黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第四章 迷い山の地下神殿

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「階段があったぞ!!」

 柱に出来た大きな三本の爪跡を見つめていたヒカルは、突然の声に思わず驚いてしまった。
 まるで、この柱に傷をつけた怪物が鳴き声をあげたかのように、ヒカルの耳に届いたのだ。

 声のした方に皆が集まってくる。ヒカルもようやく爪跡から目を離すことができた。
 下へと続く石の闇。
 およそ、人が一人通れそうなくらいの階段が、さらなる深淵へと彼らを誘うかのようにして大広間の端っこにあった。

「さらに下へと進むことが出来るのか」

 辺りが急に眩しくなる。ブリーゲルとウインに連れられたパッチが、先程までの陽気な様子とは違い、真剣な目付きでまじまじとその階段を見つめていた。

「これは嫌な予感がするぜ」

 ちょこんと立つ後ろ姿は、どうみても小熊に違いないのだけれど、ヒカルは初めてパッチの言うことが「正しい」と思えた。

「どう思う? カリンダ」

 パッチの言葉を聞いたウインが、後ろに立つ少女カリンダに問いかける。
 カリンダは、やはりこくりと、小さく頷いた。

「感じるの。ずっと下から――」

 その場にいた全員が息を飲んだ。
 さらに闇の中へと足を入れるのか。
 まさか、竜神様がこの下で寝ているのだろうか。

 ヒカルの対面に「マフラー」さんがいた。
 パッチの光で照らされた彼の顔は、外で見たときよりも、ずっと陰が濃い。窪んだ目は、あたかも骸骨だ。

「パッチ。お前が先頭だ」

 ウインがパッチに冷たく言い放つ。

「はぁ。やっぱりそうだと思いましたよ。看守殿」
「その呼び方は止せよ。相棒」

 チッ、とパッチが舌打ちをする。それが妙に大広間に響いた。

「行くぜ! ついて来な」

 ひょこひょこ、と文字通りの足音が聞こえてきそうなパッチの後ろを、ウイン、ブリーゲル、カリンダ、そして兵士たちが続く。

 もちろんヒカルも彼らに混じった。だが、すぐ後ろに「マフラー」さんがいるということと、「マフラー」さんが列の最後尾だということに、ヒカルは気がつかなかったのだ。

 コツコツコツ、と階段を下りる一行の足音が響く。パッチのお陰で周囲は明るくとも、心の中までは照らしてくれない。

 階段はすぐに終わった。
 だが、迷宮は始まったばかりのようだ。

 下りた先。それは、先程の大広間のような拓けた空間だった。違うとすると、整列した柱が無く、壁や足元もゴツゴツと岩が剥き出しになっていて、人の手が加わっていないようなただの空間のように思えた。

 洞窟だ。ぽかりと口を広げた魔物の中だ。
 瓦礫が乱雑に散らかっている。
 ヒカルは、上で見た三本の爪跡を思いだす。まるで、ここで大きな何かが暴れたみたいだ、と想像してしまった。

「手分けして探ろう」

 ブリーゲルの言葉の通り、兵士たちは再びパッチの炎を頼りにして洞穴の中に散らばって行った(例のごとく、ブリーゲルとウインはパッチに張り付いているのだけれど)。

 ヒカルも足元に注意しつつ、ゆっくりと周囲を見て回ろうとした。
 靴がだいぶと痛んでいる。紐は真っ黒で、踵はもうすぐ剥がれてしまいそうだ。

 さて、皆が再び手分けをして洞窟の中を歩き回っている間、二人の人物が突っ立ったまま、ぼう、と天井を見つめていた。

 一人は「マフラー」。天を仰ぎ、窪んだ目元に貯まった涙が一筋零れる。

 カチカチと歯を鳴らす。震えているのだ。心のそこから込み上げてくる感情――死への恐怖が、今朝からずっと彼を襲っていた。

 いや、今朝からなどではない。ずっと昔から、例外無く人は死の恐怖を隠さなくては生きていられない。

 そしてもう一人。
 涙を流し、嗚咽を我慢できない「マフラー」の後ろで立つカリンダ。

 何もないはずの天井を見つめ、少女は何を思い、何を感じているのか。

「また階段があったぞ!」
「こっちもだ!」

 散らばった兵士たちの声が洞窟に響いた。
 洞窟には、更に下へと続く階段があちらこちらで見つけることができた。

 まるで迷路だ。
 通路の選択を間違えると、迷宮に閉じ込められてしまう。

 ヒカルは、兵士たちが見つけた階段をそれぞれ見て回ると、洞窟の中央で陣取っていたウインたちの元に向かった。

「ウイン、ちょっと良い? 」
「なんだい?」
「提案があるんだけれども」
「だから何?」

 パッチの相手に滅入ってる様子で、語気に苛立ちも感じる。誰にだって分かる八つ当だ。

「道は分かれている。例えばこれで間違った道を選んじゃうと、迷っちゃうんじゃないかな?」
「生きては帰れない?」

 だから逃げるの? とウインの目は言っていた。

「大丈夫さ。僕たちにはカリンダがついている。彼女に道案内をしてもらえば良いんだから」
「そうだけどさ。カリンダは本当に正しいの?」
「何が?」
「例えばだよ? 例えば、彼女が感じているのは黄金竜じゃなくて、鱗ってことはないよね?」

 黄金の鱗は、黄金竜が落とす災厄であり、元々は竜の一部分であったはずだ。

 仮に彼女が竜ではなく、鱗を感じていたのでは、全くの無駄足になってしまうことに、ヒカルは気がついたのだ。

 この世界に来て初めて出会った少女リオンは、鱗の気配もしっかりと感じていた。

「ぎゃはははは!」

 突然、パッチが笑だした。

「お前、本気で言ってるのか? て言うか初めて見る顔だな? 挨拶ぐらいしろよ。しかもよく見ると変な服着ちゃってさ」

 お腹を抱えながら笑うパッチ。ヒカルがこの生意気な小熊を蹴飛ばさなかったのは、彼が道徳の時間に居眠りをしなかったからだろう。

「黙れパッチ。彼は記憶を無くしたんだ」
「だからって言って、こんなことまで忘れるか? 普通?」

 いよいよヒカルは腹が立ってきた。小さいくせによく吠える……。

「なるほどね。君が言いたいのは、この地下には竜神様が居なくて鱗がいる。さらには迷宮になっているし、早いこと引き返して外に出よう、ってことだね」

 正解あってる。ヒカルは黙って頷いた。

「でも、残念ながら竜神様はこの下に居ると思うよ。なんたって、カリンダは竜神様と鱗の区別がつくんだから」

 区別がつく? 鱗ではなく黄金竜の気配を確かに感じるのだと言う訳だ。

「またカリンダの秘密を教えちゃった」

 ヒカルの心に波が立つ。
 下にいるのは黄金竜ではなく鱗かも知れない。しかし、今まさにその可能性は消えて、黄金竜がいるという実感が彼の心に息を吹き掛けたのだ。

 突然の、それでいて強力な。
 側でパッチが笑っている。そんな声が聞こえないくらい。

「ねえ? カリンダ」

 気がつけば、彼女はパッチのすぐ後ろにいた。パッチを、まるで汚い縫いぐるみでも見ているように後ろから見下している。

 伸びすぎた銀色の前髪がパッチの光を浴びてキラキラと光っていた。

「この下には、確かに竜神様が居るんだよね?」

 カリンダがコクン、と頷く。
 少女の黄色い両目も、キラキラと輝いているように見えた。

 ウインはヒカルにも聞こえるように、わざとらしく大きな声で言う。
 意地悪な心が見えるのは、パッチの光のおかげだ。
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