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mission 2 孤高の花嫁

幸せになる義務

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Side-アーシェ 2

 あたしが出した召喚獣を見て、クリスは目を丸くした。
「初めて見た…。これが、魔法? 冒険者ってすげえな!」
 本当に初めて見たって顔でクリスはしきりに感心する。ちょっと引っかかるけど、まあいいや。あたしは胸を張った。
「こう見えても、ちゃんとマジメに学校行ってるからね」
 小声でいいながらそっと戸口から召喚獣たちをぞろぞろ入れる。花嫁さんは最初は驚きながらも、おとなしい召喚獣たちを撫でたり抱き上げたりして少し笑顔を見せた。密かに動物嫌いだったらどうしようかってドキドキしてたんだけど、その心配はなさそう。あたしは思い切って、扉をくぐった。あたしの前に出たクリスは、先に花嫁さんに声をかける。
「ナディアさん、おれだよ。ちょっとご挨拶したいお客さん連れて来たんだ」
 花嫁…ナディアさんは、痛々しく泣きはらした鳶色の瞳をこちらに向けた。鮮やかなオレンジがかった赤毛は、少し長めのショートボブ。どこか高貴さを感じさせる色白で細身の、綺麗な人だ。
「可愛らしいガールフレンドね、クリス君。お名前は?」
「アーシェラン・バリニーズです。アーシェって呼んでください。あのっ…」
 あたしは何か言わなくちゃと思いながら、そこから先の言葉に詰まってしまった。だって…いざここに来たら、何を言ってあげたらいいのか…。そこから先の慰めの言葉が出てこない。
 あたしには家族を失った経験なんかない。そりゃ父さんは小さい頃に出てっちゃって行方不明だけど、故郷で母さんか元気してるし。それに時々煙たいけど兄貴だっている。全て失うなんて辛すぎる経験をした彼女に、中途半端な言葉なんてかえって傷つけるだけじゃない! 勢いだけで出て来たけど、そのことを少し後悔し始めていた。こんな時兄貴だったら? アーちんやデュエルだったら? もっと気の利いた言葉も見つかるかもしれないのに。
「ごめんなさいね、こんなところ見せちゃって。この子達、あなたが? 可愛いわね。久しぶりに楽しい気分になれたわ、ありがとう」
 言葉を見つけられず黙ったままのあたしに、ナディアさんは優しく微笑む。あたしは何しに来たんだろ? 逆に彼女に気を使わせて、無理させて…。
「あのっ! あたし…ナディアさんを助けるために来ました! そりゃ、あたしはまだ見習いで未熟者だけど…ちゃんと冒険者やってます!」
  ナディアさんに擦り寄る召喚獣を見て、あたしは思い出した。あたしはまだまだ頼りないけど、でも冒険者なんだって。あたしにも何かできることはある。いくらでもやらなきゃからないことはあるって! そう思った途端、なぜか言いたい言葉が溢れて止まらなくなった。
「あたしだけじゃなくて、兄貴やラグちゃん、デュエルやアーちんも! みんな頼れるから。ジェラルドさんやブリジット姐さん、フランシスだって味方だから…だから、どうしたら助けられるか、どうしたら笑顔になれるか教えてください! あなたの幸せの、お手伝いをさせてください!」
 あたしの勢いにつられたように、クリスも言い募った。
「お、おれだって、ナディアさんには幸せになってもらいたい! この家にとっていなくてもいい立場の、弟のおれにもあんなに優しくしてくれたんだから!」
 開いた窓からは、夜風に乗ってパーティ会場のざわめきが流れてくる。なんでこんな辛い思いしてる人を差し置いて、能天気にパーティなんかしてるのよ? 本来の主役がここで泣いているのに、そんなことしてる場合じゃないでしょ? 手がかり一つ見つけられない衛視なんか、てんで役に立ってないじゃないの。

 うんと辛い思いして来たんだもん、その分だけ、ナディアさんには幸せになってもらいたかった。いや、幸せになってもらう義務があるんだから!
 それは、冒険者としてじゃなくあたし個人の想い。もしあたしが同じ目にあったら…故郷の母さんや兄貴が突然いなくなったら…そこから立ち直れるかわかんないもん!
 
「ありがとう…。はじめて会ったのに、そこまで思っててくれるなんて嬉しいわ。こんな私にはもったいないくらいの言葉よ」
「そんなことない!」
 その自嘲するような言葉に、あたしは声を荒げた。
「ナディアさんが幸せにならなくて、誰に幸せになる義務があるの? 少なくともあたしは、これ以上あなたに辛い思いして欲しくない! だから…お願いだからいつか、心からの笑顔を思い出して…」
 それを聞いて、彼女は困ったように微笑む。
「違う…その笑顔じゃないよ、ナディアさん…」
「私は今、とても醜いことを考えているから…」
  あたしは、その言葉の意味がわからなかった。突然溢れそうになって堪えた、涙の意味さえも。
 
「大丈夫。泣くのはきっと、これが最後になると思うわ…。ありがとう、アーシェちゃん」
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