35 / 40
後編
11 答え合わせ
しおりを挟む
強い風を背中に感じ、美琴はゆっくりと目を開けた。
傾く椅子に座らされた彼女の目に飛び込んできたのは、床にひれ伏す父の姿であった。
「お父さん!」
美琴の呼びかけに父は反応しない。
「ちっ……気が付かれたか」
体が動かない。見ると両手両足を力強く掴む白い腕が見える。
「何よこれ!?」
振り向くと、開いた窓。地上は遙か遠く。駐車場に止まった車やトラックが小さく微かに見えるだけ。
「お父さん! どうにかしてよこれ!」
「暴れるなくそ餓鬼が!」
自分の足元の小さなからくり人形。その怒声に美琴はひるむことなく、父に叫びつづける。
「お父さん! 起きてよお父さん!」
◯
愛娘の声が聞こえた気がして、意識が微かに甦る。
美琴だ! ようやく気がついてくれたのか! ああ美琴よ。お前を助けるためには、俺は幽霊でも妖怪にでもなってやろう。
「おい人形! 美琴を開放しろ!」
しかし、からくり人形は柏木を無視して、椅子を傾けていく。
「お父さん!」
美琴を乗せた椅子が落ちてしまうまであと僅か。鉄の布団の下敷きになった柏木は、必死にその身をよじり、何とかして脱出を試みていた。
「人形ごときが!」
体の上に、さらに黒い影たちが覆いかぶさっていく。
視界が閉じられた。暗闇。その中で柏木は最初にからくり人形と出会った時のことを思い出していた。
追伸――僕のことが好きで好きで仕方がないのは誰でしょうか?
「藤野章子」
からくり人形の手が止まる。
「それが、第三問の答えだ……」
心なしか、鉄の布団が軽くなった気がする。この隙を逃してはなるものか。柏木は出雲の駄菓子屋で真太郎から聞いた話を思い出し、銃弾を込めていく。
「だけどその答えは間違っている! お前は藤野章子に声を掛けられ、てっきり好意だと勘違いしたにすぎない。まったく可哀想な奴だよ」
「……やめろ」
からくり人形が初めて柏木の言葉に答えた。
「好きで好きでた仕方がない? 可哀想なのはお前じゃない。藤野章子本人だ! 好意のかけらもなく、ただの人柄で隣に座ったお前に声を掛けただけなのに……」
「やめろ!」
「いいや。やめない」
やめてなるものか。この機会を逃してはならない。
「お前の甚だしい勘違いに、藤野章子が喜んだと思うか? 挙句の果てには何通も手紙なんか送り、やっていることはただのストーカーじゃないか! 彼女はただお前に怯えただけ。好意なんて微塵もありはしない。なのにお前は他の男と歩いているところを見ただけで汚れただの、不純だのとよく言えたものだ」
「だまれ!」
「来世で会おう? そんな高貴な言葉を、お前みたいな小悪党ごときが口に出してよいのだとわからないくらい愚かなのか?」
ガタン。
からくり人形が椅子から手を放す。椅子は元の位置に戻ると、美琴の頭が前後に大きく揺れた。
「殺してやる……」
「それは残念だ。私はもう死んでいるんだったよ」
からくり人形がゆっくりと柏木の方を向いた。
「ならば、しゃべれなくしてやる」
からくり人形が、ゆっくりと柏木に向かって動き始める。機械仕掛けの両手を前に出すと、拳が落ちて、代わりに刃が現れた。
小さな仕込み刀だ。剃刀くらいのその刃は当然柏木に向けられている。
「その口……舌ごと抉えぐり取ってやろう」
「お父さん! 逃げて!」
柏木の上にはまだ影たちの大群がのしかかっている。身動きなど取れはしないのに、からくり人形は二つの切っ先を柏木に向けて近づいてくる。
さすがの柏木も口が止まる。腕も指も首さえも動かない。二人の距離は数メートル。ホテルの廊下にはカタカタ方と静かな怒りの音しか聞こえなかった。
傾く椅子に座らされた彼女の目に飛び込んできたのは、床にひれ伏す父の姿であった。
「お父さん!」
美琴の呼びかけに父は反応しない。
「ちっ……気が付かれたか」
体が動かない。見ると両手両足を力強く掴む白い腕が見える。
「何よこれ!?」
振り向くと、開いた窓。地上は遙か遠く。駐車場に止まった車やトラックが小さく微かに見えるだけ。
「お父さん! どうにかしてよこれ!」
「暴れるなくそ餓鬼が!」
自分の足元の小さなからくり人形。その怒声に美琴はひるむことなく、父に叫びつづける。
「お父さん! 起きてよお父さん!」
◯
愛娘の声が聞こえた気がして、意識が微かに甦る。
美琴だ! ようやく気がついてくれたのか! ああ美琴よ。お前を助けるためには、俺は幽霊でも妖怪にでもなってやろう。
「おい人形! 美琴を開放しろ!」
しかし、からくり人形は柏木を無視して、椅子を傾けていく。
「お父さん!」
美琴を乗せた椅子が落ちてしまうまであと僅か。鉄の布団の下敷きになった柏木は、必死にその身をよじり、何とかして脱出を試みていた。
「人形ごときが!」
体の上に、さらに黒い影たちが覆いかぶさっていく。
視界が閉じられた。暗闇。その中で柏木は最初にからくり人形と出会った時のことを思い出していた。
追伸――僕のことが好きで好きで仕方がないのは誰でしょうか?
「藤野章子」
からくり人形の手が止まる。
「それが、第三問の答えだ……」
心なしか、鉄の布団が軽くなった気がする。この隙を逃してはなるものか。柏木は出雲の駄菓子屋で真太郎から聞いた話を思い出し、銃弾を込めていく。
「だけどその答えは間違っている! お前は藤野章子に声を掛けられ、てっきり好意だと勘違いしたにすぎない。まったく可哀想な奴だよ」
「……やめろ」
からくり人形が初めて柏木の言葉に答えた。
「好きで好きでた仕方がない? 可哀想なのはお前じゃない。藤野章子本人だ! 好意のかけらもなく、ただの人柄で隣に座ったお前に声を掛けただけなのに……」
「やめろ!」
「いいや。やめない」
やめてなるものか。この機会を逃してはならない。
「お前の甚だしい勘違いに、藤野章子が喜んだと思うか? 挙句の果てには何通も手紙なんか送り、やっていることはただのストーカーじゃないか! 彼女はただお前に怯えただけ。好意なんて微塵もありはしない。なのにお前は他の男と歩いているところを見ただけで汚れただの、不純だのとよく言えたものだ」
「だまれ!」
「来世で会おう? そんな高貴な言葉を、お前みたいな小悪党ごときが口に出してよいのだとわからないくらい愚かなのか?」
ガタン。
からくり人形が椅子から手を放す。椅子は元の位置に戻ると、美琴の頭が前後に大きく揺れた。
「殺してやる……」
「それは残念だ。私はもう死んでいるんだったよ」
からくり人形がゆっくりと柏木の方を向いた。
「ならば、しゃべれなくしてやる」
からくり人形が、ゆっくりと柏木に向かって動き始める。機械仕掛けの両手を前に出すと、拳が落ちて、代わりに刃が現れた。
小さな仕込み刀だ。剃刀くらいのその刃は当然柏木に向けられている。
「その口……舌ごと抉えぐり取ってやろう」
「お父さん! 逃げて!」
柏木の上にはまだ影たちの大群がのしかかっている。身動きなど取れはしないのに、からくり人形は二つの切っ先を柏木に向けて近づいてくる。
さすがの柏木も口が止まる。腕も指も首さえも動かない。二人の距離は数メートル。ホテルの廊下にはカタカタ方と静かな怒りの音しか聞こえなかった。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/24:『おおみそか』の章を追加。2025/12/31の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/23:『みこし』の章を追加。2025/12/30の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
君との空へ【BL要素あり・短編おまけ完結】
Motoki
ホラー
一年前に親友を亡くした高橋彬は、体育の授業中、その親友と同じ癖をもつ相沢隆哉という生徒の存在を知る。その日から隆哉に付きまとわれるようになった彬は、「親友が待っている」という言葉と共に、親友の命を奪った事故現場へと連れて行かれる。そこで彬が見たものは、あの事故の時と同じ、血に塗れた親友・時任俊介の姿だった――。
※ホラー要素は少し薄めかも。BL要素ありです。人が死ぬ場面が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる