勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

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第六章 秋野裕

~麻生2~

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めいは店でパンケーキを注文した。

ここの店はレトロな雰囲気で、色合いも茶色で統一されている。食器にも繊細な模様が施されており、俺のお気に入りの店だ。

料理が出されるのを待っていると2人連れの客がやってきた。

1人は車椅子に乗っている。自分の足で歩けないとは不便なことだ。
その2人は俺達の近くに座った。
2人は紅茶を頼んでいる。こんなとき、2人の会話は嫌でも耳に入ってしまう。

「お姉ちゃん。次はどうする?今日はもうホテルに戻る?」
「もう1箇所くらい行ってみようかな。玲香が嫌じゃなければ」
「いいよ。行こう!
お姉ちゃん、私に気を遣わなくてもいいっていつも言ってるでしょ」
「ごめんごめん」
その会話を聞いていた店主はにこにこしながら話しかけている。
「仲の良いご姉妹ですね」
「ありがとうございます。」
お姉ちゃんと呼ばれている女性が笑顔で頭を下げている。

すると、めいがいきなり彼女に話かけた。
「足、悪いの?」
彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「えぇ。あなた方も兄妹ですか?」
「違うよ。友達。2人は姉妹なのよね?いいなぁ。私1人っ子だから」
「1人っ子ね……私も一時期1人だったなぁ…」
「え?」
「ううん。何でもない」
彼女は意味ありげに言った。
妹の玲香は紅茶を飲み終えている。
「お姉ちゃん。もう出よう」
「どうかしたの?」
玲香は俺達をじっと見つめている。あまり気を許していないようだ。

姉は紅茶を飲み干してめいに言った。
「そろそろ行くわね。あなた、お名前は?」
「…めい。だよ」
「そう。私は朝比奈 織絵っていうの。めいちゃん、機会があればまた会いましょう」
そう言って織絵は会計に向かった。
その途中、
「次会う機会、無いかもしれないのに自己紹介するの?」
「会うかもしれないでしょ」
「これからも体はどんどん動かなくなってくるじゃない」
「分かってるよ」

俺はそれ以上聞くのをやめた。
他人の事情を覗くべきではない。

今の間にめいは出されたパンケーキをせっせと口に運んでいる。よほど気に入ったのか、無言だった。

俺もパンケーキを口にした。久々に食べると、やたらと甘く感じる。




十分楽しんだ後は、何かしら面倒なことがおこるものだ。
俺達はゆっくり歩いた。村の門がもう近い。
めいは小声で言った。
「もうすぐ着くね。」
「そうだな」
「……着いたら、もうお別れだね」
そう言うめいの表情はどこか悲しげだった。

「また抜け出せばいいじゃん。もう終わりじゃないだろ」
「ううん。もう…終わり。もうこれっきり」
「やっぱり規則の方が大事か」
「…どうだろ。ただ私が弱いだけかもしれない」


村の門をくぐると、大勢の村人達が待ち構えるかのように立っていた。
「お出迎えかよ。暇人だなぁ」
「私がいるからかもしれない……あ、雪」
めいは、“雪”と呼んだ女性の元へと走った。

………雪?

めいが雪と呼んだその人は、美由紀様の人形と瓜二つだった。

そうか…もうそんな……いや、それよりも。

めいは、あの人形と知り合いなのか?じゃあもしかしてめいは…
見ると、めいは雪に叱られているのかしょんぼりしている。

雪は俺を見て一瞬顔色を変えた。
しかし、すぐにまた無表情に戻り、俺に頭を下げた。
「……明梨様を送ってきて下さったのですか?」
「明梨…?」
めいの方に目をやると、申し訳なさそうな顔をしている。
「ごめんなさい。私、麻生明梨っていうの。メイは、私の人形の名前。」
「……麻生家の娘だったんだな」
「うん…ごめん。黙ってて」
「いや、別に」

明梨は何度もごめんと呟いていた。




明梨達が帰った後、村人たちの冷たい視線が俺に向けられている。
俺が明梨をさらったと思っているのかもしれない。
まぁ、村人の気持ちなんざどうだっていい。俺は昔から嫌われ者だ。
ふと、明梨の笑顔が蘇る。
村のおきてのためだけにあの無邪気な笑顔が壊されるのか…そう思うといたたまれなかった。




-第六章 完-
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