出雲の駄菓子屋日誌

にぎた

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後編

11 答え合わせ

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 強い風を背中に感じ、美琴はゆっくりと目を開けた。

 傾く椅子に座らされた彼女の目に飛び込んできたのは、床にひれ伏す父の姿であった。

「お父さん!」

 美琴の呼びかけに父は反応しない。

「ちっ……気が付かれたか」

 体が動かない。見ると両手両足を力強く掴む白い腕が見える。

「何よこれ!?」

 振り向くと、開いた窓。地上は遙か遠く。駐車場に止まった車やトラックが小さく微かに見えるだけ。

「お父さん! どうにかしてよこれ!」
「暴れるなくそ餓鬼が!」

 自分の足元の小さなからくり人形。その怒声に美琴はひるむことなく、父に叫びつづける。

「お父さん! 起きてよお父さん!」




 愛娘の声が聞こえた気がして、意識が微かに甦る。
 美琴だ! ようやく気がついてくれたのか! ああ美琴よ。お前を助けるためには、俺は幽霊でも妖怪にでもなってやろう。

「おい人形! 美琴を開放しろ!」

 しかし、からくり人形は柏木を無視して、椅子を傾けていく。

「お父さん!」

 美琴を乗せた椅子が落ちてしまうまであと僅か。鉄の布団の下敷きになった柏木は、必死にその身をよじり、何とかして脱出を試みていた。

「人形ごときが!」

 体の上に、さらに黒い影たちが覆いかぶさっていく。
 視界が閉じられた。暗闇。その中で柏木は最初にからくり人形と出会った時のことを思い出していた。

 追伸――僕のことが好きで好きで仕方がないのは誰でしょうか?

「藤野章子」

 からくり人形の手が止まる。

「それが、第三問の答えだ……」

 心なしか、鉄の布団が軽くなった気がする。この隙を逃してはなるものか。柏木は出雲の駄菓子屋で真太郎から聞いた話を思い出し、銃弾を込めていく。

「だけどその答えは間違っている! お前は藤野章子に声を掛けられ、てっきり好意だと勘違いしたにすぎない。まったく可哀想な奴だよ」
「……やめろ」

 からくり人形が初めて柏木の言葉に答えた。

「好きで好きでた仕方がない? 可哀想なのはお前じゃない。藤野章子本人だ! 好意のかけらもなく、ただの人柄で隣に座ったお前に声を掛けただけなのに……」
「やめろ!」
「いいや。やめない」

 やめてなるものか。この機会を逃してはならない。

「お前の甚だしい勘違いに、藤野章子が喜んだと思うか? 挙句の果てには何通も手紙なんか送り、やっていることはただのストーカーじゃないか! 彼女はただお前に怯えただけ。好意なんて微塵もありはしない。なのにお前は他の男と歩いているところを見ただけで汚れただの、不純だのとよく言えたものだ」
「だまれ!」
「来世で会おう? そんな高貴な言葉を、お前みたいな小悪党ごときが口に出してよいのだとわからないくらい愚かなのか?」

 ガタン。
 からくり人形が椅子から手を放す。椅子は元の位置に戻ると、美琴の頭が前後に大きく揺れた。

「殺してやる……」
「それは残念だ。私はもう死んでいるんだったよ」

 からくり人形がゆっくりと柏木の方を向いた。

「ならば、しゃべれなくしてやる」

 からくり人形が、ゆっくりと柏木に向かって動き始める。機械仕掛けの両手を前に出すと、拳が落ちて、代わりに刃が現れた。
 小さな仕込み刀だ。剃刀くらいのその刃は当然柏木に向けられている。

「その口……舌ごと抉えぐり取ってやろう」
「お父さん! 逃げて!」

 柏木の上にはまだ影たちの大群がのしかかっている。身動きなど取れはしないのに、からくり人形は二つの切っ先を柏木に向けて近づいてくる。

 さすがの柏木も口が止まる。腕も指も首さえも動かない。二人の距離は数メートル。ホテルの廊下にはカタカタ方と静かな怒りの音しか聞こえなかった。

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