20 / 40
中編
10 供養の品々(前)
しおりを挟む
出雲の駄菓子屋に到着すると、真太郎はすぐにカウンターにあるノートを開いた。
該当のページを探す。それから、「やっぱり」と彼はつぶやいた。
「何か分かったの?」雄一が飾られたブリキのおもちゃを見ながら聞く。
「やはりこの写真は供養する予定のものでした」
ところで柏木さん。
「ホテルで出会ったからくり人形……なぞなぞを出したって言いましたよね?」
柏木はゆっくりと頷いた。
「三問目の答え……教えてあげましょうか?」
――僕のことが大好きで大好きで仕方がない人は誰だ?
「答えは藤野章子さんです」
真太郎は真面目にそう答えた。柏木はあからさまにハテナを頭の上に描いている。
「それが……答え?」
「はい」
開いたノートを柏木に見せながら、真太郎は言った。そのページには、柏木がホテルで出された三問目のなぞなぞが書かれていたのだ。
「藤野章子さんは一般の大学生で、ある日この駄菓子屋にやってきました。駄菓子を買いにではなく、あるものを預かってくれと」
それは手紙だった。差出人不明の手紙。だが、彼女には心当たりがあったのだ。
「藤野さんはストーカーに遭ってたんです。同じゼミの男子学生……。その男子学生は友達がおらず、世間一般的にあまり目立つような人ではなかった。無口で、はっきり言うと根暗な人だそうです」
俺みたいに、と真太郎は皮肉っぽく言って見たけれど、雄一と柏木にはウケず、すぐに真顔に戻したて説明の続きをした。
ある日、ゼミで集まった際に、藤野恵子はその根暗学生の隣の席に座った。彼女は物事をはっきり言うタイプで、誰とでもフランクに話す性格だった。
「藤野さんは普段と変わりなく、他の人と接するようにその男子学生に話しかけたらしいんです。このゼミってメンドクサイよね。とか、ここってどういう意味? とか」
その日からだった。彼女に差出人不明の手紙が届くようになったのは。ラブレターと言っても良い。言葉を変え、内容はひたすら同じ。
――君って僕のこと好きなんだろ?
置いてけぼりをくらったのは雄一だった。頭をぼりぼりと掻いている。
「でも、それだけじゃその男子学生くんが犯人だなんてわからないじゃないか」
今度は柏木が「確かに」とつぶやいた。手紙はあくまでも差出人不明。だが、真太郎はそんなこともお構いなしに話を続けた。
「藤野さんが手紙を貰い始めてひと月ほど経ってから、その男子学生が自殺したんです。そしてその二日後、またしても手紙が藤野さんのもとに届きました。消印は、その男子学生が自殺した日付け……」
真太郎がノートに視線を戻す。
「その内容がこれです。
藤野さん。僕はがっかりしました。僕という恋人がありながら、どうしてあなたは他の屑男なんかと笑い合ったり、一緒に歩いたりするのですか?
僕は本当に寂しい。でもそれは僕の嫉妬心からではありません。藤野さんが汚れてしまったからです。
僕は見ました。藤野さんが屑男の家に一緒に入っていくところを。
僕は悔しい。どうしてもっと早く藤野さんと出会うことが出来なかったのでしょうか。藤野さんが清いときに会っていれば、僕との恋も上手く成就することができたのに。
だから来世で会いましょう。僕は先に行っています。だからすぐに来てください。
追伸――なぞなぞです。僕のことが好きで好きで仕方がない人は誰でしょうか? 答えはもちろん藤野さんです。愚問でしたね。では、僕は待ってますから。藤野さんも早く来てください。そんなことは無いと思うけれど、僕を見捨てなんかしないでね。藤野さんが来てくれるまで、ずっと見ているからね」
ほとんど息継ぎ無しで、真太郎はノートに記された手紙の内容を読み終えた。プカプカと浮いているだけの生首が、再び「なかま」と繰り返し言い始める。
「藤野さんがこの手紙を持ってきたのは、単に気持ち悪いからという訳ではありませんでした。この手紙が届いてからというものの、彼女はずっと何かの視線を感じて仕方がないと言ってました」
大学からの帰り道。風呂場で髪の毛を洗っているとき。夜中に目が覚めて、暗闇に目が慣れてきたとき――。
藤野章子は得たいの知れない視線に怯えるようになった。後ろを振り返ってはいけない。隙間をじっと見つめてはいけない。そいつとうっかり目があってしまうかもしれないから。
「じゃあ、私がホテルで見たからくり人形は、その手紙の……」
「幽霊ですね」
柏木が言い淀んだ言葉を、真太郎は呆気なく言ってしまった。
「写真も手紙も、昨日供養できるはずだった……。その生首も同じです」
真太郎は生首を指さす。当の生首はというと、「そんなの何も知りませんよ」と白を切るような顔をして、再び「なかま……なかま……」と繰り返し呟き始めた。
「自殺に自殺……この生首もまた、自殺した幽霊なのかい?」
雄一の言葉に真太郎は首を横に振った。否定ではなく、「わからない」からだ。
「過去や生前をわかっている方が稀です。霊が現れるということは何らかの意味や理由がある。でもわからない」
だから供養のできる駄菓子屋へたどり着く。
「先月の末、ある少年が母親と一緒にこの駄菓子屋を尋ねてきました。少年は小学校高学年くらいかな。半袖短パンに野球チームの帽子を被っていました」
生首はプカプカ店内を旋回しながらも、真太郎の声に耳を傾けている様子であった。
「その少年が友達と野球をして遊んでいると、もともと持って来ていたボールを無くしてしまい、みんなでボールを探すことになりました。次第に日も暮れ、遊んでいた時間が探す時間に追い越されていく。友達も一人、また一人と帰って行って、最後にはその少年一人でした」
そして見つけたんです。
「それは汚い野球ボールだった。でも、それでもいい。少年はボールを無くしたことに怒られるのが嫌だったみたいです」
真太郎がノートに書いてある自分のメモを追いながら、その生首について話していく。
少年が見つけた汚いボール。その日から、少年宅では奇妙なことが起こるようになった、いや、見えるようになったのだ。
「ボールを拾ってからその少年の家では、生首を目撃するようになったらしいんです」
はじめは母親が洗濯を畳んでいる最中に、窓の外に浮かぶ生首を。次に父親が仕事からの帰り、車を車庫へと入れる最中にサイドミラーに写るバックライトに照らされた生首を。そして少年が夜中トイレに行く最中に、暗い廊下の向こう側に生首を。
該当のページを探す。それから、「やっぱり」と彼はつぶやいた。
「何か分かったの?」雄一が飾られたブリキのおもちゃを見ながら聞く。
「やはりこの写真は供養する予定のものでした」
ところで柏木さん。
「ホテルで出会ったからくり人形……なぞなぞを出したって言いましたよね?」
柏木はゆっくりと頷いた。
「三問目の答え……教えてあげましょうか?」
――僕のことが大好きで大好きで仕方がない人は誰だ?
「答えは藤野章子さんです」
真太郎は真面目にそう答えた。柏木はあからさまにハテナを頭の上に描いている。
「それが……答え?」
「はい」
開いたノートを柏木に見せながら、真太郎は言った。そのページには、柏木がホテルで出された三問目のなぞなぞが書かれていたのだ。
「藤野章子さんは一般の大学生で、ある日この駄菓子屋にやってきました。駄菓子を買いにではなく、あるものを預かってくれと」
それは手紙だった。差出人不明の手紙。だが、彼女には心当たりがあったのだ。
「藤野さんはストーカーに遭ってたんです。同じゼミの男子学生……。その男子学生は友達がおらず、世間一般的にあまり目立つような人ではなかった。無口で、はっきり言うと根暗な人だそうです」
俺みたいに、と真太郎は皮肉っぽく言って見たけれど、雄一と柏木にはウケず、すぐに真顔に戻したて説明の続きをした。
ある日、ゼミで集まった際に、藤野恵子はその根暗学生の隣の席に座った。彼女は物事をはっきり言うタイプで、誰とでもフランクに話す性格だった。
「藤野さんは普段と変わりなく、他の人と接するようにその男子学生に話しかけたらしいんです。このゼミってメンドクサイよね。とか、ここってどういう意味? とか」
その日からだった。彼女に差出人不明の手紙が届くようになったのは。ラブレターと言っても良い。言葉を変え、内容はひたすら同じ。
――君って僕のこと好きなんだろ?
置いてけぼりをくらったのは雄一だった。頭をぼりぼりと掻いている。
「でも、それだけじゃその男子学生くんが犯人だなんてわからないじゃないか」
今度は柏木が「確かに」とつぶやいた。手紙はあくまでも差出人不明。だが、真太郎はそんなこともお構いなしに話を続けた。
「藤野さんが手紙を貰い始めてひと月ほど経ってから、その男子学生が自殺したんです。そしてその二日後、またしても手紙が藤野さんのもとに届きました。消印は、その男子学生が自殺した日付け……」
真太郎がノートに視線を戻す。
「その内容がこれです。
藤野さん。僕はがっかりしました。僕という恋人がありながら、どうしてあなたは他の屑男なんかと笑い合ったり、一緒に歩いたりするのですか?
僕は本当に寂しい。でもそれは僕の嫉妬心からではありません。藤野さんが汚れてしまったからです。
僕は見ました。藤野さんが屑男の家に一緒に入っていくところを。
僕は悔しい。どうしてもっと早く藤野さんと出会うことが出来なかったのでしょうか。藤野さんが清いときに会っていれば、僕との恋も上手く成就することができたのに。
だから来世で会いましょう。僕は先に行っています。だからすぐに来てください。
追伸――なぞなぞです。僕のことが好きで好きで仕方がない人は誰でしょうか? 答えはもちろん藤野さんです。愚問でしたね。では、僕は待ってますから。藤野さんも早く来てください。そんなことは無いと思うけれど、僕を見捨てなんかしないでね。藤野さんが来てくれるまで、ずっと見ているからね」
ほとんど息継ぎ無しで、真太郎はノートに記された手紙の内容を読み終えた。プカプカと浮いているだけの生首が、再び「なかま」と繰り返し言い始める。
「藤野さんがこの手紙を持ってきたのは、単に気持ち悪いからという訳ではありませんでした。この手紙が届いてからというものの、彼女はずっと何かの視線を感じて仕方がないと言ってました」
大学からの帰り道。風呂場で髪の毛を洗っているとき。夜中に目が覚めて、暗闇に目が慣れてきたとき――。
藤野章子は得たいの知れない視線に怯えるようになった。後ろを振り返ってはいけない。隙間をじっと見つめてはいけない。そいつとうっかり目があってしまうかもしれないから。
「じゃあ、私がホテルで見たからくり人形は、その手紙の……」
「幽霊ですね」
柏木が言い淀んだ言葉を、真太郎は呆気なく言ってしまった。
「写真も手紙も、昨日供養できるはずだった……。その生首も同じです」
真太郎は生首を指さす。当の生首はというと、「そんなの何も知りませんよ」と白を切るような顔をして、再び「なかま……なかま……」と繰り返し呟き始めた。
「自殺に自殺……この生首もまた、自殺した幽霊なのかい?」
雄一の言葉に真太郎は首を横に振った。否定ではなく、「わからない」からだ。
「過去や生前をわかっている方が稀です。霊が現れるということは何らかの意味や理由がある。でもわからない」
だから供養のできる駄菓子屋へたどり着く。
「先月の末、ある少年が母親と一緒にこの駄菓子屋を尋ねてきました。少年は小学校高学年くらいかな。半袖短パンに野球チームの帽子を被っていました」
生首はプカプカ店内を旋回しながらも、真太郎の声に耳を傾けている様子であった。
「その少年が友達と野球をして遊んでいると、もともと持って来ていたボールを無くしてしまい、みんなでボールを探すことになりました。次第に日も暮れ、遊んでいた時間が探す時間に追い越されていく。友達も一人、また一人と帰って行って、最後にはその少年一人でした」
そして見つけたんです。
「それは汚い野球ボールだった。でも、それでもいい。少年はボールを無くしたことに怒られるのが嫌だったみたいです」
真太郎がノートに書いてある自分のメモを追いながら、その生首について話していく。
少年が見つけた汚いボール。その日から、少年宅では奇妙なことが起こるようになった、いや、見えるようになったのだ。
「ボールを拾ってからその少年の家では、生首を目撃するようになったらしいんです」
はじめは母親が洗濯を畳んでいる最中に、窓の外に浮かぶ生首を。次に父親が仕事からの帰り、車を車庫へと入れる最中にサイドミラーに写るバックライトに照らされた生首を。そして少年が夜中トイレに行く最中に、暗い廊下の向こう側に生首を。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君との空へ【BL要素あり・短編おまけ完結】
Motoki
ホラー
一年前に親友を亡くした高橋彬は、体育の授業中、その親友と同じ癖をもつ相沢隆哉という生徒の存在を知る。その日から隆哉に付きまとわれるようになった彬は、「親友が待っている」という言葉と共に、親友の命を奪った事故現場へと連れて行かれる。そこで彬が見たものは、あの事故の時と同じ、血に塗れた親友・時任俊介の姿だった――。
※ホラー要素は少し薄めかも。BL要素ありです。人が死ぬ場面が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる