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第一話 かげはらい
さん
しおりを挟む朝食後、小町は縁側で寝転んでいた。
「小町、暑いん?」
青葉は、心配して彼女に近づいた。
「ううん、大丈夫。この家、涼しいもの」
とは言っていたものの、小町はだるそうだ。エアコン慣れしている彼女に、エアコンのない昼間の暑さはきっと辛いに違いない。
「エアコンなくてごめんな。扇風機にでも当たったらどうな?」
「大丈夫だってば」
小町は動きたくないようで、目を閉じる。
ため息をつき、青葉はミナツチにそっと囁く。
「ミナツチさん。小町を冷やしたって」
『んだ』
ミナツチはふよふよと小町に近付き、くっついた。
『あー、ミナツチだけずるい! よし、わしも……』
青葉は、すんでの所でカザヒを捕まえた。
「あんたくっついたら、暑うてしゃあないやろ」
『むー』
カザヒはその名のごとく風と火をその身に持つので、冷却効果はないどころか、くっつけばかえって暑い。
反対に、ミナツチは水と土を司るので人の体を冷やしてくれる。
体が冷えたのか小町の顔色は良くなり、そのまま寝息を立て始めた。
「青葉! 暇なら田んぼ手伝い」
「はいはいっと。カザヒさん、行くよ。ミナツチさん、しばらくそんまましといてな」
母に呼ばれて、青葉は立ち上がった。
夕食の席で、小町は青葉の両親に金一封を渡した。
「こ、小町ちゃん……こんなんいらんよ」
「受け取って下さい。お世話になってますから。両親と私の気持ちです」
拒もうとする青葉の母に、封筒を無理矢理押し付ける様はどこか悲壮で、青葉は思わず眉をひそめたのだった。
その夜は、稀に見る熱帯夜だった。
夜になるといつも涼しい双神の屋敷も、今夜だけは暑さが充満している。
「あっつ……」
青葉は眠れず、額の汗を腕で拭った。
頻繁に寝返りを打つあまり、寝間着にしている浴衣が、ほとんどはだけてしまっている
(やっぱエアコン買うべきやな、この家)
青葉がきょろきょろ暗い部屋を見渡すと、ぽわぽわ浮きながら寝ているカザヒとミナツチが。
青葉はじりっと近付き、一気にミナツチに抱き付いた。
『んだ!』
「ちょっとだけちょっとだけ。あー涼し」
抱き枕の要領で、青葉はそのまま寝転ぶ。
じたばた暴れるミナツチを黙殺していると、カザヒの方も起きてしまった。
『青葉、おぬし何しとんじゃ』
「暑いけん、即席冷やし抱き枕になってもろたんよ」
『神をそいなことに使ってええと思っとんのか!』
「ええやろ、別に」
青葉はまともに答えず、眠ろうとした。しかし、なぜか背中が暑くなってきた。不審に思って振り向くと、カザヒがぴっとりくっついていた。
「離れんかい! 暑いやろ!」
青葉はカザヒを手で押し退けた。
『何や、失礼な奴じゃな。せっかく、わしも協力したろと思たのに』
「あんたは暑いけん、近付いていらん!」
すると、カザヒはしょんぼりしてしまった。
『何て、ひどいこと言うんじゃああ』
わんわん泣き出してしまい、これには青葉も慌てた。
「ご、ごめんカザヒさん。俺、暑いけん苛々してしもて……。機嫌直して」
『じゃ、こまっちゃんにくっつきに行ってええ?』
「ええよ……って……」
しかし青葉が我に返った時にはもう、カザヒは部屋から出ていってしまっていた。
「待ち! 小町が暑なるやろ!」
青葉は、大慌てでカザヒの後を追った。
だが、カザヒは小町の部屋の襖からすり抜けて出てきた。
「あれ?」
息を切らして追いついた青葉は、拍子抜けして足を止める。
『青葉。こまっちゃんおらんのじゃあ』
「何やて?」
青葉は青ざめた。
『……外や。風が言うとる』
カザヒの言葉にますます青ざめて、青葉は走り出した。
青葉は外に飛び出して、叫んだ。
「小町!」
返事はない。
金一封を渡した時の、小町の顔が浮かぶ。
『青葉ー! 大変じゃあ!』
カザヒが、手紙らしきものを持って飛んできた。
『部屋の中よう見たら、手紙置いてあった!』
青葉はカザヒから手紙を受け取った。
宛名は、〝双神家の皆さんへ〟となっていた。
手紙を取り出して読み始めた青葉は、息を呑んだ。
『おじさん、おばさん、そして青葉へ
まず初めに言っておきます。私がここに来ようと思ったのは、命を絶つためでした。理由は、色々あります。でも、ここには書きません。優しくしてくれてありがとうございました。昔に戻ったみたいで、嬉しかったです。でも本当は戻れないことを知っているから……言います。さようなら、と。迷惑をかけて、本当にごめんなさい。でも、死ぬならどうしてもここで死にたかった。私が私に誇りを持てていた頃、過ごした美しいこの地で……。あと、私はもう大学生じゃありません。この前、大学を辞めてしまいました。嘘をついて、ごめんなさい』
読み終わり、青葉はカザヒとミナツチに怒鳴った。
「小町が死んでまう! 自殺する気や!」
『何やて?』
カザヒがびっくりして聞き返す。
「詳しくは後で話すけん、場所突き止めて!」
しばし、間があって『……激しき水の、傍』と、ミナツチがぽつりと答えた。
激しき水。それで思いつくのは、一つだけ。――滝だ。
青葉は、野を駆けた。
「ミナツチさん、小町はまだ生きとるんな?」
『多分』
『しっかし、こまっちゃんが自殺考えとったなんて……道理で、陰が多いはずや』
カザヒは例の手紙を見ながら、ため息をついた。
『青葉、今唱えとき。いざという時、すぐに発動させな止められへんで』
カザヒに促され、青葉は頷き、走る足を止めた。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと」
歩きながら、青葉は目をつむって唱える。
「ふたつがみ そのみをば わがおもいにて かえんこと」
ここまで唱えると、カザヒとミナツチの体が燐光を帯びた。
『上出来じゃ。さ、急ご』
カザヒの一言に頷いて、青葉は再び走り出した。
滝壺を見下ろしているのは、間違いなく小町だった。
「小町!」
「……青葉」
小町は振り返り、後ずさった。
「止まり! 死んだらいかん!」
「――手紙、読んだのね」
小町は無表情で、青葉を見つめた。
「何で死ぬんな! 大学辞めたかて、構んやろ!」
「それだけじゃないわ、青葉。実は私、両親には言わずにここに来たの」
「嘘やろ?」
意外な告白に、青葉は目を見張る。
「本当よ。なのに、捜そうともしない……。携帯にも、電話はかかって来なかったわ。仕事で忙しい両親は、レールを外れた私になんて興味がないの」
「でも、大学辞めただけで、何で……」
「私は、目が飛び出るほど授業料の高い予備校に行かせてもらったのよ。法学部に受かりたいからってね。でも……結局、周りに溶け込めず勉強にも打ち込めなかった。私はずっと弁護士になりたいって思ってたけど、それは間違いだったの」
小町の目から、はらはらと涙が零れる。
「私は、単に〝人から偉いと思われる職業〟に就きたかっただけ。心の底から、弁護士になりたいわけじゃなかったの……。私はまるで、自己顕示欲の権化だわ」
うつむき、彼女は続ける。
「そんな私が、今更自分を思い知って両親に相談した時、彼らは言ったわ。〝そんなの言い訳だ。せっかくのエリートコースを棒に振るのか〟と。お前に生きる価値はない、と罵られ、殴られもした……」
「小町……」
「東京でできた友達に相談しても、嘲笑された。相談できる友達すら、私にはいなかったのよ……」
青葉は、思わず叫んだ。
「何で、俺に相談してくれんかったんな! 俺やったら、お前を嘲笑ったりせんかった!」
「ごめんなさい、青葉。私は誰も、信じられなくなっているの……。もう誰も、信じたくない。それに、青葉も何か私に隠し事してるじゃない? だから……」
「それは――」
否定できないのが、辛かった。
「とにかく! 小町、死んだらいかん。ここにいたいなら、ずっとここにおればええ! 俺も親父も母さんも、みんな迷惑やなんて思わん!」
「ありがとう……」
小町は晴れやかに、笑った。
その周りに、黒き影が見えた。かつて滝で死んだ、死霊たちだ。小町を……呼んでいる。
「でも、もう辛いの。生きるのが怖い……。それに比べて、この滝の水は優しく見える。きっと、呼んでいるのね」
「いかん!」
青葉が叫んだと同時に、小町は体の重心を後ろに傾けた。
「こいしすがたは ほむらどり みずおろち!」
青葉の怒鳴るような詠唱でカザヒの体は焔の鳥に変わり、ミナツチの体は巨大な大蛇の姿に変化した。
まずカザヒが落ちていく小町に向かって飛んでいき、啼いて死霊を払った。
そしてミナツチが滝壺に飛び込み、首を伸ばして落ちてきた小町をぱくりとくわえた。
ミナツチの周りに、カザヒに払われた死霊がざあっと集まる。
「きよきみず みずのみかみに したがわん ししたものをば はらわせん」
青葉の詠唱により、ミナツチの体から青い光が放たれる。死霊は光を恐れるように離れた。
「カザヒさん、小町をここまで運んで!」
カザヒは頷き、足を伸ばして小町を掴んだ。そのまま空を駆けて、青葉の傍に小町の体を横たえる。
「小町……」
青葉が彼女の頬に手を当てると、軽い呻きを漏らした。意識を失くしているようだ。
「無事や……。ありがと、カザヒさんミナツチさん」
青葉は、泣き笑いの表情を浮かべた。
今、家に帰ると大騒ぎになりそうなので、青葉は小町が目覚めるまでそのまま待つことにした。
「あー疲れた……」
息をつく青葉の背を、元の姿に戻ったカザヒがぽむぽむ叩く。
『おぬし、今日はようやったな。見直したぞ』
「ありがとさん。俺も、こいな上手く行くとは思わんかったけん、びっくりや。火事場の馬鹿力ってやつかいな」
青葉が双つ神と話している内に、小町が目を開け、彼女は震える唇で叫んだ。
「……お、おばけ……!」
青葉はまさか、と呟く。
「小町、見えとるん?」
青葉がカザヒとミナツチを指して尋ねると、小町は恐ろしげに頷いた。
「――どうなっとん?」
『ようわからん。こまっちゃんがわしら神に触れたからかも。……それか、おぬしの霊力が強まったんかも。もしかすると、両方かも』
カザヒの答えに、青葉は首を傾げる。
「霊力って上がるもん?」
『上がる奴は上がるで。必死になったら、霊力が突然上がることがたまにあるんじゃ』
「ふうん……」
ひそひそ青葉とカザヒが話していると、小町が起き上がった。
「青葉、一体何なのそれ? 私、もしかしてもう死んだの?」
「死んどらん! この二人は、守り神や。小町を助けてくれてん」
青葉の言葉に、小町は目を伏せた。
「どうして……」
「死ぬのはまだ早いと思わん? ここで、しばらくゆっくりし。心の傷が癒えるまで、いくらでもおったらええけん。死のうとせんって、約束してくれん?」
青葉がそう諭すと、カザヒとミナツチもそうだそうだと賛同した。
「……俺はカザヒさんとミナツチさんを祀る巫女やけん……。小町、見えんかったら信じんやろ? それが普通の反応やけん」
「そうかも……」
「だけん、隠し事しとるように見えたんや。小町を信用してないんやない。それ、わかって欲しい」
小町は、黙って頷く。
「でも私、見えてるよ」
「それは、今さっき、突然やろ? ほんまは、この神さんたちは俺の傍にずっとおってん。でも、今まで全然見えんかったやろ?」
「どうして、今になって?」
「わからん」
きっぱり言い切った青葉の様子がおかしかったのか、小町は少しだけ笑った。
「――わかった。約束するわ、青葉。死のうとしないって。神さまに命を助けてもらったんだし、何だか色々と吹っ切れちゃった」
「せやったら、帰ろか。遺書は処分してええな?」
「……うん」
小町の確認を取ってから、青葉は遺書を懐に入れた。
「……帰ろ、小町」
青葉は小町の手を引き、歩き出した。
いつの間にか、小雨が降ってきた。雨の中、ぬれたまま歩き続ける。雨は、火照った体に心地良かった。
ふっ、と雨が止み、光があふれる。
「見てみ、小町」
朝焼けを指さして、青葉は微笑み、小町を見下ろした。
「生きるのも、そう捨てたもんやないやろ?」
「……そうね」
うつむく小町の表情は、うかがい知れない。けれど震える声が、彼女の気持ちを代弁していた。
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