうが、それが許される関係を碧宮家とヤマト国王家は築いてきたようです。

「決めた。醤油に続いて、このタレとかいうモノも我が王家で買い占めよう」

と真面目な顔して言う茴香殿下には吃驚しましたが、みんながとても楽しそうなので、知らず知らずのうちに私もニコニコと笑顔になっていました。ちなみに竹醤の原料を秘匿する為に名前に改めるように提案してくれたのは殿下たちですが、そんな殿下たちも竹から作られているらしいという事は知っていても詳しい製法は知りません。午前中の見学の時もそうだったらしいのですが、殿下たちは気になる事があれば一度は尋ねてきますが無理に聞き出すようなこ事はしなかったそうです。その辺りは技術開発を自分たちでもするヤマト国の人の特徴なのかもしれません。




そうやって和気あいあいと食事をのんびりと楽しみ、みんなのお腹が程よく膨れた後は、母上と橡は洗い物などの後片付けを、叔父上と山吹はバーベキューコンロなどの大きな物の後片付けを、そして私と兄上は両殿下と一緒に居間に戻ってお茶を出す役目を頼まれて、三太郎さんと一緒に移動しました。

保温と発熱の霊石が組み込まれた琺瑯ホーロー製のポットに水を入れて霊石を発動させてお湯を沸かし、葛の葉から作ったお茶葉を用意します。その間に兄上はお茶請けとして母上たちが作り置きしておいた大根の甘酢漬けを始めとしたお漬物をお皿に並べました。甘味はバーベキューの後半で焼きフルーツを食べたので良い選択です。そうやって私達がお茶の準備を終えて居間に戻ると、二人の殿下が改まって三太郎さんに向き直って頭を下げていました。

「お願いが御座います」

そんな二人を前に金さんと浦さんは揃って小さく溜息をつき、桃さんはそっぽを向いています。

「願いとは精霊石の事であろう?」

「正確には精霊石に私達の技を籠める技法を知りたい……
 というところでしょうか?」

そんな金さんと浦さんの言葉に続いて桃さんが

「いや、どうやったって無理だろ」

と一刀両断してしまいました。その態度に両殿下はぐっと言葉に詰まります。ですが、技能の籠め方を知っている私としては、桃さんの言葉は言い方にこそ問題がありますが内容としては正しく、人のもつ技術だけで作れるモノではありません。

微妙に気まずい雰囲気の中、私と兄上でテーブルの上にお茶をセッティングし、

「その……、お茶をどうぞ」

とおずおずと声を掛けました。こんな事なら母上にこちらに来てもらって、私と兄上で橡の手伝いをした方が良かったなんて思ってしまいますが、後の祭りです。

「二人ともありがとう。
 櫻ちゃんが淹れてくれるお茶は美味しいから嬉しいよ。
 槐君もありがとう。お話しが終わったら美味しく頂くね」

そう言いながら笑顔を見せてくれる蒔蘿殿下ですが、少し表情に陰りがあります。茴香殿下は私達に目礼をしてくれましたが、そのまま三太郎さんへと再び話しかけ

「碧宮家の者が天都に住んでいた頃に比べ、
 とても健康になっている様子を目の当たりに致しました。
 その理由が石鹸を始めとした身の回りを常に綺麗にする技や品、
 疲れを癒す快適な寝具、寒さをものともしない居室にある事は明白。
 そのどれもが国民の命を守るのにどうしても必要なのです」

そう言って再び深く頭を下げます。王族、それも直系でありいずれ王位に付く可能性が高い茴香殿下にとって、人々の生命を守るための知識や技術は喉から手が出るほどに欲しいに違いありません。優しい殿下たちの手助けができるのならば……とは思うのですが、それを決める事ができるのは私ではありません。

「国民を思うあなたの気持ちは解りますよ。
 また私が午前中に言った、石鹸の普及を許可する前提条件を達成する為にも
 浄水の霊石を求めている事も解ります。ですが……」

そう言って浦さんは言葉を濁してしまいました。たった3日の滞在でしたが、それでも石鹸で頭髪や身体を洗う事の快適さは理解できたはずです。それに母上たちを見れば、それがどれほど健康に寄与しているのかという事も解ったと思います。

だからといって公害を発生させかねない石鹸の普及を、前世の公害問題を知っている私としても、水の精霊の浦さんとしても簡単には認める事はできません。

「図々しい事は承知のうえで、
 一つだけ……浄水の精霊石を一つだけお貸しください。
 それを元に私の一生をかけてでも開発してみせます」

床におでこがくっつきそうなぐらいに頭を下げてお願いする茴香殿下に、

「一生をかけても出来ぬ可能性もある事は解っておるのか?
 まぁ、我らに霊石に技能を籠めてくれと言わぬだけ見込みはあるのだろうが」

頭を下げたままの茴香殿下を見下ろしながら、金さんが悩んでいます。金さんがこんなに悩む姿は滅多に見る事はありません。それぐらいに難しい問題なのだと思います。

「その様な事をしても、何の解決にならない事は私どもも解っております。
 三精霊の皆さまは櫻嬢の守護精霊様ですから、
 櫻嬢が居なくなれば我らとの繋がりも消えます。
 その途端に元に戻るようでは意味がありません」

そう言うのは蒔蘿殿下です。

そうなんですよ。私が居なくなった途端に維持ができなくなる技術は無意味です。それが解っているからこそ、簡単に「あげる」とは言えない訳で……。

唸ってしまいそうな程に悩んでいる私と同じように、三太郎さんも難しい顔のままお互いに視線をかわし合っています。これはおそらく私に届いていないだけで、3人で心話を行っているのだと思います。

そして重い重い沈黙が続いたあと、長い溜息をついた浦さんが

「解りました。浄水の霊石1つ。これだけならば融通致しましょう。
 ただし当然ではありますが、他者へ見せる事を禁じます。
 また茴香、あなたの研究施設以外への持ち出しも禁じます。
 よろしいですね?」

「「ありがとうございます」」

パァーっと表情が明るくなった両殿下は今一度頭を下げて礼を述べると

「この先、私の寿命全てをかけて成し遂げてみせます」

と笑顔になる蒔蘿殿下に

「残りの寿命がどれほどかは解りませんが、
 平均寿命を考えれば残り250年以上はあるはず……。
 その全てを捧げて、精霊様の慈悲に報いてみせます」

と神妙な顔で頭を下げる茴香殿下です。

……

…………は? 残り250年の寿命?!

ぽかーんとした表情になった私に気付いたのは桃さんで

「櫻、どうした?
 何か問題があるか?」

と尋ねてきますが、まずは自分の中で先程の情報を飲み込む必要があります。

「えと、寿命、250年??」

びっくりまなこで聞き返す私に応えてくれたのは蒔蘿殿下で、

「ヤマト国の民は基本的に長寿で平均寿命は180~200歳ぐらいなんだよ。
 王族は更に長くて300年~350年といった所かな。
 これはヒノモトの民の平均寿命が80歳である事や、
 ミズホの民の平均寿命が120歳である事と比べてもとても長く、
 そのおかげもあって他国に比べて安定した国家運営ができているんだ」

と説明してくれますが、後半あまり頭に入ってきませんでした。この世界に来て7年を過ぎましたが、まさか今頃になってこんなファンタジーな衝撃を受ける事になるとは思いもしませんでした。

小説未来樹を読んではいましたが、寿命に関する描写には心当たりがありません。つまり前世と同じような100年未満の平均寿命だとも明言されていなかったのです。特に明言されていないから同じだと私が思い込んでいただけで……。

第一次ファンタジーインパクトが自分が転生した事実だとすれば、第二次ファンタジーインパクトは精霊の存在で、第三次ファンタジーインパクトはエルフかドワーフか!とツッコミたくなる寿命でした。

そんなに寿命が違うって、それはもはや別種の生物なのでは?と思いたくなります。ですが三太郎さんの説明によればあくまでも人間は人間であって、神代の頃に神々から与えられた力よって若干の差異が出来ただけなんだそうです。これ、若干なのかなぁ??


そんな衝撃を私に残して、殿下たちは次の日に帰っていったのでした。
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