黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第三章 「すべては竜神様の御心に」

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 太陽が昇る少し前に、ヒカルたちを乗せた船は岸に到着した。

 そこは、一直線にどこまでも伸びた道だった。

 両脇には雑草が生い茂り、瓦礫や廃墟が点々と埋もれているけれど、土で舗装された道には草の一本も無い。

 それに広い。
 一行が横並びに並んで歩けるくらいだ。ヒカルの職場――「ひかり時計工房」のある町の県道よりも大きい。

 きっと、何千人、何万人もの人々が、この道を行き来したのであろう。今はヒカルたちだけだが、晴天の下ではかつて栄えた街道の賑やかな歴史の風がまだ吹いている。

 誰かが歩くため、何かが通るために用意されたものだ。ヒカルは、この世界に来て初めてまともな道を歩くことが出来た。

「大陸の主要都市を結ぶ道だよ。もちろんオルストンにも続いている」

 歩くヒカルの後ろから、ウインが話しかける。今日もジャラジャラ、と体中に着けたアクセサリーがよく揺れる。歩くとなると当然だろう。

「昔は宿や商店がたくさんあったんだ。大陸を横断する旅人のためにね」

 街道脇の、草に埋もれた廃墟たち。ヒカルは、骨格しか残っていない建物をチラリと見た。

 「きっと賑やかな道だったんだろうね」

 兵士十数人の一行は、少女カリンダと隊長のブリーゲルを先頭に街道を進んでいく。

 青空から鳥の鳴き声が聞こえてきた。静かな歴史的街道には、今や物騒な兵士たちが歩くばかり。

 ヒカルは、最後尾を歩くウインの元へ自然と寄っていった。

「この街道もそうなの? その……黄金竜にさ?」
「竜神様のせいじゃないよ。戦争のせいさ」
「戦争?」
「記憶を無くしたから知らないのかい?」
「そういうことにして」

 仕方がない、とウインは一つ息をついた。

「昨日話しただろ? 竜神様がお怒りになる前から、オルストンは戦争をしていたって」

 オルストンによる国盗り合戦において、ヒカルたちの歩くこのジャスパー街道が一番激しい戦場であった。

 大陸の主要都市を繋げる街道なのだから、制した方が有利に決まっている。

「おかげで世界一賑やかだった場所がこの通りさ。今じゃ何もない風化した歴戦の跡地だ」
「そういえば、その国盗り合戦はどうなったの?」
「面白い話でね。結局オルストンと同盟関係になったよ。対竜神様の共和国軍の完成ってことでね」

 巨大な敵のために手を繋ぎましょうよ、と言う訳だ。

「なるほどね」

 興味がなさそうに返事をするヒカルだが、オルストンという名を聞く度、彼の心に波がたつようになった。

 戦争に勝つため、黄金竜を手中に入れようと企む。神はそれに怒り、主犯者のオルストンだけでなく世界中を巻き込む災厄となった。なのに、自分から仕掛けておいて被害者顔のまま。むしろ世界を守りましょう、と真っ先に武器を手にした。

 正義の味方気取りに腹が立つ。それがヒカルの率直な思いだった。

「嫌な世界だ」

 ポツリ、と呟きながら、ヒカルは目の前にあった小石を蹴飛ばした。

「そう言わないでくれよ。僕らは嫌な世界でも生きなくちゃならないんだからさ」

 ウインが笑いながらヒカルの肩を叩いた。

「そうだよね……ごめん」
「いいよ。それにこの世界だって――」

 ウインの言葉がつまり、笑顔が消えた。

「どうしたの?」
「静かに! 何かが来てる」
「何かって?」

 カサカサカサ、と草むらが揺れる。
 まさか、鱗が来るのだろうか? とヒカルにも緊張が走った。

「いや、もう囲まれているな……。君はそのまま歩いて、何も気がついていない振りをしていてくれ。僕は先頭の兄貴に伝えてくるから」

 ヒカルの返事を待たずして、ウインは前を歩く隊長の元へ駆けていく。その後ろ姿を見つめていると、ヒカルの前を歩く一人の兵士が、突然倒れてしまった。

「何事だ!?」

 ウインに声をかけられる前に、先頭を歩いていた隊長のブリーゲルが立ち止まった。

 倒れた兵士は痙攣しているようで、体をビクビクと震わしている。

「ハミルトンの毒針です!」

 息を切らしながら、ウインはブリーゲルに報告をする。欲を言えば、こちらが気がついたと悟られる前に対処したかった。

 だが、もう遅い。

「囲まれました!」

 街道の両脇、背の高い草むらの影から、細い筒が何本も出てきた。

 挟み撃ちだ。

「走れ!」

 ブリーゲルの掛け声と共に、ヒカルたち一行が走り出す。
 ビュン、ビュン、と針が一斉に草むらから飛び出してきた。

 ヒカルの前を走る兵士が何人も倒れていく。
 まずいな……。このままではいつか自分にも当たってしまう。

「盾を側面に構えよ!」

 草むらに盾を向けながら走る兵士たち。
 先頭で、カリンダの腕を持ちながら走るブリーゲル。その後ろをウインや兵士たち、そしてヒカルが着いていく。

 草むらをチラと横目で見ると、ヒカルたちに並行して走る人陰が、草むらから透けていた。
 何人も、細い筒を持って走る人影だ。草影の中から、一人が筒を口に咥える。

 カチ――。

 風が止み、静寂が訪れた。
 その中で、ヒカルはいそいそと草むらをかき分け、襲ってきた正体を確かめようとする。

「なるほど。吹き矢の原理ね」

 草むらには両側合わせて一〇人の男が隠れた。皆、木で出来た細い筒を持っていて、頬を膨らませた一人がそれを加えている。

 およそ、毒針が勢いよく吹き出されるであろう寸前で止まってくれてはいるけれど、当たれば倒れてしまった兵士たちのようになるのだろう。

 男たちは鎧を着ていなかった。麻で出来た薄いペラペラの一枚布を被っている。髪と髭は伸びっぱなしで年齢は分からない。足は裸足で真っ黒だった。

 止まった時間の中で、放たれてしまった針がブリーゲルの目の前にあった。

 驚きと焦りの表情のまま、剣に手をかけた隊長。黄色い鎧がキラキラと光って眩しい。

 その後ろに隠れるカリンダの顔にも、恐怖の色が塗られてあった。牢屋の前ではいくら叫んでも表情を変えなかった少女の驚き顔だ。ヒカルは、そんな少女を見て、なぜか嬉しくも思えた。

「さてと……」

 ヒカルは、空中に放たれて止まったままの毒針を素手で触らないように注意しながら綺麗に取り除くと、草むらに隠れていた男たちから筒を奪い取り、全員を道の真ん中に放り出した。

 ちゃんと、ブリーゲルやウインたちの正面にくるように、丁寧に。

 ちょいと拝借。

 ヒカルは側にいた兵士の剣を抜いた。重い。よくこんな物を振り回せるな、とヒカルはため息をつく。

「これでよし、と」

 再度、針の取り残しが無いかを確認して、ヒカルは腰の懐中時計に手をかけた。

 カチ――。

「皆、止まれ!」

  ブリーゲルの掛け声に、走っていた一行が急ブレーキをかける。

 止んだ風が動き出す。音が甦る。

「何が起きた……?」

 晴天の下――。
 ブリーゲルやウイン、兵士たちが目を丸くする。
 それもそのはず。今の今まで自分たちを襲っていたはずの脅威が突然目の前に現れて、一人の青年が彼らに剣を突き立てていたのだから。
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