黄金竜のいるセカイ

にぎた

文字の大きさ
21 / 94
第三章 「すべては竜神様の御心に」

しおりを挟む
 夕映えた甲板の上。

 オルストンへ向かう大きな船にヒカルは乗っていた。兵士たちを含めた十数人の乗組員が、同じく甲板の上で波に揺られている。

 木造の船は、まるで海賊船だ。船頭には竜をモチーフにした装飾もあった。

 皆口を閉じ、船の操作の最低限の言葉だけが聞こえた。覚悟を決め、これから戦争の敵地へ向かうかのような顔つきが、夕日に良く映えていた。

 オルストンには最後の説得に行くのだ、と青年は教えてくれた。

 黄金竜の恐ろしさを身に染みた今こそ、説得の好機会らしい。

 これで分かっただろう? 竜神様を討伐するなんて無理なんだよ、と。

 オルストンがそれでも説得に応じなければ、それこそ戦争だ。だからこそ最後の説得。

 彼らは黄金竜を崇拝する、竜保護派の兵士たちであった。

――僕たちだって、好きで戦う訳じゃない。
 そう言った青年の顔が、なかなかヒカルの頭から離れてくれなかった。

 竜討伐派と保護派の争い。ヒカルは自分が想っていたより歴史は複雑であると考えては、船の上でちょっぴり憂鬱になっていた。

 実は黄金の懐中時計を使って、逃げ出してしまおうかとも考えていた。ヒカルはあくまでもバルを助けたいだけ。けれども、そうすると海を渡る手段が無くなってしまう。

 幸い、船はオルストンへ向かう。海上の最短ルートみたいだし、ぜひ、便乗させて貰おう。

 潮風に慣れてきて、ヒカルはうんと伸びをした。その時、甲板の二階のテラスに、銀髪の少女を見つけた。長い髪が潮風に揺れてキラキラと光る。

 牢屋で目覚めた時にいた少女だ。欄干に手をかけて、遠くの水平線を眺めていた。

 リオンと同じ黄色い目をした少女。夕日に照らされた彼女の横顔は、怖いくらいに美しかった。

「彼女の事が気になるの?」

 振り返ると、ヒカルを牢屋から出してくれた青年がすぐ後ろにいた。動く度に、体のどこかしらに着けたアクセサリーがジャラジャラと揺れるのに、全く気がつかなかった。

「あまり深く関わろうとしない方が良いよ」

 これは忠告だよ。
 ポン、と青年がヒカルの肩を叩いた。

「僕の名前はウイン。彼女はカリンダさ」

 ウインと名乗った青年が手を差し出す。握手だ。ヒカルはゆっくりとウインの手を握った。

「ヒカル、です」
「今さら敬語は無しにしようよ」

 相変わらず、ウインは掴み所のない笑みを口許に浮かべている。だからこそ、ヒカルはなかなか警戒心を解くことが出来なかった。

「君のことは隊長にちゃんと言ったよ。僕の兄貴でね。ブリーゲルって言うんだ。ほら、君が目を覚ました時に、カリンダと一緒にいた男だよ」

 銀髪の少女――カリンダの隣にいた大男だ。ヒカルは彼の着ていた黄色い甲冑を思い出した。

「ああ、黄金竜みたいな鎧を着た奴か」
「それ、本人に言ってみな。きっと喜んでくれるよ」

 ウインがクスクスと笑う。

「それと一応、兄貴の前では隊長って呼んであげてくれ。僕も皆の前ではそう呼ぶし、それなりに敬意を払ってるから」
「……ごめん」

 大きな波に揺れて、ヒカルは思わず転びそうになった。カリンダが立っていた二階のデッキにはすでに彼女は居らず、眩しい西日だけが見えた。

「どうして黄金竜を守るの?」

 ヒカルの問いに、ウインの口許が僅かに歪んだ。

「記憶でもなくしちゃったのかい? 君は」

 座んなよ。そう言って、ウインは甲板に腰をおろした。
 ヒカルもゆっくりと隣に座る。それを確認すると、ウインはたっぷりと間をおいてから口を開いた。

「竜神様だって、はじめから僕たちを襲うことはなかったんだ。いや、違うな。僕が生まれた時には、平和の象徴でもあった。かつては世界中の人々が信仰し、祈りを捧げていた。でも――」

 突然、変わってしまったんだ。


「本当か嘘か分からないけれど、オルストンは昔から竜神様を捕獲しようと企んでいたらしい……平和の象徴だった黄金竜をさ」
「黄金竜を? どうして?」

 ウインが意地悪く笑う。

「黄金竜を飼っている家に、泥棒は入りたくないだろう?」

 ヒカルは驚いた。あの黄金竜を捕まえるなんて。無理に決まっている。

「昔、オルストンは戦争をしていた。僕が生まれた頃にはすでに始まっていた国盗り合戦さ。関係ない国の、関係ない争いだとばかり思っていた」

 オルストンはその戦争に黄金竜の力を利用したかったらしい。

――きっと、竜神様は怒ったんだね。私を争いに巻き込むな、って。

「はじめは、海に浮かぶ小さな村だった。海に何かが落ちるのを見た村の漁師たちが船を出したけれど、帰って来た者は一人もいなかった」

 そして、村は壊滅。生き残った村人は「黄金の蛇が海から現れた」と言ったのだとか。

「似たような事が世界中でも起きたんだ。被害にあった人々は皆、口を揃えて黄金竜を見たと言う。世界は混乱さ。僕たちも信じられなかったよ。神様だと信じていた竜神様が、人々を襲い始めたんだから」

 ウインの肩が震えていることに、ヒカルは気がついた。

「何とかしなくてはいけない。それは僕たちも分かってる。そして、最初に武器を取ったのが大都市オルストンさ」

 竜神様を討伐せよ――

「神様に武器を向ける。武力で解決する。大都市らしい考え方に、僕たちは反発した。世界中だってオルストンを避難したよ。でも、被害が多くなるにつれて、オルストンに賛同する国や村が増えていったんだ。連盟となり共和国を設置。皆も認めざるを得なくなってきたんだね。神殺しの罪を背負わなければならないことに」

 夕日はいつの間にか沈んでいて、月明かりが代わりに船上を照らしてくれる。
 夜の波は穏やかだったが、ヒカルの心は複雑だった。

 かつて戦争中だったオルストンが、国盗り合戦に勝つために神様である黄金竜を味方につけようとした。

 そのせいで、オルストンは神の逆鱗に触れたのだ。

 味方になってくれないのなら反逆者だ、と石を投げる。

 罰当たりすぎる行いに、神様は怒って当然だ。オルストンだけじゃ物足りない。このままでは人々を、世界が滅んでしまう。

「だから僕たちは説得にいくのさ。竜神様の怒りをおさめるために謝れ、ってね」

 噂に過ぎないのだけれも、とウインは付け加えたが、ヒカルには届かなかった。

 竜捕獲が真実であれ噂であれ、オルストンが黄金竜に剣先を向けたことに変わりはないのだから。

 そのせいで、罪無き人々の涙が枯れる。
 ヒカルはリオンを思い出した。リオンや、彼女の村人たちこそ無関係な被害者なのだ。

「彼女も戦うの? えっと……カリンダも」

 カリンダもまた、何かしらの役割を背負っているのだろうか。

「言っただろう? 深く関わらない方が良いって。それに戦うわけじゃない。僕たちはあくまでも説得したいだけなんだってね」

 その時、穏やかに進んでいた船が右に大きく傾いた。転ばないように手すりを持ったヒカルとウインの目の前を、コロコロと小さな樽が転がっていく。

「進路変更! 繰り返す進路変更! オルストンより、ジャスパー街道へ向かう! 竜神様がお見えになられるぞ!」

 マストの上から兵士が甲板に向かって叫ぶと、船の上は一気に慌ただしくなった。

「進路変更って、黄金竜がくるの?」
「そうみたいだね。昨日はオルストンで、今度はジャスパーか。竜神様はこのあたりをぶらぶらしてるみたいだね」
「どうして来るのが分かるんだよ?」

 船頭室へ向かっていたウインが振り返る。
 そうだ! カリンダもまた、リオンと同じく黄色い瞳をしていたではないか!

「カリンダのネタばらしだ。彼女は竜神様と通じ合えるんだよ」

 夜空には少しだけ欠けたお月様が、彼女の瞳のように不気味に黄色く輝いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

東京ダンジョン物語

さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。 大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。 ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。 絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。 あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。 やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。 スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。 無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...