勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

文字の大きさ
上 下
19 / 32
第九章 麻生明梨

~婚儀1〜

しおりを挟む
「お嬢様、19歳のお誕生日おめでとうございます。」
雪が深々と頭を下げて言った。


役目のことを知ってからでも、今までと変わらず穏やかな時間が流れていた。
「ありがとう。誕生日って実感がないね。何かが変わるわけではないし、嬉しくないし」

まだ時間はあると思っていたのに、もう19になってしまった。
『生』と『死』の儀まで一年。タイムリミットは近づいてきている。

「そういえば明日、秋野様がいらっしゃるそうですよ」
「裕が?」
「しばらくの間外に出ていらしたらしく、今晩村に帰ってこられるみたいで」
「また出てたの?」
「はい。」

相変わらず気楽なものだ。
ついこの間も三ヶ月くらい村にいなかったし。

かつて私が村を出て、初めて裕に出会ったあの日から何度か会うようになった。
裕は麻生家にいつでも入れるようになったらしく、時々訪ねてきては色々なことを教えてくれた。
家来達は嫌なものを見るような目で裕を見ていたが、本人は全く気にしているようにみえない。


   明日、裕が来るのが待ち遠しかった。約半年ぶりに見る裕は前よりも大人になっているだろうか。
それとも全く変化がないだろうか。
あるいは裕は私を見てどう思うだろう。

彼はいつも私に会う度に言っていた。
変わらないなって。
初めて会った16の頃のままだって。
少しは大人になったと思うんだけどな…



私は中庭に出た。
なぜか時々無性に1人になりたくなる。

放っておいてほしい、1人にしてほしい。
けれど…本当はいつも独り。

家は1日かけても全ての部屋に行けないほど広いのに、何故か窮屈だと感じる。
家が広いのは、一生出ることができない娘を気遣ってのことらしい。
狭いほうがいいのに。広いからこそ逆に寂しい。

「お嬢様。こちらにいらっしゃいましたか。ご主人様がお呼びです」
私を見つけた家来が庭に入ってきた。
「お父様が?」
「はい。役目に関わる大事な用とのことです」
「……分かった。」
役目と聞いて少し怖くなった。『儀』が近づいてきているから。





父の部屋をノックすると、中から疲れているような声が返ってきた。

「お父様。お疲れですか?」
「最近忙しくてね。眠れていないんだ」
「無理しちゃだめよ」
「分かっているよ」

父は小さく笑った。どこか悲しげな瞳だった。
「お前に…話すことがあるんだ」
「役目のことでしょう?」
「……あぁ。」
父は少し躊躇っているのか、中々話を切り出そうとしない。

「役目のことは、雪から聞いたのか?」
本題に入らず、父は少し話をそらした。

「…聞いたよ。『生』と『死』の儀があるって」
「そうか…」
「ねぇ。お母様が死んだのって、偶然じゃないでしょ」
「…どうしてそう思うんだ」
「全て決められているんだよね?だったら…死ぬ時も役目が関係あるかと思って」
「……そうだな。…その時が来たら分かる」
父は何も教えてくれない。口調は優しいし、私のことを気にかけてくれるけど、役目に関しては何も言ってくれない。

父は私をじっと見つめて言った。
「……婚約者が正式に決定した」
「え…」
「深町 邦彦という、中々位の高い名家の息子だ。深町君はこれから1年間麻生家に通って役割について学んでいく。………おきてを破ればどうなるのかもな」
「……」
「お前は婚儀までは顔を合わせず今まで通りに暮らしなさい」
「……はい」

もうすぐ、楽しい時間はなくなる。
もう二度と笑えなくなる。……そんな気がした。
しおりを挟む

処理中です...