【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -土の極日1-

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どこまでも灰色の空に灰色の海はどんよりとしていて、まるで今の私の心境のようです。そんな灰色の荒れ狂う海は船を飲み込んでしまいそうな程に波が高いというのに、この船の周りだけは不思議と細波さざなみひとつ立たないぐらいに静かです。浦さんの技能のおかげなのですが、船は荒海をまるで滑るように進んでいき船酔いとは無縁の船旅です。その進行方向には水平線以外には何もなく、そして後ろにも右にも左にも陸地は見えません。

(爽快感皆無の船旅は今日で何日目だったかな?)

色々と衝撃的なことがあったあの日。
叔父上が倒れ、風の精霊という未知の存在がいきなり現れ……。しかもそれが実はずっと私の中に居たと、後になって冷静に考えると少しホラーちっくな事実が判明しました。判明といえばこの「この世界は滅ぶ!」「な、なんだってー!!」な展開があり、その流れで精霊の大元である神のうち二柱、風の神を入れたら三柱が既に消滅しているなんて話も聞けました。それは三太郎さんたちにとっても衝撃の事実で、更にはその穴埋めに自分たちが神になる必要があるなんて言われて、あの常に冷静で落ち着いた金さんが狼狽してしまったほどでした。

流石に「神は既に滅んでいる」なんていきなり言われても信じられないと、三太郎さんは龍さんに疑いの目を向けていましたが、叔父上を助ける為に禍津地マガツチに行く必要があるのならば私は即断即決即実行あるのみです。もちろん行く方法や持っていく物など準備で色々と悩む事にはなりますが、行く事を決めた上での悩みです。

私は前世の頃から決断するまでは長いのですが、一度決断してしまうと一気に事を進める傾向があります。腹を括るというか開き直ってしまうんですよね。もう、細かい事は後回しだ!と言わんばかりに。ある意味やけっぱちと言えなくもありませんが、今回に限ってはやけっぱちではなく、叔父上を助ける為に必要だというのなら何でもやってみせる!!という決意が強かっただけです。



正直な気持ちをいえば世界が滅びかけているなんて言われても、話の規模が大きすぎて全く実感が無いですし危機感も湧きません。前世で温暖化がこのまま進めば危険だって言われても、日常生活にはあまり影響を感じなかったことに似ています。流石に祖父母を始めとした大人たちなら色々とあったのかもしれませんが、高校生だった私にとっては無関係とまでは言わないまでもソレに近い感覚でした。

今回も叔父上の事さえなければ、世界が滅ぶと言われても「大変だな」とは思いつつも、切羽詰まるまで何もしなかったかもしれません。下手をすれば世界を守るのは政治家とか大人の役目じゃないの?って思ってしまって、自分の家族と見える範囲を助けるだけで、切羽詰まっても動かない可能性も……。

なので今もこうして旅たちはしたものの、滅びの運命から世界を守るとか救うなんて気持ちはあまりなく、ただただ叔父上を助けたいだけだったりします。



その叔父上は今、仮死状態で眠り続けています。あの少し後、叔父上の守護精霊が現れました。1年や2年は誤差の範囲という精霊にしてはありえない速さで駆けつけてくれたのですが、そこには龍さんの力が関係していました。龍さんいわく、あくまでも傾向なんだそうですが、火の精霊は直感力、水の精霊は適応力に優れていて、土の精霊は安心力(包容力とはちょっと違うらしい)に優れているんだそうです。そして自分は共感力や感応力に優れているので、その共感力を叔父上に最大限働かせて守護精霊に伝えたんだとか。叔父上の守護精霊は、叔父上に未知の力の関与がある事を察して全てを放って駆けつけたそうです。

そして叔父上の魂を身体に固定し続ける役目を、叔父上の守護精霊に任せる事にしました。とは言っても叔父上は天人ではないので、叔父上の守護精霊は精霊力の回復のためには土の精霊力が満ちた場所へ帰る必要があります。

ここで龍さんの荒業というか、とんでもない力が発揮されました。

以前、私は三太郎さんに「(自分の)精霊力を凝縮させたら精霊石ができるんじゃない?」なんて言って試してもらった事がありましたが、実はアレは正解でした。龍さんが風の力を手のひらの上に集めて凝縮した結果、ころりと石が現れたのです。そして驚いたことに龍さんが作った精霊石は、島拠点の砂浜で見つけた崩れ石くずれいし、通称クズ石でした。あの時、桃さんは火緋色金ひひいろかねと似た気配がすると言っていましたが、大正解だったという訳です。何枚もの布が重なったような形状をしたソレは、私が見つけたモノと同じ青緑色をしていますが、アレよりもずっと色鮮やかでホロホロと崩れるような脆さはありません。

わしの力を込めた、織春金おりはるこんじゃ。
 脆そうに見えるじゃろうが意外と丈夫じゃぞ?」

との事で、触れてみても、何だったら力いっぱい叩いてみても全く崩れませんでした。そして精霊力を凝縮して固体化するのには少々コツがいるとの事でしたが、龍さんが実演してくれた事で三太郎さんも何度かの練習を経て精霊石が作れるようになりました。

そして同意を得てからではありましたが、叔父上の守護精霊そのものを精霊石に変えるという荒業を龍さんはやってのけました。そして叔父上をその高さ2m半、横1m半もある巨大な守護精霊石の中に閉じ込めたのです。土の精霊石である震鎮鉄しんちんてつは暗めの金色をした金属で透明感はありません。なので叔父上がその中にいると言われても外からは全く見えないのですが、これで魂の固定に加えて肉体の状態も固定出来るとの事でした。ただ、当然ながら霊力の補充は必要になります。金さんは私と一緒に禍津地に行く為に補充はできません。ただ私達にはもう一柱、頼りになる土の精霊が身内にいました。

二幸彦の山さん……。つまり母上の守護精霊の山幸彦さんです。

人間に精霊力を注ぐには守護精霊の霊力に合わせる必要があるそうなのですが、精霊石に霊力を注ぐ分には関係ありません。なので山さんが毎日、叔父上の守護精霊石に霊力を注いでは、母上の中に戻って回復するということを繰り返せば維持は可能となります。ただ母上は私ほどの回復力はないそうなので、あくまでも維持が限界とのことでした。

なので私たちは叔父上を連れて大型船に戻り、母上やつるばみに事と次第を伝えることにしました。叔父上の姿を見た二人は気丈に振る舞ってはいたものの、叔父上が封じられた守護精霊石に触れる指や声が微かに震えていて……。八つ当たりなのは重々承知の上で、「残された人の気持ちを考えてよ!」と叔父上に言いたい気持ちになりました。

……元をたどれば私のせいなのですが……

みんな、私のことを欠片も責めません。
私がもっと強ければ、せめて自分の身を守る事ができる程度に強ければ……。


そして私は叔父上を母上に託すと、一度ヒノモト国へと戻って兄上や山吹を迎えにいきました。ヒノモト国では色々とあったそうですが、無事にソーラーパネルの契約を結び、ヤマト国とヒノモト国を繋ぐ特別御用商人という今までに無い新しい地位を賜ったそうです。

「叔父上が目覚めた時に驚いてもらえるように、
 そして喜んでもらえるように実績をたくさん残してみせるよ。
 そうすれば少しは叔父上も僕たちを頼ってくれるはずだから」

そう少し寂しそうに、でも決意に満ちた瞳で兄上は言っていました。

母上も兄上も、そして橡も山吹も叔父上が私を庇って大怪我をした事を責めるどころか何も言いません。むしろ母上なんて「良く、助けてくれましたね」なんて震える声で叔父上を褒め、そして私を抱きしめて「無事で良かった」と言ったぐらいです。そして私の頭の怪我を見て、「女の子なのにこんな怪我を……」と泣きそうな顔になっていました。怪我は後頭部なので普通にしていれば髪で隠れてしまいますし、髪をかき分けない限りは見える事もありません。それでも母上は辛いのだそうです。

そんな家族だからこそ、私も自分の出来ることをしなくては……と、欠片でも可能性があるのならそれに向かって全力を尽くさなくてはと思うのです。




「あちらから雨雲が近づいてきてるので、そろそろ雨が降りそうですよ。
 濡れる前に中に入りなさい」

浦さんがそう声を掛けてくれました。浦さんの視線の先を見れば、灰色を通り越して真っ黒な雲がこちらに向かってきています。浦さんのおかげでどんなに荒れた海や天候でも船が沈むことはありませんが、わざわざ雨に濡れる必要もありません。

「知らせてくれてありがとう。
 この調子だと畑の水撒きは今日は要らなそうだね」

そう言いながら階段を降りて、自分の部屋ではなく食堂へと戻りました。
島拠点に戻ったあと、大型船は交易をしなくてはならない兄上たちの為に残し、禍津地へと向かう船を急造することになりました。陸地がない場所でも長期航海が可能となっている大型船と同じ機能を持ち、それでいながら乗員が大型船より少ないことを踏まえて少し小さめの船です。ヒノモト上陸時に使っていた船よりは断然大きいのですが、大型船が別格で大きいので中型船と呼んでいます。流石に大型・中型・小型と呼び続けるのもどうかと思うので、そのうち名前をつけることになるかもしれませんが、急ぐ必要はないことは後回しです。

それにしても大型船を作った時は結構な日数がかかったと記憶しているのですが、今回は龍さんの力添えであっという間に完成しました。サイズが一回り小さいとはいえ三太郎さんですら呆然とするレベルで、「これが第1世代の精霊か……」と金さんが呟いていたのが印象的でした。




「母上達、元気かな?」

食堂で温かいお茶を飲みながらポツリと呟けば

「山や海がいるし、大丈夫だろ。
 それに俺様たちも霊石に限界まで霊力を籠めてから来たし」

と、桃さんもお茶を飲みながら答えてくれました。拠点の快適な生活には三太郎さんの技能を籠めた霊石は欠かせません。そしてその霊石を維持する為には、精霊力の定期的な補充が必要です。ところが三太郎さんはこうして私と一緒に禍津地へと向かう以上、霊力の補充は二幸彦さんの役目になってしまいます。しかし山さんは叔父上の守護精霊石に霊力を籠める役目がある以上、あまり霊力を使う事はできませんし、そもそも桃さんの代わりが務まるような火の精霊は居ません。

なので三太郎さんは出発前にありったけの霊力を霊石に変え、その霊石に技能と霊力を籠めてきました。精霊力が尽きても同じ技能を籠めた精霊石があれば、付け替えるだけで良くなります。

「それに儂の分身わけみも置いてきたし、大丈夫じゃろう」

そこに龍さんが湯呑を持って会話に加わりました。龍さんは風神の分身、つまりまったく同じ能力を持つ精霊です。なので自分の力の欠片である精霊を作ることができるとかで、可愛らしい小さな精霊を4体も作って、母上や兄上、橡と山吹に付けてくれました。あまり強い精霊をつけて他の精霊から不審がられても困るので、龍さんの持つ霊力の欠片とすら呼べないぐらい弱い精霊らしいのですが、それでもいざという時には母上達の助けとなってくれるはずです。それに分身と龍さんは離れていても意思疎通が可能だとかで、母上たちや叔父上に何かあれば龍さんが教えてくれることにもなっています。三太郎さんもよほど遠くない限り自分の霊力を察知出来るそうですが、龍さんも似たような感じなのかもしれません。

その分身の霊力の補充なのですが、実はあのアマツ大陸の東の島々は風の精霊力に満ちた地らしく、神代の頃には「四季島しきしま」と呼ばれた風神のお気に入りの地の一つだったそうです。飽き性で移り気な風神が、好きな時に好きな四季を楽しめるように作られた島々なんだとか。なのであそこにいる間、龍さんの分身は常に回復状態なんだそうです。

ただ兄上や山吹が交易で風の強いアマツ大陸東海域を出れば、風の精霊力の回復量が落ちてしまいます。基本的に精霊は存在するだけで常に霊力を消費しているので、回復量が落ちればジリジリと残存霊力が目減りしていくことになります。でも霊力の無駄遣いさえしなければ分身の霊力は半年は余裕で持つそうなので、完全に枯渇する前に島に戻れば良いとの事でした。



それにしても……
みんなこの中型船に自室はあるというのに、何故か食堂に集まってしまいます。もちろん何かしらの作業があれば別ですが、そうでなければこの食堂にいることが多く。また三太郎さんも龍さんも、回復が必要な程に霊力が減らない限り、ずっと実体化してくれています。それは少しでも私が寂しくないようにという気遣いのようで、常に誰かが私の側に居てくれています。

それはこの人も同じで……。

「櫻嬢、今日はこの魚が釣れたから、コレを焼いてはどうだ?」

と巨大な魚を片手に、笑顔で食堂に入ってきたのは緋桐殿下でした。自分の身長と大差ない巨大な魚を片手で持てる事に驚いてしまいます。同時に髪からポタポタと水の雫が落ちていて、雨か波に濡れてしまっていることに気づきました。

「緋桐殿下、こんなに濡れて!」

慌てて布を持って近づきますが、ソレより先に浦さんが「撥水」を、そして桃さんが「乾燥」を使って一気に乾かしてしまいました。

「おぉ……、精霊様の御力は何度見ても驚嘆です」

目を丸くしてから、感極まったように言う緋桐殿下にちょっと頭痛を覚えます。
ヒノモト国で何があったのかは詳しくは聞けていないのですが、兄上や山吹を迎えに行ったら何故か緋桐殿下まで付いてきました。

ヒノモト国の人特有の美豆良みづらに結っていた髪は、いまは首のあたりでバッサリと切られています。この世界では男女共に長髪が当たり前で、短髪なのは犯罪者の証です。正確には犯罪者に対する処罰の一つに、髪を切る刑があるんです。髪は精霊との繋がるものだから、短くすることで精霊の守護を阻害するという事らしいです。三太郎さんいわく髪の長さは関係ないとのことでしたが、人間はそう信じています。

そんな犯罪者の刑罰を受けたような髪型の緋桐殿下が港に現れた時、あまりのことに言葉が出ませんでした。島に戻ってすぐにまるで落ち武者のようだったざんばら髪は綺麗に整えられて、今では前世の価値観がある私からすれば驚くぐらいイケメンになりましたが、この大陸の人なら犯罪者を見る目を向けてくる事必至です。

その見た目犯罪者な緋桐殿下と、何故か一緒に禍津地に向かうことになりました。ただ緋桐殿下の女性に対する評判を母上は知っていて、一緒に行くことになった際に殿下はコレでもかと釘を刺され、三太郎さんも緋桐殿下の事情は解ってはいるものの、私が緋桐殿下に近づく事を少し警戒しています。

「櫻嬢、俺の事は呼び捨てで良いと言ったではないか。
 もう殿下ではないのだから」

桃さんと浦さんにお礼をしてから、殿下は私に向かって苦笑しつつそう言います。なんでも色々あって第二王子という地位を返還したそうで、今はただの平民なんだそうです。

「そういう殿下も私の事を嬢と呼ぶじゃないですか」

昔のように姫呼びじゃないだけマシですが、それでも微妙に座りの悪い思いをしてしまいます。

「では殿下ではなく、さん付け程度ならどうだ?」

おそらく緋桐殿下にとって、女性に嬢をつけて呼ぶのはさん付け程度の意味ってことなのでしょう。

「わかりました。緋桐……さん。これで良いですか?」

「とりあえずは」

そうニカッと笑う緋桐殿下は随分と印象が変わりました。ヒノモト国第二王子という肩書きは、緋桐殿下のような武勇に優れた人でも重いものだったのかもしれません。




こうして私は金さん・浦さん・桃さんの三太郎さん、そして龍さんに加え、何故か緋桐で……さんと一緒に禍津地へと向かうことになりました。

その禍津地にて何が待ち受けているのか……

今の私には想像することすらできないのでした。






第3章 終
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