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中編
9 運命
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雄一は生きていた。
理由は分からないけれど、傷がすっかり治っていて、痛みもないようだ。慌てて駆けつけたのに、死んだふりなんかしてやがった。
「でも、どうして?」
「さあね。意識がなくなってきて、自分でもこれはもうだめだと思ったんだけれど」
雄一は服を捲って右肩をみんなに見せたが、そこにあるはずの傷はなく、跡さえもなかった。服には血が着いてるし、穴も開いている。老婆に襲われた証拠だけはしっかりと残っていた。
「ところで。それは何?」
気になっていたんだけど、と彼は真太郎の後ろで浮かぶ生首を指して言った。
ただ浮いているだけで、何もしないし、何も言わない。真太郎が柏木と出会ったときに「なかま」と言っただけ。
「ただついてくるだけなんです。強いて言えばちょっと邪魔なくらい」
現在、厨房には雄一と真太郎と柏木紳士、そして一体の生首がいる。老婆が来ないのは、真太郎の作戦が見事成功したからなのだろうか。
真太郎は、初めてこの世界についてゆっくりと考える時間が出来た。
三人と一体は広い厨房で小さく輪を作り、現状報告会を始める。真太郎は供養式の会場で雄一と共に目が覚めてから老婆に襲われるまでのこと。合流した柏木も、ホテルで目が覚め、からくり人形のこと、そして首吊りを見たことを簡単に説明してくれた。
「となると、あの血の塊は君がつくったのか?」
「はい。でも、そのあとの足跡はわかりません。もしかしたらあの婆さんの足跡かもしれない……」
「なら、僕たちを襲った老婆が、柏木さんの向かった206号室に居なかったのは、どうしてだろうか」
「わかりません。ただ、その206号室でこのようなものを拾ったのだが……」
ベビーベッドに置かれていた一枚の写真。そこには、男の顔だけが写っていた。
「商店街でも、この男の顔をあちらこちらで見たんだ。なんだか悲しそうな顔をして、こっちに助けを求めているような気がして仕方がないん」
うーん。
雄一が写真を受け取り、「確かに」と一言こぼした。三人の輪に入りたそうに浮遊する生首は「なかま……なかま……」と再び言い始める。しかし、真太郎が「うるさいな」とにらみつけると、すぐに口を閉ざした。
真太郎はその写真を見て内心驚きつつも、何かを掴んだ気がしていた。どうしてその写真がここにあるのか、と。
再び生首の方を見る。口を閉ざした生首は、怒られて元気をなくしているようであった。
真太郎がゆっくりと2人の方に視線を戻す。
「その写真なら知っています」
真太郎はこの写真に見覚えがあった。ひと月ほど前、ある老夫婦がこの写真を駄菓子屋に持ってきたのだ。そして、それは昨日の供養式で供養される予定だった内の一つでもあった。
「その写真に写っている男の人は、半年前に自殺をしたんです」
柏木は、首を吊っていた男の姿を思い出した。鳥肌が立つ光景。苦悶に歪んだその顔は、死の苦しみのためなのか。それとも自殺に追いやった原因によるものなのか。
「男は結婚していました。子供も生まれ、安い給料でも幸せそうだったらしいです」
でも、ある日――。
「車での通勤中に、男は事故を起こしたんです」
通勤中の男は、信号を無視して飛び出してきた歩行者を運悪く撥ねてしまったのだ。
雄一と柏木は顔を合わせた。驚き、可哀想な顔をしているのは自分だけではないよな、と。
「撥ねられた歩行者は死亡。幸いにも目撃者は居ましたし、遺書も見つかりました。実刑は免れたのですが、男は会社も首になり、そして自殺した……」
人を殺した、というレッテルは貼れたままだったんですよ――。
隣に座る柏木は、なぜか拳を握りしめていた。ぎゅっと強く、何かに怒ってるみたいに。
「運命だよ」
雄一が漏らしたその一言に、柏木はドキリと顔を上げる。まるで自分の心を見透かされていたのではと驚いた顔をしていた。しかし、雄一は、ただ何もない床をじっと見つめている。
「一人じゃ運命なんて変えられない」
柏木が雄一をきっと睨みつける。
はっきりとした怒り。もしかしたら、彼には呑気に聞こえてしまったのかもしれない。
真太郎はそんな2人を眺めながら、ゴホン、と咳払いをひとつした。
「それでなんですが……」
争っていても仕方がないでしょう、と。柏木は雄一から目線をそらす。握りこぶしもほどかれていた。雄一の方は相変わらず、呑気な顔をしているけれども。
「ちょっと確認したいことがあるんです」
今度は他の二人にもわかりやすいくらい、大袈裟に生首の方を見た。真太郎につられて柏木と雄一も生首を見る。
「昨日……もしかしたらもっと前かもしれないけれど、その男の写真は供養式で供養する予定でした」
供養品は他にもある。中には大西が持ってきた掛け軸や、この写真。そして、生首が浮かび上がるとい野球ボールさえも。
もしかしたらあの老婆も、柏木さんの言っていたからくり人形も……。
「店に戻ってみても良いですか?」
真太郎の提案に、二人はすぐに賛成してくれた。
出雲の駄菓子屋日誌。カウンターにあるあの日誌読めば、写真や生首の詳細がわかる。
そうなれば、もしかしたらこの世界のことも何か掴めるのかもしれない。
そして、3人と1体は、出雲の駄菓子屋を目指して宿を出た。空の黒い穴はさらに広がっていて、もうすぐ地平線へ到達しそうな勢いだった。
夜よりも暗い闇。この静かな世界で聞こえるのは、三人の足音と、そしてすこし離れた――三人には聞こえない所で――バタバタと扉や窓の閉まる音だけであった。
理由は分からないけれど、傷がすっかり治っていて、痛みもないようだ。慌てて駆けつけたのに、死んだふりなんかしてやがった。
「でも、どうして?」
「さあね。意識がなくなってきて、自分でもこれはもうだめだと思ったんだけれど」
雄一は服を捲って右肩をみんなに見せたが、そこにあるはずの傷はなく、跡さえもなかった。服には血が着いてるし、穴も開いている。老婆に襲われた証拠だけはしっかりと残っていた。
「ところで。それは何?」
気になっていたんだけど、と彼は真太郎の後ろで浮かぶ生首を指して言った。
ただ浮いているだけで、何もしないし、何も言わない。真太郎が柏木と出会ったときに「なかま」と言っただけ。
「ただついてくるだけなんです。強いて言えばちょっと邪魔なくらい」
現在、厨房には雄一と真太郎と柏木紳士、そして一体の生首がいる。老婆が来ないのは、真太郎の作戦が見事成功したからなのだろうか。
真太郎は、初めてこの世界についてゆっくりと考える時間が出来た。
三人と一体は広い厨房で小さく輪を作り、現状報告会を始める。真太郎は供養式の会場で雄一と共に目が覚めてから老婆に襲われるまでのこと。合流した柏木も、ホテルで目が覚め、からくり人形のこと、そして首吊りを見たことを簡単に説明してくれた。
「となると、あの血の塊は君がつくったのか?」
「はい。でも、そのあとの足跡はわかりません。もしかしたらあの婆さんの足跡かもしれない……」
「なら、僕たちを襲った老婆が、柏木さんの向かった206号室に居なかったのは、どうしてだろうか」
「わかりません。ただ、その206号室でこのようなものを拾ったのだが……」
ベビーベッドに置かれていた一枚の写真。そこには、男の顔だけが写っていた。
「商店街でも、この男の顔をあちらこちらで見たんだ。なんだか悲しそうな顔をして、こっちに助けを求めているような気がして仕方がないん」
うーん。
雄一が写真を受け取り、「確かに」と一言こぼした。三人の輪に入りたそうに浮遊する生首は「なかま……なかま……」と再び言い始める。しかし、真太郎が「うるさいな」とにらみつけると、すぐに口を閉ざした。
真太郎はその写真を見て内心驚きつつも、何かを掴んだ気がしていた。どうしてその写真がここにあるのか、と。
再び生首の方を見る。口を閉ざした生首は、怒られて元気をなくしているようであった。
真太郎がゆっくりと2人の方に視線を戻す。
「その写真なら知っています」
真太郎はこの写真に見覚えがあった。ひと月ほど前、ある老夫婦がこの写真を駄菓子屋に持ってきたのだ。そして、それは昨日の供養式で供養される予定だった内の一つでもあった。
「その写真に写っている男の人は、半年前に自殺をしたんです」
柏木は、首を吊っていた男の姿を思い出した。鳥肌が立つ光景。苦悶に歪んだその顔は、死の苦しみのためなのか。それとも自殺に追いやった原因によるものなのか。
「男は結婚していました。子供も生まれ、安い給料でも幸せそうだったらしいです」
でも、ある日――。
「車での通勤中に、男は事故を起こしたんです」
通勤中の男は、信号を無視して飛び出してきた歩行者を運悪く撥ねてしまったのだ。
雄一と柏木は顔を合わせた。驚き、可哀想な顔をしているのは自分だけではないよな、と。
「撥ねられた歩行者は死亡。幸いにも目撃者は居ましたし、遺書も見つかりました。実刑は免れたのですが、男は会社も首になり、そして自殺した……」
人を殺した、というレッテルは貼れたままだったんですよ――。
隣に座る柏木は、なぜか拳を握りしめていた。ぎゅっと強く、何かに怒ってるみたいに。
「運命だよ」
雄一が漏らしたその一言に、柏木はドキリと顔を上げる。まるで自分の心を見透かされていたのではと驚いた顔をしていた。しかし、雄一は、ただ何もない床をじっと見つめている。
「一人じゃ運命なんて変えられない」
柏木が雄一をきっと睨みつける。
はっきりとした怒り。もしかしたら、彼には呑気に聞こえてしまったのかもしれない。
真太郎はそんな2人を眺めながら、ゴホン、と咳払いをひとつした。
「それでなんですが……」
争っていても仕方がないでしょう、と。柏木は雄一から目線をそらす。握りこぶしもほどかれていた。雄一の方は相変わらず、呑気な顔をしているけれども。
「ちょっと確認したいことがあるんです」
今度は他の二人にもわかりやすいくらい、大袈裟に生首の方を見た。真太郎につられて柏木と雄一も生首を見る。
「昨日……もしかしたらもっと前かもしれないけれど、その男の写真は供養式で供養する予定でした」
供養品は他にもある。中には大西が持ってきた掛け軸や、この写真。そして、生首が浮かび上がるとい野球ボールさえも。
もしかしたらあの老婆も、柏木さんの言っていたからくり人形も……。
「店に戻ってみても良いですか?」
真太郎の提案に、二人はすぐに賛成してくれた。
出雲の駄菓子屋日誌。カウンターにあるあの日誌読めば、写真や生首の詳細がわかる。
そうなれば、もしかしたらこの世界のことも何か掴めるのかもしれない。
そして、3人と1体は、出雲の駄菓子屋を目指して宿を出た。空の黒い穴はさらに広がっていて、もうすぐ地平線へ到達しそうな勢いだった。
夜よりも暗い闇。この静かな世界で聞こえるのは、三人の足音と、そしてすこし離れた――三人には聞こえない所で――バタバタと扉や窓の閉まる音だけであった。
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