わしらはかみさま

水村鳴花

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第三話 わらべうた

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 眠る小町の顔は、苦しそうだった。

『このままやったら、精神が参ってまうな』

『んだ。危険や』

 カザヒとミナツチが、小町を見下ろす。

「でも、寝かせんかったら体力がなくなってまう」

「せや。いずれにせよ、衰弱するっちゅう寸法やな」

 青葉の反論に、穂波が付け加えた。

『〝何か〟をこまっちゃんから追い出さないかん。青葉の推理によれば、〝何か〟の正体はこまっちゃんの幼少時……じゃとな』

「そうや、カザヒさん。そうとしか考えられへん。小町と同じ考え方で、女の子で、ここの方言を喋るんや。ようわからんけど、幼少期の小町の精神が霊になって残ってしもとるんちゃうやろか」

『なるほど、それじゃったらわしらが気付かんかったんも頷ける。幼少期のこまっちゃんなんやったら、本人と気配が一緒じゃけん、わかりにくいんじゃ』

 カザヒは、納得したようだった。

「でも、それをどうやって消せばええんや?」

 穂波が我慢し切れなくなったように、尋ねる。

『同一人物なんやったら、外に出すのは無理じゃ。中に入り、消すしかない』

 カザヒは、じっと青葉を見つめた。

『どうする、青葉』

「俺が中に入れるんやったら、俺が中に入って消す」

『危険じゃ』

 カザヒは、顔を近付けてきた。

『お前が入らないかんのは、こまっちゃんの〝心〟じゃ。どんだけ人の心が奥深いか、知っとるじゃろ』

『んだ。霊を生み出すほど、人の心は深い』

 カザヒもミナツチも、あまり乗り気ではないようだった。

『帰ってこれんようになったら、どうする。お前は双神の巫女じゃろ。わしらのことより、こまっちゃんのことが大事な?』

 カザヒの問いに、青葉は絶句した。

 しかし、次の瞬間、怒鳴った。

「大切な幼馴染みも助けてやれんで、何が巫女や!」

 肩で息をし、首を振る。

「勝手なん、わかっとる……。巫女は神に身を捧げるんやもんな。でも、もし小町を見捨てたら俺は……胸張って双神の巫女やって名乗れへん。お願いや、カザヒさんミナツチさん……小町を助けたいんよ」

 双つ神は、顔を見合わせて笑い、カザヒが語った。

『そう言う、思た。もし、わしらの脅しに負けてこまっちゃんを見捨てとったら、わしらはお前に巫女をもう名乗らせんかったやろな』

「……まさか、青葉を試したんか?」

 穂波の質問に、カザヒとミナツチはこっくり頷く。

『そんくらいの覚悟がないと、生きて戻れんじゃろしな』

『んだ。試験じゃ』

「何や、それ」

 青葉は力が抜けたように、片手で目を覆った。

『青葉、準備はええんな?』

『んだ?』

「……今すぐでも、ええよ」

 青葉は苦しそうな小町を見下ろしながら、頷いた。



 夕刻、計画を実行に移すことになり、一同は小町の眠る部屋に集まった。

「なあなあ、青葉。ちょっと気になるんやけど」

 青葉が腰を下ろしたところで、青葉の隣に座った穂波が、いきなり尋ねてきた。

「何が?」

「お前の話によると、こまっちゃんは東京が嫌で陰を生み出したかもしれんのやろ? 東京でできた陰なんやったら、何で方言を喋るんや?」

「……ほんまやな」

 青葉は、眉をひそめた。

 小町は東京になじめなかった。だから、てっきり陰も東京でできたのだと思っていたが……。

「東京に引っ越してからすぐに、できたとか?」

「ふうん、それも有り得るけどな」

 穂波は納得していないようだ。

「青葉、心当たりないんか? ここにおった時に、陰ができるようなことはなかったんか?」

「わからん」

 正直に答えるしかなかった。

「せやったら、しゃあないな。とりあえず、始めよか」

 穂波はすりーぷに指示を出した。

「頼むで、すりーぷ」

『は~い』

 夢は心の深層を映す、心に通じる道。すりーぷの力で青葉を眠らせ、小町の夢と青葉の夢をつなぐのだ。

『わしらは、お前が行ってから追うけんな』

 双つ神も、準備ができたようだ。相変わらずカザヒばかりが喋り、ミナツチは口をつぐんでいる。

『でも、忘れるなや、青葉。わしらは、こまっちゃんの夢の中では何の力もない。お前だけが、こまっちゃんに干渉できるんやぞ』

「……わかっとる」

 自分が失敗すれば、全てが終わるということだ。

「さあ、すりーぷ」

 青葉はすりーぷに向き直り、目をつむった。

『はいは~い』

 すりーぷが青葉の頭に手を載せると、すぐに眠りが訪れた。



 青葉が目を開くと、白いもやが見えた。もやの間から、道が続いているのが見える。あの向こうが、小町の夢なのだろうか。

 歩き出した青葉は、傍らに心強い気配を感じた。

「カザヒさん、ミナツチさん?」

『そうじゃ。姿まで、具現化できんらしいな。声だけじゃ』

 カザヒの声が聞こえて、青葉は安堵の息をついた。

「声だけでも、助かる。何かあったら、助言頼むな」

 青葉は再び、歩を進めた。



 青葉は、いつの間にか、見知らぬ家の中に立っていた。

 目をこらすと、小町が見えた。

 彼女は泣いていた。母親にぶたれ、泣いていた。

「助けて……」

「こ……」

『いかん!』

 名を呼びかけた青葉を、カザヒが止める。

『あれは、陰とちゃう。今呼んだら、陰が気付く。お前の存在を陰に知らせたらいかん』

『んだ。これは、こまっちゃんを苦しめるために陰が生んどる映像や』

 カザヒとミナツチの言葉に、青葉は拳をぎゅっと握った。

「……通り過ぎろ、言うんか」

『そうじゃ。酷なん、わかっとる。でも、陰のところまで行かな、こまっちゃんは助からんのやぞ』

 カザヒに諭されたため、青葉は黙って歩を進め、大学生の小町が泣き叫ぶ横を、目をつむって通り過ぎた。



 次に出たのは、教室だった。

 ブレザー姿の小町が、教師の前に立っていた。

「佐倉は、この進路で良いんだな?」

「はい。法学部しか受けません」

「佐倉は優秀だから、受かるだろうよ。ご両親もさぞ、鼻が高いことだろう」

「……はい」

 小町の表情が、少し陰った。

 青葉はその様子を見て、首を傾げた。

「もしかして、両親と関係あるんかな。さっきも今も、両親関連やしな」

 どこか淋しげな高校生の小町の横を、青葉はまた通り過ぎた。



 次は、また家の中だった。

 がらんとした家の中で、セーラー服を着た小町が一人で食事を取っていた。

 そこへ、小町の父親が帰ってくる。

「お帰りなさい」

 小町は父を見上げ、呟いた。

「随分遅い時間に、食べているんだな」

「塾だったの」

「そうか。テストは返ってきたのか?」

 父の問いに、小町はうんざりしたように頷いた。

「うん、九十点」

「そうか、まあまあだな。母さんは、まだ帰ってないのか?」

「……仕事で遅くなるって」

「そうか」

 何と冷たい。これが父と娘の、会話だろうか。

 青葉は小町に近付きかけた。

『まだや』と、今度はミナツチが止めた。

 青葉は中学生の小町から目を逸らして、また通り過ぎた。



 次は、見覚えのある所に出た。村の、丘だった。

「ここは……」

 青葉は、小さい小町を見付けた。まだ、七歳か八歳くらいだろう。一心不乱に、家に駆けていく。

『あれや』

 ミナツチの言葉が信じ難くて、青葉は足を止めた。

(村におった時の小町が、陰の正体やって……?)

『青葉! 追わんかい!』

 カザヒに促され、青葉は走り出した。



 がらり、と家のドアを開けて小町は叫ぶ。

「ただいまあ!」

「……おかえり」

 気だるそうな母親が、迎えた。

「あんね、お母さん聞いてや」

「ちょっと小町、静かにしてくれる? お母さん、頭が痛いの」

 冷たく突っぱね、母親は家の奥に向かう。リビングには、父親もいた。

「農家なんて、やっとられんな」

「本当」

 両親は小町の方を見ようともせず、話を始めた。

「大体、もうちょっと東京にいたら……」

「仕方ないでしょう、小町が産まれたんだから」

「おらんかったら、良かったんかな……」

 ぼそっと呟かれた父の言葉に、小町の体が強張った。

 ――あたしのせい……。あたしのせいで、お母さんとお父さんはいつも元気がないんやろか……。おらんかったら、良かったんやろか……。

 小町の心の声が、どうしてか青葉にも伝わってきた。

 あんまりや、と青葉が呟いた時、場面がぐるりと変わった。

 また小町は丘の上から、駆けてくる。それを家の中から、見ることができた。

 青葉は決心して、玄関に向かう。

「ただいまあ!」

 そうして、「おかえり」と笑顔で言ってやった。

 小町はきょとんとして、首を傾げた。

「今日は、何があったんな?」

 青葉は気にせず、屈んで小町と目線を合わせる。

「……あんね、今日は先生に褒められたん」

「ほうな、良かったな。何で褒められたんな?」

「算数のテスト、一人だけ百点だったけん」

 その報告に、青葉はにっこり笑う。

「小町は賢いな。はよ、家入り。お腹空いたやろ。それからゆっくり話聞くけん」

「うん!」

 小町は靴を脱ぎ捨て、家の中に入っていった。その中に、小町の父母はいない。

 青葉は真剣な面持ちで、彼女の後を追った。

「何食べたい?」

「わらびもち!」

「あったっけなあ」

 小町の元気な答えに青葉は苦笑し、戸棚を覗く。

 これは夢の世界でもあるので、ある程度の希望は叶う。わらびもちは、ちゃんとそこにあった。

 わらびもちを出してやりながら、青葉は話を続ける。

「で? そいな難しいテストやったん?」

「うん、みんな悪かったって先生言ってた。青葉に点聞いたら、教えてくれんかったし」

 もう少しで、青葉はテーブルに頭を打つところだった。

「多分、それ相当、悪かったんやろ」

 記憶はないが、算数が嫌いだった自分がそんな難しいテストで良い点を取れるはずがない。

「小町は偉いな」

「そうやろか」

「偉い偉い」

 褒めると、小町はにこにこ笑って、わらびもちを頬張っていた。

「あ、青葉と遊ぶ約束しててん。行かな」

「行っといで」

 小町と一緒に立ち上がり、玄関まで行く。

「気、付けてな!」

 見送る青葉に、小町は嬉しそうに手を振った。本当に、嬉しそうに。


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