2 / 8
1、幽霊歴8年の君
しおりを挟む
いわゆる、透明人間、になってしまったらしい僕。こんなエロ漫画を、中学の頃母親に見つかって家出を企てた記憶がある。それ以来、エロ漫画に恐怖を持ち出したような。いや違う、今はエロ漫画だとか至極どうでも良い。
どうする、これから。そもそも何故こんなことになってしまったのかというと、思い出せない。
怪しい奴に怪しい薬でも飲まされたのかもしれないし、通り魔に殺されたのかもしれないし、はたまた交通事故に遭ったのかもしれない。だけど本当の理由が何かは、さっぱり分からなかった。
死んでしまっているとしたらどうしようか。親孝行なんて一切できなかった。それにまだ、この前成人を迎えたばかりなのに。きっと焦っても仕方ない。だけど胸の奥がざわざわとして、落ち着かない。
道行く人々が僕を無視していく。存在を認知されなくなることが、ここまで悲しくて苦しいことだとは思いもしなかった。僕はここにいるよ、なんて悲劇のヒロインのように呟いてみても、虚しく言葉が落ちるだけ。
ふらふらと街中を歩いていく。陽は眩しく、僕の影を決して作らずに建物を照らす。後ろから物凄いスピードで来た車に、反応し切れず引かれてしまった。だが案の定、体は難なく車を通り抜け、運転手は速度を緩めることなく、真っ直ぐに消えていった。
死んでいるのかな。やっぱり、というか、死んでいるんだろう。完全な透明人間だ。原因は思い出せないまでも、認めざるを得ない。
勘弁してくれよ、僕が何をしたっていうんだ。死ぬなら死ぬで、どうしてこんな状況になんか、ならなきゃいけなかったんだろう。何も変わらない街の中、独りぼっちで死後も生きるしかないなんて最悪だ。
無性に高い所に行きたくて、近場の高校まで少し歩いた。目覚めてからどれだけの時間が経ったのかは知らないが、制服を着て登校している生徒は割と多かった。
勿論、誰に咎められることもなく校内には入れる。が、微妙な罪悪感が足を踏み止まらせた。これって不法侵入になるわけだし、などという真面目さは、何の意味も無いと自覚はある。それでも、非常用の階段を使って屋上まで上がった。
明らかに重そうなドアを通り抜けるのには、無駄に勇気がいった。そしてドアを通り抜けた先に広がる晴天。良い天気だ。これで僕が死んでいなければ最高の空だった。
暗い気持ちが軽く思えるような開放感がある。眼前に広がる空が、悩みを吸い込んでくれたような気がした。
ふと、そんな僕の視界を遮ってきた物があった。物、というより、人。僕と同じくらいの女性が目の前に立って、思わず引くくらい楽しそうに両手を振っている。一歩、後退りをしてしまった。
もしかして僕の後ろに誰かいるのかと思って振り向くが、誰もいない。もう一度その女性を見ると、今度は今にも泣きそうになっていた。
「ね、ねぇ、もしかして貴方は私のこと、見えてるの……?」
震えた声で問いかける女性。僕の後ろには誰もいない。問いかけられてるのは、僕に違いなかった。
「見え、ているけど……逆に君は、僕が見えているの……?」
質問を返した瞬間、簡単に折れてしまいそうな細い首を全力で動かし、何度も強く頷かれた。どうやら僕のことが見えるらしい。そして彼女の質問からしてきっと、同じ状況な気がする。
女性らしいふんわりとしたワンピースに、明るい髪色と異様に白い肌。いかにもモテそうな格好の女性で、先程の満面の笑みにはドキッとさせられた。
「私、鈴! お散歩と人間観察が大好きな、永遠の18歳ですっ。貴方は?」
「僕は山下 青葉。20歳です」
死後も年齢が適応されるのか曖昧ではあるが、死んだばかりだから問題無いだろう。女子らしい甲高い声の鈴は、心底嬉しそうに自己紹介をしてくれた。
まぁ間違いなく鈴は幽霊だ。僕と一緒で、透明人間。まさか仲間がいたなんて、と感無量である。
「空が近いから此処によくいるの。8年も独りで彷徨っていたけれど、此処から離れたことはあんまりないなぁ」
「8年も!? 失礼かもしれないけれど、死因って分かるの……?」
「それはとっくに忘れちゃった! 今は自分の名前すら、合ってるか分からないよ」
屋上の隅に座って、空を見上げながら話をする。幽霊歴8年の鈴と、幽霊歴1日目の僕では、いろいろ教えてもらうことがありそうだ。
鈴は、死因が分かっていたことには分かっていたらしい。だが名字も忘れて、今生前のことは殆ど記憶に無いとか。僕は死因も生前の記憶もはっきりとしていなかった。鈴の言う通りなら、僕もこのまま何もかも忘れてしまうのだろう。
「……大丈夫? なんか、泣きそうだよ」
感情が顔に出ていたらしい。泣きそうだなんて大袈裟だな、って言って無理やり笑顔を見せる。
友達のこと、今通っている大学のこと、小学生、中学生、高校生のこと。正直なところ、僕は何も覚えていなかった。死因だけじゃない。元々無かったように、ぽっかりと穴が空いたように、記憶が少ない。唯一ちゃんと覚えているのは、家族の記憶。死後1日目にして、数え切れない多くの記憶を失っている、不安と罪悪感が心に押し寄せていた。
「ねぇ、これから遊びに行こうよ! じっとしててもほら、つまんないし!」
手をぎゅっと掴まれて、強制的に立たされる。容赦ない鈴の動きに苦笑いしながらも、今はその心遣いが嬉しい。幽霊同士なら触れられるんだと、ついでに気付かされた。
どうする、これから。そもそも何故こんなことになってしまったのかというと、思い出せない。
怪しい奴に怪しい薬でも飲まされたのかもしれないし、通り魔に殺されたのかもしれないし、はたまた交通事故に遭ったのかもしれない。だけど本当の理由が何かは、さっぱり分からなかった。
死んでしまっているとしたらどうしようか。親孝行なんて一切できなかった。それにまだ、この前成人を迎えたばかりなのに。きっと焦っても仕方ない。だけど胸の奥がざわざわとして、落ち着かない。
道行く人々が僕を無視していく。存在を認知されなくなることが、ここまで悲しくて苦しいことだとは思いもしなかった。僕はここにいるよ、なんて悲劇のヒロインのように呟いてみても、虚しく言葉が落ちるだけ。
ふらふらと街中を歩いていく。陽は眩しく、僕の影を決して作らずに建物を照らす。後ろから物凄いスピードで来た車に、反応し切れず引かれてしまった。だが案の定、体は難なく車を通り抜け、運転手は速度を緩めることなく、真っ直ぐに消えていった。
死んでいるのかな。やっぱり、というか、死んでいるんだろう。完全な透明人間だ。原因は思い出せないまでも、認めざるを得ない。
勘弁してくれよ、僕が何をしたっていうんだ。死ぬなら死ぬで、どうしてこんな状況になんか、ならなきゃいけなかったんだろう。何も変わらない街の中、独りぼっちで死後も生きるしかないなんて最悪だ。
無性に高い所に行きたくて、近場の高校まで少し歩いた。目覚めてからどれだけの時間が経ったのかは知らないが、制服を着て登校している生徒は割と多かった。
勿論、誰に咎められることもなく校内には入れる。が、微妙な罪悪感が足を踏み止まらせた。これって不法侵入になるわけだし、などという真面目さは、何の意味も無いと自覚はある。それでも、非常用の階段を使って屋上まで上がった。
明らかに重そうなドアを通り抜けるのには、無駄に勇気がいった。そしてドアを通り抜けた先に広がる晴天。良い天気だ。これで僕が死んでいなければ最高の空だった。
暗い気持ちが軽く思えるような開放感がある。眼前に広がる空が、悩みを吸い込んでくれたような気がした。
ふと、そんな僕の視界を遮ってきた物があった。物、というより、人。僕と同じくらいの女性が目の前に立って、思わず引くくらい楽しそうに両手を振っている。一歩、後退りをしてしまった。
もしかして僕の後ろに誰かいるのかと思って振り向くが、誰もいない。もう一度その女性を見ると、今度は今にも泣きそうになっていた。
「ね、ねぇ、もしかして貴方は私のこと、見えてるの……?」
震えた声で問いかける女性。僕の後ろには誰もいない。問いかけられてるのは、僕に違いなかった。
「見え、ているけど……逆に君は、僕が見えているの……?」
質問を返した瞬間、簡単に折れてしまいそうな細い首を全力で動かし、何度も強く頷かれた。どうやら僕のことが見えるらしい。そして彼女の質問からしてきっと、同じ状況な気がする。
女性らしいふんわりとしたワンピースに、明るい髪色と異様に白い肌。いかにもモテそうな格好の女性で、先程の満面の笑みにはドキッとさせられた。
「私、鈴! お散歩と人間観察が大好きな、永遠の18歳ですっ。貴方は?」
「僕は山下 青葉。20歳です」
死後も年齢が適応されるのか曖昧ではあるが、死んだばかりだから問題無いだろう。女子らしい甲高い声の鈴は、心底嬉しそうに自己紹介をしてくれた。
まぁ間違いなく鈴は幽霊だ。僕と一緒で、透明人間。まさか仲間がいたなんて、と感無量である。
「空が近いから此処によくいるの。8年も独りで彷徨っていたけれど、此処から離れたことはあんまりないなぁ」
「8年も!? 失礼かもしれないけれど、死因って分かるの……?」
「それはとっくに忘れちゃった! 今は自分の名前すら、合ってるか分からないよ」
屋上の隅に座って、空を見上げながら話をする。幽霊歴8年の鈴と、幽霊歴1日目の僕では、いろいろ教えてもらうことがありそうだ。
鈴は、死因が分かっていたことには分かっていたらしい。だが名字も忘れて、今生前のことは殆ど記憶に無いとか。僕は死因も生前の記憶もはっきりとしていなかった。鈴の言う通りなら、僕もこのまま何もかも忘れてしまうのだろう。
「……大丈夫? なんか、泣きそうだよ」
感情が顔に出ていたらしい。泣きそうだなんて大袈裟だな、って言って無理やり笑顔を見せる。
友達のこと、今通っている大学のこと、小学生、中学生、高校生のこと。正直なところ、僕は何も覚えていなかった。死因だけじゃない。元々無かったように、ぽっかりと穴が空いたように、記憶が少ない。唯一ちゃんと覚えているのは、家族の記憶。死後1日目にして、数え切れない多くの記憶を失っている、不安と罪悪感が心に押し寄せていた。
「ねぇ、これから遊びに行こうよ! じっとしててもほら、つまんないし!」
手をぎゅっと掴まれて、強制的に立たされる。容赦ない鈴の動きに苦笑いしながらも、今はその心遣いが嬉しい。幽霊同士なら触れられるんだと、ついでに気付かされた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる