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プロローグ
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鳥のさえずりが、意識の外でうっすらと聞こえる。宙に浮いているような全身の淡い感覚。開くことを拒んでいる瞼を、無理矢理持ち上げた。鉛のように重い体。やっとの思いで、ベッドから引き離した。
カーテンの隙間から、太陽光が細く射し込む。机の上に置かれた時計は、朝の7時を知らせていた。昨日は、いつ寝てしまったのだろう。寝起きの頭では何も思い出せない。
もしかしたら、サークルで飲み会でも行ったかな。昨夜の記憶が無いなんて、今まで酔い潰れた時だけだ。何かやらかしていないと良いが。
一先ず、朝ご飯を食べに行こう。空腹は感じないが、それでも朝は胃に食べ物を詰め込むのが習慣だ。朝に何も食べないと、昼前に非常に苦しむことを学んでいる。
リビングに向かおうとして、部屋のドアに手を伸ばした。だけど、ドアノブが掴めない。というより一瞬、僕の手がドアノブにめり込んだ、ような……。
僕、まだ寝ぼけているんだな。目頭を押さえて数秒、再びドアノブに手を伸ばした。しかしやはり、掴めない。それどころか、また手がめり込んだように見えた。
うん、寝ぼけているらしい。きっとドアノブは幻で、実はこのドア、押せば開くんじゃないか? 約2年住んでいるが、まぁ一度くらい勘違いもするだろう。
恐る恐る、ドアに手の平を当てる。そして一気に奥に押した。瞬間、キャッ、と女性のような悲鳴を上げて手を引っ込めてしまった。
僕は今、ここにドアがある、なんて勘違いまで、してしまっているのだろうか。ドアを押した筈の手は確実に、ドアの向こう側へ行った。ドアを通り抜けた。もういい加減、意識ははっきりしていると思っているんだけれど。
今度は逆の手で、ドアを押す。次こそはドアが開いてくれ、なんて謎の祈りは届かず、その手は何の抵抗もなく、ドアの向こう側に消えた。間違いなく、通り抜けている。
突然ヤケになった僕は、勢いに任せて部屋を飛び出し、外に出た。当然、途中のドアだとか壁だとか、全部通り抜けた。
朝の新鮮な空気。弱々しい風が木々を揺らしていた。時間が時間だけに車通りは少ないが、犬の散歩やジョギングをしている人が、ちらほら視界に入る。
「おはようございます……!」
丁度、隣を通り過ぎようとした人に挨拶を投げる。いつも通り愛想良く。しかし、ただパジャマ姿の青年ってだけな筈なのに、見向きもされなかった。
嘘でしょ、という呟きが漏れそうになって飲み込んだ。初めて見かけた人だし、人見知りだったのかもしれない。突然話しかけられたら、結構驚くものだし。
「あ、おはようございます!」
続いて、散歩をしているお婆さんに挨拶をした。今度こそ和かに返事を貰えるだろう。……と思っていたが、そのお婆さんも同様に、見向きもしてくれなかった。一生懸命な足取りで、真っ直ぐ道を歩いていく。
あぁ、健康なお婆さんだ。
じゃなくて。
「僕、今、どうなってるの……?」
両手の平を見つめる。よくよく見たら、手の平に道路が写っていた。……いや、写っている、というより、これは自分の手が、透けている。
――あぁ、お母さん、お父さん。つまりは僕、透明になってしまったようです……。
カーテンの隙間から、太陽光が細く射し込む。机の上に置かれた時計は、朝の7時を知らせていた。昨日は、いつ寝てしまったのだろう。寝起きの頭では何も思い出せない。
もしかしたら、サークルで飲み会でも行ったかな。昨夜の記憶が無いなんて、今まで酔い潰れた時だけだ。何かやらかしていないと良いが。
一先ず、朝ご飯を食べに行こう。空腹は感じないが、それでも朝は胃に食べ物を詰め込むのが習慣だ。朝に何も食べないと、昼前に非常に苦しむことを学んでいる。
リビングに向かおうとして、部屋のドアに手を伸ばした。だけど、ドアノブが掴めない。というより一瞬、僕の手がドアノブにめり込んだ、ような……。
僕、まだ寝ぼけているんだな。目頭を押さえて数秒、再びドアノブに手を伸ばした。しかしやはり、掴めない。それどころか、また手がめり込んだように見えた。
うん、寝ぼけているらしい。きっとドアノブは幻で、実はこのドア、押せば開くんじゃないか? 約2年住んでいるが、まぁ一度くらい勘違いもするだろう。
恐る恐る、ドアに手の平を当てる。そして一気に奥に押した。瞬間、キャッ、と女性のような悲鳴を上げて手を引っ込めてしまった。
僕は今、ここにドアがある、なんて勘違いまで、してしまっているのだろうか。ドアを押した筈の手は確実に、ドアの向こう側へ行った。ドアを通り抜けた。もういい加減、意識ははっきりしていると思っているんだけれど。
今度は逆の手で、ドアを押す。次こそはドアが開いてくれ、なんて謎の祈りは届かず、その手は何の抵抗もなく、ドアの向こう側に消えた。間違いなく、通り抜けている。
突然ヤケになった僕は、勢いに任せて部屋を飛び出し、外に出た。当然、途中のドアだとか壁だとか、全部通り抜けた。
朝の新鮮な空気。弱々しい風が木々を揺らしていた。時間が時間だけに車通りは少ないが、犬の散歩やジョギングをしている人が、ちらほら視界に入る。
「おはようございます……!」
丁度、隣を通り過ぎようとした人に挨拶を投げる。いつも通り愛想良く。しかし、ただパジャマ姿の青年ってだけな筈なのに、見向きもされなかった。
嘘でしょ、という呟きが漏れそうになって飲み込んだ。初めて見かけた人だし、人見知りだったのかもしれない。突然話しかけられたら、結構驚くものだし。
「あ、おはようございます!」
続いて、散歩をしているお婆さんに挨拶をした。今度こそ和かに返事を貰えるだろう。……と思っていたが、そのお婆さんも同様に、見向きもしてくれなかった。一生懸命な足取りで、真っ直ぐ道を歩いていく。
あぁ、健康なお婆さんだ。
じゃなくて。
「僕、今、どうなってるの……?」
両手の平を見つめる。よくよく見たら、手の平に道路が写っていた。……いや、写っている、というより、これは自分の手が、透けている。
――あぁ、お母さん、お父さん。つまりは僕、透明になってしまったようです……。
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