勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

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第七章 雪

~現実1~

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珍しく、明梨が部屋から出てこない。いつもならもうとっくに起きているはずなのに。
規則を破らせるわけにはいかず起こしに行った。

しかしー。

「おじょう…様?」
明梨はどこにもいなかった。
他の家来にも頼んで屋敷中を探し回ったが見つからない。

「誰かにさらわれたのでしょうか」
「そんなはずないでしょう。この村の人達にできると思って?」
「だって…1人いるでしょ。あの嫌われ者が…」
「秋野さん家の息子ね。…ありえない話ではないわ」
「でしょう?早く探さないと」
家来達の会話が耳に入る。


秋野さんの息子…あの子はそんな人間ではない。
ずっと自由に憧れを抱いていただけで、人に迷惑をかけるようなことはしない。
それはわたしが一番よく知っている。

でも、だからこそ怖い。明梨が、自分から出ていってしまったのかもなんて思ってしまっているから。

このまま帰って来なかったら、村が滅ぶ。
それは、『麻生美由紀』にとって一番したいことで、一番なってほしくないもの。
いつもあの人は、わたしに語りかけてきた。
今の明梨と同じように。

自由になりたい。でも村を裏切れない。明梨にまで同じ思いをさせたくない……ってね。
今は…ただ待とう。明梨に任せてみよう。
きっと…戻ってくるから。




明梨はその日のうちに帰ってきた。懐かしい、あの人と一緒に。
まさか裕がいるとは思わなかった。
裕は、美由紀の家来だったからわたしもよく知っている。

裕に…裕に会わせて。

頭の中から声が聞こえる。今出てきちゃだめでしょう。あなたの役目はまだ先だから。今は黙ってて。
わたしは、自分の中にいるもう1人の『私』を押し込んだ。


わたしは何食わぬ顔で明梨を見つめた。
「お嬢様…」
「ごめんなさい。雪…でも私っ」
「分かっておりますよ。ちゃんと話を聞きますから。とにかく屋敷へ戻りましょう」
「うん…」
明梨は何度も裕に頭を下げながらついてきた。

「お嬢様。外はどうでしたか?」
そう尋ねると、明梨は驚いているようだった。
「え?」
「…楽しかったですか?」
「…うん。とても楽しかった。村には無いものばかりだったよ」
「そうですか…」

それほど楽しかったのなら戻って来るのも辛かっただろうに。

「お嬢様。お帰りになってからすぐで申し訳ないのですが、明日あなた様のお役目についてお話し致しましょう。」
「……分かった。でも…聞くのが怖い」
「…そうでしょうね。そう思われるのも当然のことでしょう。」
「でも、知った方がいいだろうね。分からないままだとどうしようもないから」
「分かるまでが一番楽な時間です。これからは…
いえ。今はやめておきます」
「意味深なこと言わないでよ。気になるじゃない」
「……まぁとにかく、今日はお休みになってください。」
「あ、うん…」

もっと怒られると思っていたのか、明梨は不思議
そうな顔をしている。

本当なら怒るべきだけど、何故かできなかった。
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