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第五章 i・s・a・h
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黄金竜が大都市オルストンに現れた。
その言葉によって、竜保護派の連中は敵である大都市へ向かう。
あくまでも説得のため。
黄金竜の圧倒的な胸囲を目の当たりにした後だからこそ、彼らは説得に行くのだ。
――討伐など無理だ。
――あのお力には逆らえない。
ヒカルも見た。
オルストンにて猛威を奮う、あたかも災害の如く飛来した黄金竜。
巨大で、偉容で、それでいて美しい黄金の竜だった。
黄金竜だけではない。
竜保護派と竜討伐派の戦争は、世界中の人々の悲劇に、さらなる憎悪を加えた。
もうやめよう。これ以上、この世界を争いで汚すのは。
平和でありたいとお互いに願っているはずなのに、どうしてその手には剣が握られているのか。
もう気がついているのに。握られた剣など、なんの役にも立たぬということを。
戦いを止めましょう。
たったその一言だけ。
たった一人の声だけで良いのに、世界は何十年も待っているのだ。
伝えに行こう。
争いをやめよう。
共に生きよう。武器を捨てて。
共に生きよう。黄金竜と一緒に。
だが、一行は山の中にいる。
「マフラー」さんによる嘘の目撃証言により、誘い込まれた入禁の山だ。
魔の鳥籠と呼ばれるこの山の地下深くにヒカルたちは閉じ込められた。
階段を何本も下り、大きな広間を何度も横切った。目指すは黄金竜だ。竜と共鳴ができる銀髪の少女カリンダと、兄たちである隊長ブリーゲル、ウインたちの案内に従って。
「かなり近づいてきたね……」
ウインが、座って休むヒカルの隣にやってきた。
「まだ続くの?」
「どっちにしたって出口を探さなくちゃ」
この山の洞窟の入り口は、「マフラー」さんの仕掛けた爆発によって塞がれた。
ゴゴゴゴ――。
そのせいだろうか。いまだにどこからか地鳴りが聞こえてくる。
「橋があったぞ!」
部屋を探索していた兵士たちの声がした。階段続きのダンジョンに、今度は橋を見つけたという。
山の中のステージも大詰めかしら? 宝箱も、すべての部屋共通の好都合な鍵も必要ない。
部屋を抜け、一行が見たもの。兵士の言葉通り、そこには石橋があった。
ヒュウ、と風が通りすぎる。
「ここは……山のいったいどこなのだ?」
兵士たちの先頭に立つブリーゲル。崖っぷちの彼の足元には、灼熱を思わせる溶岩の運河が見えた。
たらり、とヒカルの額から汗が流れ落ちる。
橋は対岸まで、およそ三〇メートルしかない短い。しかし、その距離は渡る者の命を容赦なく確実に削り取るのだろう。
なにしろ、落ちれば一瞬で飲み込まれるマグマなのだから。
「こ……ここを通るの?」
仕方がないよ、とウインがヒカルの肩を叩いた。
「びびんなよ。新入り! 」
まずはウインとパッチが先陣を切った。いつ崩れるか分からない石橋。ただでさえ、「マフラー」さんの爆発の後だ。さすがの彼らも、一本ずつ、慎重に進んでいく。
そして、ウインとパッチが無事に対岸に到着する。
「案外しっかりしてる。でも、一人ずつの方が良いかもね」
次はカリンダが石橋に足を掛けた。そろそろと、ゆっくりわたる少女。どこからか吹いてくる風に、長い銀髪が揺れている。
ゴゴゴゴ――。
まるで地球の鼓動のような迫力があった。息吹きを聞ききながら、カリンダも対岸に到着した。
「次は……」
ブリーゲルと目が合った。
やめてくれ。こんなところ、渡りたくない。
兵士たちや対岸にいるウインたちもこちらを見つめてくる。
カリンダでさえも。
崩れたら? 一巻の終わりだぞ。
わかってはいるのだけれど、ヒカルはゆっくりと石橋に近づいていく。崖からは、マグマの流れる音が、大きく聞こえてくるではないか。
下は見ない! 下は見ない!
汗が目に入る。呼吸が乱れる。
そして、一歩石橋に足を乗せる。ぱらぱら、と砂くずが落ちていった。
足が震えているのかしら?
まっすぐな橋なのに、体が自由に動かせない。力が入ってくれない。
橋の中程で、ヒカルは遂に下を見てしまった。今にも飛びかかってきそうな力強い流脈がすぐそこに見える。
暑い……暑い……。
だめだ。ついに足が動いてくれなくなった。
石橋の一部になってしまったかのような。足の感覚がもう無かった。
「どうした!? もうすぐだぞ!」
後ろから隊長の激が飛んでくる。
やめてくれ。そんな言葉で背中を押されても、バランスを崩してしまうだけなのだから。
ゴゴゴゴ――。
ああ、隊長やウインたちの声が聞こえない。足下で流れる溶岩の鼓動しか聞こえない。
ヒカルは動けなくなった。溶岩から目が離せなくなった。
あの赤黒い灼熱野郎の中に、悪魔の顔が浮かび上がって見える。
ゴゴゴゴ――。
対岸の、ウインの声が何かを言っている。大きく手を振って、必死になって呼び掛けてくれているけれど、何にも耳に入ってこない。入ってくれない。
ゴゴゴゴ――。
今や、ヒカルは溶岩に釘付けだ。悪魔に身いられ、身体の自由を奪われてしまった。
見えないはずの眼に睨み付けられ、聞こえないはずの声に惑わされる。
ゴゴゴゴ――。
いや、違う。顔は確かにある! 地鳴りは確かに聞こえてくる!
しかも、溶岩に浮かぶ悪魔の顔が近づいてくるではないか!
ドン!!
大きな音と共に、何かが溶岩の中から飛び上がってきた。巨大な、それでいて金色に輝く何かが……。
それは、ヒカルの頭上を通りすぎて、再び溶岩の中にダイブした。
飛び散ったマグマが、ヒカルの周囲に降り注ぐ。
「逃げろ!!」
ようやく聞こえたウインの声に、ヒカルは無我夢中で走り出した。
さっきまでたっていた場所に、マグマが落ちていく。少しでも反応が遅ければ、丸焦げになっていたのかもしれない。
どろどろ、と石橋が溶けていく。対岸に滑り込んだヒカルは、その光景を見て思わずゾッとした。
――何だ!?
溶岩の中を泳ぐそれは、金色の背中だけを出して、まるで旋回するかのように再びこちらに向かってくる。
「鱗だ!!」
兵士の叫び声と同時に、金色の巨体が跳び跳ねる。
デカい図体に短い手足。空中を舞う一瞬に見えたのは、鼻先がドリルの様に尖っていて、同じくドリルの様に回転していることであった。
まるで「もぐら」だ――。
黄金の巨大な土竜は大きな弧を描きながら石橋を飛び越えていく。
またしても、溶岩の飛沫が石橋を溶かしていく。
黄金の土竜は溶岩に身を隠した。
背中にある禍々しいいくつものトゲだけが、溶岩から見える。
狙っている。ヒカルは直感的に察した。土竜は今度こそこっちに飛んでくる。
「先に行け!」
隊長ブリーゲルの声だ。だが、ヒカルには分からなかった。
「兄さん……隊長たちは!?」
ウインが答える。
「違う出口を探す! だから先に行け!」
隊長が答え、兵士たちも呼応する。
ヒカルは思った――いや、支配されていた。直面する恐怖に。黄金の懐中時計が無い今は、ただの素っ裸に等しいのだから。
黄金土竜の三度の跳躍は、無情にも石橋を崩壊させ、そしてヒカル、ウイン、パッチ、カリンダの前に上陸した。
「チッ……逃げるぞ! 看守殿!」
巨大な溶岩を纏った黄金の土竜。さすがのパッチも敵わないのだろう。
「兄さん!」
ウインに腕を引っ張られて、ヒカルは立ち上がる。真の恐怖を実感し、焦燥の顔であるヒカルとは反対に、見上げたウインの顔には、強い希望があった。
「セイリンで会おう――」
その言葉によって、竜保護派の連中は敵である大都市へ向かう。
あくまでも説得のため。
黄金竜の圧倒的な胸囲を目の当たりにした後だからこそ、彼らは説得に行くのだ。
――討伐など無理だ。
――あのお力には逆らえない。
ヒカルも見た。
オルストンにて猛威を奮う、あたかも災害の如く飛来した黄金竜。
巨大で、偉容で、それでいて美しい黄金の竜だった。
黄金竜だけではない。
竜保護派と竜討伐派の戦争は、世界中の人々の悲劇に、さらなる憎悪を加えた。
もうやめよう。これ以上、この世界を争いで汚すのは。
平和でありたいとお互いに願っているはずなのに、どうしてその手には剣が握られているのか。
もう気がついているのに。握られた剣など、なんの役にも立たぬということを。
戦いを止めましょう。
たったその一言だけ。
たった一人の声だけで良いのに、世界は何十年も待っているのだ。
伝えに行こう。
争いをやめよう。
共に生きよう。武器を捨てて。
共に生きよう。黄金竜と一緒に。
だが、一行は山の中にいる。
「マフラー」さんによる嘘の目撃証言により、誘い込まれた入禁の山だ。
魔の鳥籠と呼ばれるこの山の地下深くにヒカルたちは閉じ込められた。
階段を何本も下り、大きな広間を何度も横切った。目指すは黄金竜だ。竜と共鳴ができる銀髪の少女カリンダと、兄たちである隊長ブリーゲル、ウインたちの案内に従って。
「かなり近づいてきたね……」
ウインが、座って休むヒカルの隣にやってきた。
「まだ続くの?」
「どっちにしたって出口を探さなくちゃ」
この山の洞窟の入り口は、「マフラー」さんの仕掛けた爆発によって塞がれた。
ゴゴゴゴ――。
そのせいだろうか。いまだにどこからか地鳴りが聞こえてくる。
「橋があったぞ!」
部屋を探索していた兵士たちの声がした。階段続きのダンジョンに、今度は橋を見つけたという。
山の中のステージも大詰めかしら? 宝箱も、すべての部屋共通の好都合な鍵も必要ない。
部屋を抜け、一行が見たもの。兵士の言葉通り、そこには石橋があった。
ヒュウ、と風が通りすぎる。
「ここは……山のいったいどこなのだ?」
兵士たちの先頭に立つブリーゲル。崖っぷちの彼の足元には、灼熱を思わせる溶岩の運河が見えた。
たらり、とヒカルの額から汗が流れ落ちる。
橋は対岸まで、およそ三〇メートルしかない短い。しかし、その距離は渡る者の命を容赦なく確実に削り取るのだろう。
なにしろ、落ちれば一瞬で飲み込まれるマグマなのだから。
「こ……ここを通るの?」
仕方がないよ、とウインがヒカルの肩を叩いた。
「びびんなよ。新入り! 」
まずはウインとパッチが先陣を切った。いつ崩れるか分からない石橋。ただでさえ、「マフラー」さんの爆発の後だ。さすがの彼らも、一本ずつ、慎重に進んでいく。
そして、ウインとパッチが無事に対岸に到着する。
「案外しっかりしてる。でも、一人ずつの方が良いかもね」
次はカリンダが石橋に足を掛けた。そろそろと、ゆっくりわたる少女。どこからか吹いてくる風に、長い銀髪が揺れている。
ゴゴゴゴ――。
まるで地球の鼓動のような迫力があった。息吹きを聞ききながら、カリンダも対岸に到着した。
「次は……」
ブリーゲルと目が合った。
やめてくれ。こんなところ、渡りたくない。
兵士たちや対岸にいるウインたちもこちらを見つめてくる。
カリンダでさえも。
崩れたら? 一巻の終わりだぞ。
わかってはいるのだけれど、ヒカルはゆっくりと石橋に近づいていく。崖からは、マグマの流れる音が、大きく聞こえてくるではないか。
下は見ない! 下は見ない!
汗が目に入る。呼吸が乱れる。
そして、一歩石橋に足を乗せる。ぱらぱら、と砂くずが落ちていった。
足が震えているのかしら?
まっすぐな橋なのに、体が自由に動かせない。力が入ってくれない。
橋の中程で、ヒカルは遂に下を見てしまった。今にも飛びかかってきそうな力強い流脈がすぐそこに見える。
暑い……暑い……。
だめだ。ついに足が動いてくれなくなった。
石橋の一部になってしまったかのような。足の感覚がもう無かった。
「どうした!? もうすぐだぞ!」
後ろから隊長の激が飛んでくる。
やめてくれ。そんな言葉で背中を押されても、バランスを崩してしまうだけなのだから。
ゴゴゴゴ――。
ああ、隊長やウインたちの声が聞こえない。足下で流れる溶岩の鼓動しか聞こえない。
ヒカルは動けなくなった。溶岩から目が離せなくなった。
あの赤黒い灼熱野郎の中に、悪魔の顔が浮かび上がって見える。
ゴゴゴゴ――。
対岸の、ウインの声が何かを言っている。大きく手を振って、必死になって呼び掛けてくれているけれど、何にも耳に入ってこない。入ってくれない。
ゴゴゴゴ――。
今や、ヒカルは溶岩に釘付けだ。悪魔に身いられ、身体の自由を奪われてしまった。
見えないはずの眼に睨み付けられ、聞こえないはずの声に惑わされる。
ゴゴゴゴ――。
いや、違う。顔は確かにある! 地鳴りは確かに聞こえてくる!
しかも、溶岩に浮かぶ悪魔の顔が近づいてくるではないか!
ドン!!
大きな音と共に、何かが溶岩の中から飛び上がってきた。巨大な、それでいて金色に輝く何かが……。
それは、ヒカルの頭上を通りすぎて、再び溶岩の中にダイブした。
飛び散ったマグマが、ヒカルの周囲に降り注ぐ。
「逃げろ!!」
ようやく聞こえたウインの声に、ヒカルは無我夢中で走り出した。
さっきまでたっていた場所に、マグマが落ちていく。少しでも反応が遅ければ、丸焦げになっていたのかもしれない。
どろどろ、と石橋が溶けていく。対岸に滑り込んだヒカルは、その光景を見て思わずゾッとした。
――何だ!?
溶岩の中を泳ぐそれは、金色の背中だけを出して、まるで旋回するかのように再びこちらに向かってくる。
「鱗だ!!」
兵士の叫び声と同時に、金色の巨体が跳び跳ねる。
デカい図体に短い手足。空中を舞う一瞬に見えたのは、鼻先がドリルの様に尖っていて、同じくドリルの様に回転していることであった。
まるで「もぐら」だ――。
黄金の巨大な土竜は大きな弧を描きながら石橋を飛び越えていく。
またしても、溶岩の飛沫が石橋を溶かしていく。
黄金の土竜は溶岩に身を隠した。
背中にある禍々しいいくつものトゲだけが、溶岩から見える。
狙っている。ヒカルは直感的に察した。土竜は今度こそこっちに飛んでくる。
「先に行け!」
隊長ブリーゲルの声だ。だが、ヒカルには分からなかった。
「兄さん……隊長たちは!?」
ウインが答える。
「違う出口を探す! だから先に行け!」
隊長が答え、兵士たちも呼応する。
ヒカルは思った――いや、支配されていた。直面する恐怖に。黄金の懐中時計が無い今は、ただの素っ裸に等しいのだから。
黄金土竜の三度の跳躍は、無情にも石橋を崩壊させ、そしてヒカル、ウイン、パッチ、カリンダの前に上陸した。
「チッ……逃げるぞ! 看守殿!」
巨大な溶岩を纏った黄金の土竜。さすがのパッチも敵わないのだろう。
「兄さん!」
ウインに腕を引っ張られて、ヒカルは立ち上がる。真の恐怖を実感し、焦燥の顔であるヒカルとは反対に、見上げたウインの顔には、強い希望があった。
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