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第二話 ねむりがみ
さん
しおりを挟む出発は明日ということになった。
美羽の両親は一旦ホテルに帰ったが、美羽本人は症状を見るためにも双神家に泊まらせることにした。
もちろん、穂波も今夜はこの家に泊まるつもりらしい。
縁側に座って、青葉は穂波と話していた。
「ほんまに、お前変わらんなー! ちったあ、変われ?」
「放っとき。大体、春に会ったやろ。数ヶ月でそいな、変わるかいな」
穂波に背中をばんばん叩かれ、青葉は口を尖らせる。
「そういうお前も、変わってないんな。インチキ商売やっとるとことか特に」
「インチキとは失礼やな。俺は、本物や」
穂波は霊力があるのを良いことに、昔からそれで金儲けしようとしていた。
祖母の〝霊力を金のために使ってはならない〟という教えを穂波も聞いたはずだが、全く守っていない。
「ばあちゃんが、いかん言うてたやろ。そんなんしとったら、いつかバチ当たるかもしれんよ?」
「大丈夫やって。よっぽどのことには、手出さんようにしとるし」
穂波は明るく笑った。
顔はどことなく似ているが、性格を含めた他は青葉と全く似ていないイトコだ。
「大体、ばあちゃんは固いねん。自分が代々巫女の家系やったからそういう考えやったんやろけど、各地で霊能力者はその力で食っててんで。俺が説教される筋合いないわ」
「お前の考えもわからんでもないけど……。せめて、稼ぎすぎんようにな」
「はいはい。会ったら説教するとこは、ばあちゃんに似てきたなあ」
そう言われ、青葉は口ごもった。
「で、どうなんや」
急に、穂波が声を潜めて尋ねてきた。
「何のこと?」
「こまっちゃんとお前のことや」
カザヒの呼び方がうつっていることに気を取られた青葉は、一瞬反応が遅れた。
「……俺と小町のこと? どうって、どういうことな」
「とぼけんな。あの子と、どこまで行ったんや」
「旅行のこと?」
その返事に、穂波は目をむいていた。
「アホ! どこまで鈍いねん!」
突っ込まれ、ようやく青葉は気付いた。
「そ、そいな関係やないけん」
「ほほーう? お前の話によれば、あの子は都会の生活に疲れてここに帰ってきたんやってな?」
穂波には前もって、小町の簡単な事情――自殺願望などは省いて――を説明しておいたのだ。
「俺から見て、脈ありっぽいし、頑張れ青葉! 俺、めっちゃ応援するし!」
「待ち。何で、そういう話になるん?」
「アホやなお前! あんな美人、もうなかなか現れへんぞ! 今ゲットせず、何をゲットするんや! 癒しを求めてここに来たんやし、ころっと恋に落ちるかも。お前、今は彼女おらへんのやろ。チャンスやないか」
穂波の熱弁に圧倒されそうになったが、青葉は深々とため息をついた。
「……そういうのは、考えてへん。弱みにつけ込むみたいで嫌や」
青葉が言い切ると、穂波は「頭かたっ!」と叫んで呆れていた。
そして翌朝。守り神たちと青葉に穂波はもちろん、小町も同行を希望したので彼女も行くことになった。
当事者の美羽も連れていくと決まったが、美羽の両親にはここに留まってもらうことにした。
「私どもは、行ってはならないのでしょうか……」
不満そうな二人に、青葉は丁寧に説明した。
「多分、その祟り神は美羽さんの血に反応したと思うんです。美羽さんはその廃村の末裔ですけん。だけん、お二人も危ないと思います。美羽さんの体から出た神さんが、あなた方に憑く可能性もあるってことです」
「そうですか」
二人は顔を見合わせ、頷いた。
「それでは、よろしくお願いします」
「任せてえな!」
なぜか、穂波が請け負う。
「さ、行こか。穂波、運転してくれるえ?」
「ん。せやったら、美羽ちゃんは後部座席に」
呟きながら、美羽を抱えた穂波は車に向かった。小町が両手が塞がった穂波のために先に行って、ドアを開ける。
「ありがと、こまっちゃん」
穂波はにっこり笑って礼を述べてから、美羽の体を座席に座らせた。
「後ろには、俺と神さんが乗る。何かあったら、大変やけん。小町は助手席乗ってくれん?」
「わかったわ」
それぞれ乗り込むと、美羽の両親が心配そうに近付いてきた。
「お願い、しますね」
美羽の母の言葉には、悲壮感がこめられていた。
「任して下さい。絶対、娘さんを目覚めさせますけん」
青葉が微笑んだ瞬間、エンジンがかかった。
「いってきます」
そうして車は走り出した。
辿り着いた廃村は、美しい山に囲まれた土地だった。
「うっわ……めっちゃ、霊力強い山やな」
「せやな。山の神がおるんやろ」
車を降りた途端、穂波と青葉は〝何か〟を感じた。
「その〝山の神〟が、美羽ちゃんに取り憑いてるってこと?」
「わからん。でも、多分せやろな」
小町の問いに答えながらも、青葉は風の音を聞いていた。
「カザヒさんミナツチさん、どいな感じ?」
『間違いないな。しかし、妙な神じゃのう』
『んだんだ』
カザヒとミナツチは、首をひねっている。
「何が妙なん?」
『単なる、山の神じゃない気がするのう。不思議な力じゃ……』
カザヒの見解に、穂波が唸る。
「うーん。多分、山の神でもあって何かの神でもあるってことやんな。混同されて付加属性がついた、いうことも有り得る」
「――もしかして、穂波さんも民俗学部ですか?」
「うん、そやで」
穂波の答えに、小町は「やっぱり」と呟いた。
「祠、ってのはあそこらへんかな。穂波、美羽ちゃんを頼んでええ? 俺と神さんたちで行って来るけん。小町はどうする?」
青葉は神気を感じて、山のふもとを指差した。
「付いていくわ」
小町は迷いなく答えた。
「おっしゃ。じゃ、ここにおるで。何かあったら携帯……ってお前、持っとらんのか」
「それ以前に、ここ圏外やと思う」
「ほんまや」
穂波は携帯を開いて舌打ちした。
「ま、何かあったら叫ぶわ」
「聞こえるとええけどな……ともかく、よろしゅうな」
「任せ」
穂波は手を挙げてみせた。
青葉と小町は、廃村の中を歩いていった。廃屋が物寂しい。植物だけが元気に村中に蔓延っていた。
祠は山の上にあるようだと、偵察したカザヒが青葉に教えてくれた。
山に近付くにつれ、青葉の肌が粟立った。怒りを、感じる。
『青葉、止まり』
カザヒの警告を聞き、足を止める。
『このまま行ったら危険や。祟られる。わしらが、お前とこまっちゃんを包むけん』
「わかった」
青葉は目を閉じ、唱えた。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒさま みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチさまと ふたつがみ そのすがた わがおもいにて かえんこと」
二人の体が、燐光を帯びる。
「われらのからだ つつみてまもれ」
カザヒとミナツチの体が溶け、カザヒは青葉の体に、ミナツチは小町の体に同化し、二人の体は淡い光に包まれた。
「何だか、変な感じ」
戸惑ったように、小町が笑う。
「その内慣れるはずや。さあ、進も」
二人は一旦止めていた歩を進め、険しい山道を登っていった。
祠が見えた途端に、声がした。
『何をしに来た……異郷の者』
心から震え上がるような、恐ろしい声だった。人が発することのできない、人にあらざるものの声だ。
「祟りを解きに。この地の血を引く少女を、覚えているはずや」
青葉は、凛とした声で告げた。
『……祟りを解くことは、私にも叶わぬ。あの少女の中には、私の一部を宿した』
「なぜ――」
『私をもう一度、祀らせるためだ!』
怒声に呼応して、風が吹き荒ぶ。
『私から恵みを受けておきながら、あっさりとこの地を捨て、私を忘れた者達が憎かったのだ。祀られぬ神は、祟り神になるしかないではないか。だから、私はあの子を無理矢理、巫女にしようと――我の一部を入れたのだ』
「無茶しよる……」
青葉はため息をついた。
巫女にしたかったからこそ、死なせたくはなかった。だから、最低限の生命活動ができるようになっていたのだ。
「あの子は、巫女にはなれん。一部を入れて昏睡状態になったんやったら、あの子はあんたを受け入れることはできん……巫女にはなれんってことや。そんくらい、わからんかったん?」
『わかっておる。しかし、あれは私にもどうにもできん』
「一つ、方法がある。あんたが消えることや」
青葉は一呼吸おいて、続けた。
「あんたが消えてもあんたの一部は残るけど、あんたが消えればそれを支配してた〝大きな力〟はなくなる。だけん、俺や穂波でも残った一部をあの子から出すことはできるやろ」
『私を消す?』
「せやないと、あんたはまた祟りを起こすやろ。あんたは、疎まれてしまう……」
哀しそうに、青葉は祠を見つめた。
「人間は勝手や。神を祀って恵みを受けていたのに、いつの間にか神を忘れてしまった。こいな状態でおるの、あんたも哀しいやろ? だけん……」
沈黙が、その場を支配した。
「大丈夫。還すだけや。自然から見出され、起こされたあんたを還すだけや」
『――ならば、頼もうか。異郷の巫女』
「わかった」
打ち捨てられた神の怒り、哀しみ。それが、青葉には手に取るようにわかった。
「あんたは、山の神であり……何の神なん?」
『私は山を降り、田の神となり、また山に帰っていった。夜の間に』
一般的に、山の神と田の神は同一視されることが多い。山の神が里に降りて田の神となり、また山に帰るという考えは日本中にあった。
「夜の間…………〝眠り〟」
それならば、美羽の症状も説明が付く。
この地の人々は、眠っている間に帰る山の神をどういう目で見ていたのだろうか。かつては、揺るぎない信仰に溢れた目だったはずだ。今は、その目をどこにも見付けられない。
忘れ去られた神。信じる者がいなければ、神は神であり続けられない。
「始めるえ」
青葉は目を閉じ、詠唱を始めた。
「やまのかみ たにおりて たのかみに さりてまた やまのかみ」
本質を言葉で紡がなくては、神に影響を与えることはできない。
「またのなを ひとびとの ねむりをあるく ねむりがみ」
祠に唸り声が響く。苦しそうな、それでもどこか安堵しているような不可思議な声であった。
「やすらかに いずるところに かえらんことを」
その言葉に導かれ、祠が真っ二つに割れた。
今まで山を包んでいた重苦しい気は晴れ、穏やかな陽の光が差してきた。
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