勿忘草 ~人形の涙~

夢華彩音

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第九章 麻生明梨

~婚儀2~

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翌日、裕がやってきた。

「少し….大人になったな」
「本当?」
「容姿だけだが」
「ひどいっ」
私がふてくされていると、裕は楽しそうに笑った。
裕だって何も変わらない。
私はほっとした。
家庭も、家来も、村の人々も『儀』が近づくにつれ変わっていく中で彼だけは普段と同じでいてくれていることが嬉しかった。

「ねぇ。深町邦彦さんって知ってる?」
ふと思い出した自分の婚約者の名を口にすると、裕は驚いて私を見た。
「…知ってるけど……」
「どんな人?優しい?」
「なんであいつのことが気になるんだよ」
「……婚約者だから。昨日知ったの。お父様に言われて…」
「正式に決まったんだな」
「うん。……ねぇ、その人はどんな人?」
「優しい。とは思うけど、信用はしてないな。村のおきてを重んじる奴だから」
「やっぱり…」

深町さんも“こちら側”であってほしいと少し思っていた。裕のような人が他にもいるはずがないことくらい分かっていたのに。

「あいつは、胡散臭い奴だよ。おきてが一番なんだ。それ以外興味ない。高校に上がるまでは仲が良かったんだが、俺があからさまに村を嫌うようになるとあいつは態度を変えた。面倒なやつだよな」
「そっか……友達だったんだ」
「一応な。…それより、お前はそれでいいのか」
「え?」
思いがけない問に驚いた。

「好きでもない奴と結婚するんだぞ?」
「あぁ。…まぁ嫌だけど、両親が一緒にいるとこあまり見なかったし。嫌なのはお互い様でしょ。会ったこともないんだから…
だから、大したことないよ」
「大したことないって……お前な」
「じゃあ、私が望んだら裕がなってくれるの?」
「は?……今、何て…」
「それも違うでしょ。裕の望みは自由になることだもんね。だからさ、両方が幸せになる道なんかないんだよ。
第一、結婚することが私の望みじゃないからね」

裕は何も言わなかった。

「きっとさいごには死ぬんだよ、私。
それすらも役目の一つなんだと思う。そう考えると、結婚の相手なんかどうだっていい」
「自由になりたいって言ってたのはどうしたんだよ」
「なりたいよ。今でもその気持ちは変わらない。でも……逃げることはできない。無理だから」

私は無理やり笑顔を作った。
大人になってわかった。
私が何を望んでも叶いはしないということ。
何かを守りたければ、何かを捨てなきゃならない。
両方が叶う選択なんて存在しない。




-第九章 完-
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