透明人間になった僕と君と彼女と

夏川 流美

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1、幽霊歴8年の君

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 いわゆる、透明人間、になってしまったらしい僕。こんなエロ漫画を、中学の頃母親に見つかって家出を企てた記憶がある。それ以来、エロ漫画に恐怖を持ち出したような。いや違う、今はエロ漫画だとか至極どうでも良い。
 どうする、これから。そもそも何故こんなことになってしまったのかというと、思い出せない。
 怪しい奴に怪しい薬でも飲まされたのかもしれないし、通り魔に殺されたのかもしれないし、はたまた交通事故に遭ったのかもしれない。だけど本当の理由が何かは、さっぱり分からなかった。

 死んでしまっているとしたらどうしようか。親孝行なんて一切できなかった。それにまだ、この前成人を迎えたばかりなのに。きっと焦っても仕方ない。だけど胸の奥がざわざわとして、落ち着かない。
 道行く人々が僕を無視していく。存在を認知されなくなることが、ここまで悲しくて苦しいことだとは思いもしなかった。僕はここにいるよ、なんて悲劇のヒロインのように呟いてみても、虚しく言葉が落ちるだけ。

 ふらふらと街中を歩いていく。陽は眩しく、僕の影を決して作らずに建物を照らす。後ろから物凄いスピードで来た車に、反応し切れず引かれてしまった。だが案の定、体は難なく車を通り抜け、運転手は速度を緩めることなく、真っ直ぐに消えていった。
 死んでいるのかな。やっぱり、というか、死んでいるんだろう。完全な透明人間だ。原因は思い出せないまでも、認めざるを得ない。
 勘弁してくれよ、僕が何をしたっていうんだ。死ぬなら死ぬで、どうしてこんな状況になんか、ならなきゃいけなかったんだろう。何も変わらない街の中、独りぼっちで死後も生きるしかないなんて最悪だ。

 無性に高い所に行きたくて、近場の高校まで少し歩いた。目覚めてからどれだけの時間が経ったのかは知らないが、制服を着て登校している生徒は割と多かった。
 勿論、誰に咎められることもなく校内には入れる。が、微妙な罪悪感が足を踏み止まらせた。これって不法侵入になるわけだし、などという真面目さは、何の意味も無いと自覚はある。それでも、非常用の階段を使って屋上まで上がった。

 明らかに重そうなドアを通り抜けるのには、無駄に勇気がいった。そしてドアを通り抜けた先に広がる晴天。良い天気だ。これで僕が死んでいなければ最高の空だった。
 暗い気持ちが軽く思えるような開放感がある。眼前に広がる空が、悩みを吸い込んでくれたような気がした。
 ふと、そんな僕の視界を遮ってきた物があった。物、というより、人。僕と同じくらいの女性が目の前に立って、思わず引くくらい楽しそうに両手を振っている。一歩、後退りをしてしまった。
 もしかして僕の後ろに誰かいるのかと思って振り向くが、誰もいない。もう一度その女性を見ると、今度は今にも泣きそうになっていた。

「ね、ねぇ、もしかして貴方は私のこと、見えてるの……?」

 震えた声で問いかける女性。僕の後ろには誰もいない。問いかけられてるのは、僕に違いなかった。

「見え、ているけど……逆に君は、僕が見えているの……?」

 質問を返した瞬間、簡単に折れてしまいそうな細い首を全力で動かし、何度も強く頷かれた。どうやら僕のことが見えるらしい。そして彼女の質問からしてきっと、同じ状況な気がする。
 女性らしいふんわりとしたワンピースに、明るい髪色と異様に白い肌。いかにもモテそうな格好の女性で、先程の満面の笑みにはドキッとさせられた。

「私、すず! お散歩と人間観察が大好きな、永遠の18歳ですっ。貴方は?」
「僕は山下 青葉やました あおば。20歳です」

 死後も年齢が適応されるのか曖昧ではあるが、死んだばかりだから問題無いだろう。女子らしい甲高い声の鈴は、心底嬉しそうに自己紹介をしてくれた。
 まぁ間違いなく鈴は幽霊だ。僕と一緒で、透明人間。まさか仲間がいたなんて、と感無量である。

「空が近いから此処によくいるの。8年も独りで彷徨っていたけれど、此処から離れたことはあんまりないなぁ」
「8年も!? 失礼かもしれないけれど、死因って分かるの……?」
「それはとっくに忘れちゃった! 今は自分の名前すら、合ってるか分からないよ」

 屋上の隅に座って、空を見上げながら話をする。幽霊歴8年の鈴と、幽霊歴1日目の僕では、いろいろ教えてもらうことがありそうだ。
 鈴は、死因が分かっていたことには分かっていたらしい。だが名字も忘れて、今生前のことは殆ど記憶に無いとか。僕は死因も生前の記憶もはっきりとしていなかった。鈴の言う通りなら、僕もこのまま何もかも忘れてしまうのだろう。

「……大丈夫? なんか、泣きそうだよ」

 感情が顔に出ていたらしい。泣きそうだなんて大袈裟だな、って言って無理やり笑顔を見せる。
 友達のこと、今通っている大学のこと、小学生、中学生、高校生のこと。正直なところ、僕は何も覚えていなかった。死因だけじゃない。元々無かったように、ぽっかりと穴が空いたように、記憶が少ない。唯一ちゃんと覚えているのは、家族の記憶。死後1日目にして、数え切れない多くの記憶を失っている、不安と罪悪感が心に押し寄せていた。

「ねぇ、これから遊びに行こうよ! じっとしててもほら、つまんないし!」

 手をぎゅっと掴まれて、強制的に立たされる。容赦ない鈴の動きに苦笑いしながらも、今はその心遣いが嬉しい。幽霊同士なら触れられるんだと、ついでに気付かされた。
 
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