黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第二章 大都市オルストン

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 夜になって、犯人の少年はようやく目を覚ました。

 きょろきょろと周囲を見渡して、「ここはどこ? 私は誰?」と言わんばかりに頭を傾げる。

「イテテ……」
「やっと起きたのか」

 すぐそばにいたヒカルに声を掛けられて、少年は飛び跳ねるように驚いた。

「誰だ!」
「人の物を勝手に盗んでおいて、こっちが聞きたいよ」

 ほら。とヒカルは少年にグミを少しだけ分けてやる。

 ヒカルよりもずいぶんと年下の幼い少年だ。頬は泥だらけ。くるくるとした髪の毛と、丸い鼻に愛嬌があった。

「おなか空いてるんだろ?」

 まるで野生の小動物のように、少年はヒカルから目を離さないよう警戒しつつ、彼の差し出した食べ物を一気に口に入れた。

 月明かりの落ちる夜の森の中は、昼間とは違って幻想的な青白い光に満たされていた。

 ヒカルが根っこにもたれかかると、舞台のスポットライトのようにして照らされる。これが恋愛物のお芝居で、相手が少年ではなく少女であったら一番の見せどころなのだろう。

「さて」

 ヒカルが立ち上がった。つられて少年も身構える。

「お前は誰だ?」

 ゆっくりと、ヒカルは少年の顔を覗きこんで聞いた。残念ながらこれはお芝居ではない。現実の世界なのだ。

「お前こそ誰だ!」

 シャー、と目尻を尖らせて、今にも噛みついてきそう。分かりやすい威嚇だ。

「俺は大槻ヒカル。この世界を旅してまわってんだ」
「旅……?」

 ヒカルがこくんと頷く。

「黄金竜を探してるんだ」

 その瞬間、少年の目の色が変わった。警戒の眼差しから、驚きと恐れ、それから怒りに満ちた眼差しに。

――もうすぐ来るから。

 そう言ったリオンに似ている。少年の目がリオンと重なった気がした。

「黄金竜だって?」
「そうだよ」
「さ、探して、見つけて何をするのさ!」
「さあね」

 まだ分からないんだ。

「でも、探したい。見つけたいんだよ」

 ヒカルの穏やかな声に偽りはない。少年もそれを感じたのか、丸い鼻を触りながらゆっくりと気持ちが落ち着いてきた。

「バル……です」
「バル、か。バルは、ここで何をしてたの? まさかこんな森の中で、都合よく食料やお金を持った誰かがうたた寝をするのを待ってた訳じゃないよな?」
「森の中?」

 バルがきょとんとした顔を見せた。しらばっくれる気か、とヒカルは徐々に語尾を強めていく。

「そうだよ。こんな誰も居ない森の中でさ」
「僕たち、森の中に居るの!? しかも夜に!」

 バルが突然叫び出す。そして、はっと口を押えた。まるで誰かに聞かれたらまずいかのように。

 最初、この森の近くに人が住んでいる村があるのでは、とヒカルは考えていた。

 バルという少年が、たとえばこの森の中で木の実だとか果物だとかを拾って村に帰る。
 できればその村に案内して欲しいな、と。

 だが、なんだか様子が違う。

 少年はすっかり怯えていた。それも、ヒカルを目の前にした時とは全然レベルが違うくらい。

「夜の森が怖いのか?」

 ヒカルもなるべく小さな声でバルに語りかけたつもりだったけれど、少年はすぐにヒカルの口を押えた。

「静かに! この森にはお化けの蛇が居るんだ」

 パキパキパキ、と森の奥から細枝の折れる音が聞こえてきた。
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