黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第四章 迷い山の地下神殿

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 ドン! 

 破裂音が聞こえた。閉ざされた洞窟に音の振動が暴れまわったせいで、ヒカルやウインたちは思わず両耳を塞ぐ。

 振動が聞こえる。
 地面が揺れている。
 パラパラ、と天井から砂ぼこりが落ちてくる。

「何が起きた!?」

 隊長ブリーゲルが叫ぶ。
 反応がない。
 誰も答えない。

 分からないからだ。
 ただ一人を除いて――。

 揺れる洞窟の中でヒカルの目に入ったもの――それは、大きな黄色い旗に火を着ける「マフラー」さんの泣き叫ぶ姿であった。

「黄金竜を倒せ!」
――黄金竜を倒せ。

「黄金竜を墜とせ!」
――黄金竜を墜とせ。

 彼の持つ黄色の旗が、メラメラと炎に包まれる。
 ヒカルには何が何だか分からない。
 突然の破裂音と、未だに続く地響きの正体。加えて、「マフラー」とあだ名をつけた一人の兵士の奇行。

 グラグラと揺れるのは足元だけではなく、思考も同じ。
 だが、ヒカルを除く他の誰しもが、ブリーゲルやウイン、カリンダまでもが、揺れる足元と思考の中で一つの真実に気がついた。

 裏切り者がいた。

 それは、今朝に黄金竜を見た、と報告した兵士だ。
 それは、朝から異様にブルブルと震えていた兵士だ。
 それは、ヒカルが「マフラー」とあだ名をつけた兵士だ。

 彼は今、黄色い旗に火を放った。無論、ヒカルにはこの行動の真意は分からない。だが、この世界に住む人々の中に知らない者はいない。

「黄金竜を倒せ! 黄金竜を墜とせ! 黄金竜を――」

 オルストン、そしてノリータを含める黄金竜討伐派の共和国側の証明。黄色い旗を黄金竜に見立てて火を放つ。
 真意をわからぬヒカルにも、黄色い旗を燃やす火が、パッチの炎とは違うことに気がついた。
 憎しみや悲しみ。それらを含めた禍々しい思想の火だ。

 天井が崩れてきた。兵士の足が大きな岩の下敷きになって、叫び声をあげる。

 ブリーゲルとパッチが、瞬く間に「マフラー」さんへ飛びかかった。続いてウインも駆け出す。落ちてくる岩を器用に避けながら。

 ブリーゲルの抜いた剣が、「マフラー」さんの腕を落とした。次いでパッチの正拳突き(ヒカルにはそう見えた)が腹に決まり、「マフラー」さんは後方へ飛ばされる。

 まさに一瞬の出来事。腕を斬られ、殴り飛ばされた「マフラー」さんは、地面に倒れピクリとも動かない。

 ブリーゲルもさることながら、ヒカルはパッチの見えないくらい早い突撃に驚いた。
 開いた口と目がが塞がらないとはまさにこのことだ。

――こ、小熊のくせに……。
 ブリーゲル、ウイン、それからパッチの二人と一匹は、倒れた「マフラー」さんではなく、足元で煙をあげる黄色い旗を見下ろして、いったい何を思っているのか。

 恥、悔い、怒り、悲しみ。煙はそれらの感情をうまい具合に引き立てる。

 地響きは止んだ。
 岩の下敷きになった兵士を、他の兵士たちがなんとか助けようと躍起になっていた。

 そして、ブリーゲル、ウイン、パッチが意識朦朧の「マフラー」を囲んでいた。

――何のためだ?

 三人……いや、三人と一匹にヒカルが駆け寄り、耳に入ったウインの言葉。

 恐ろしくも冷たくて、鋭い棘のある言葉だ。
 ウインの見えない氷の剣が、虫の息である「マフラー」さんの喉元にそっと当てられた。

 返答次第では、虫の息はすぐに止まる。
 今にも飛びかかりそうなブリーゲルとパッチが囲んでいるのだから。

 腕からは大量の血が溢れている。ヒカルはその生々しい状態を――この状況を察知して、酸っぱいものが汲み上げてきた。

――お前らは知らない。

 血で喉を塞がれた「マフラー」さんの声はひどく聞き取りにくいものだった。

 それでも、ヒカルは心に錨が突き刺さった気持ちになってしまった。

 重たく錆び付いた錨。

 きっと、ウインやブリーゲルの心にも刺さったのだろう。
 彼らもまた「マフラー」さんの神妙な言葉にどう反応すれば良いのか分からない様子だった。

「人を……家族を失った悲しみ……憎しみを……お前たちは何にも分かっちゃいない!」

 ヒカルの心に錨がどんどん食い込んでいく。ああ、この人もこの世界の被害者であったのだ。

「竜が憎い……。亡き同胞に約束したのだ。我々ノリータは必ず竜を討伐するのだと」
「お前はノリータの生き残りか? なら、昨日僕たちを襲った賊たちも、お前の駒って訳か」

 ウインの問いかけに、「マフラー」さんはニヤリと笑みを浮かべるだけだった。

 竜に襲われた大国ノリータ。先の戦争相手であるオルストンと同盟を組み、共和国として黄金竜の討伐を目指す国だ。

「お前らは知らないのだ! 目の前で妻を……子供を殺される悲しみを」

 「マフラー」さんの声に、血と涙が混じり合う。
 ヒカルは耳を塞ぎたかった。でも出来なかった。どうして? どの位置に立っていても、「マフラー」さんの言葉は真実だからだ。

 目の前で家族を殺された男。憎しみや悲しみ。それらの負の感情がこの世界には溢れている。決して取り戻すことが出来ない幸せなのに、不幸の捌け口が復讐心となる悲劇の仕組みだ。

 この世界には、悲劇に巻き込まれた人がいったいどれほどいるのだろうか。

 「マフラー」さんの叫び声には、世界中の声が詰まっている気がした。だからこそヒカルは耳を塞げなかった。たった一人の男の言葉に、何千、何万もの真実が込められているのだから。

「この地下で、お前は何をしたのだ?」

 いつの間にか剣を鞘に戻していたブリーゲルが、低い声で言った。
 パッチは相変わらずメラメラと炎を燃やし続けてはいるけれども。

「入り口を爆破した」

 ヒカルは咄嗟に降りてきた階段に目をやる。そこには大きな瓦礫が幾層にも重なっていて、人ひとり、少年バルでさえも通れないくらいの隙間しかない。

「竜神様を見たというは嘘なんだな?」

 「マフラー」さんはさっきよりも大きく口を開けて笑って見せた。
 口の中が真っ赤で、たらりと粘り気のある血が一筋溢れた。

「お前たち反逆者たちを閉じ込めるために。竜の子を閉じ込めるためにだ!」

 力なき「マフラー」さんの首がぐるんと首をふる。その先――彼が見つめる一直線先には、伸びすぎた銀の前髪をした少女が立っている。

 竜の子。それは共和国側からしたら忌むべき存在。黄金竜と共鳴し、不気味な黄色い眼を持って生まれてくる悪魔の子なのだ。

 黄金竜と共鳴?
 底の見えないこの世界の縮図を前にして、いや客観的な立場にいるからこそ、ヒカルの頭に一つの疑問が浮かんだ。
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