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第六章 鉛色の空
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異変に気がついたのは、寝てしまってからどれくらい経った後なのだろうか。
そばにある金色の鐘が小刻みに揺れて、異様な音を立てていた。
まるで、最後の力を振り絞り、少年に危機を告げているかのように。
すると、どこからか声が聞こえてきた。男たちの声だ。馬の足音も混ざっている。
バルは瓦礫の影に隠れると、そーっと周囲を見渡してみると、大都市オルストンの瓦礫の山に、大勢の兵士たちがいるではないか。
皆それぞれの鎧を着けて、馬の手綱を握っている者や、荷物を運ぶ者もいた。
兵士が嫌いのバルは、自然と彼らに敵意の目を向けていた。争いによって家族や村を失った少年なのだ。少年の目には兵士が悪魔であって化け物に写るのだろう。だが、そんな敵意の眼差しも、あるものを見つけると、涙となってすっかり消えてしまった。
大勢の兵士の中で、何台もの荷台を曳く集団がいた。その荷台の一つに、なんとヒカルの原付バイクが積まれているではないか!
「うおおおお!」
気がつけば、バルは無我夢中で駆け出していた。
瓦礫の隙間から飛び出して、一直線にヒカルの原付バイクが乗った荷台へ。
もちろん、少年の突撃は失敗に終わった。バルは兵士たちに取り押さえられてしまったのだ。
「放せ! それは……!」
次から次へと溢れ出す涙のせいで、上手く口が回らない。叫ぼうとすればするほど、喉が焼けるように痛くなっていった。
返せ! それはヒカル兄ちゃんの物だ!
兵士たちの腕から逃れたくても、相手は大の大人だ。いくら腕を強く振っても、いくら足をばたつかせても、身体はきゅう、と締め付けられてしまう。
「それは……それを……!」
喉にツンとした鉄の匂いがしたかと思うと、そこからバルの意識は途絶えてしまった。
ようやく大人しくなった少年に、兵士たちは汗を拭った。
きっと、この子は争いに巻き込まれてしまったのだ。可哀想に。寂しかっただろうに。
一人の兵士がゆっくりと丁寧にバルを起こしてやる。少年の口から垂れた血が、涙と鼻水に混じって流れていく。
「坊主。もう大丈夫だからな」
その兵士は兜を脱ぐと、頭に巻いた布を外し、少年の涙と血を拭いてやった。
「救護班! 少年の手当てと食糧を!」
駆けつけてきた救護隊に少年を預けると、兵士は再び兜を被り直した。
後頭部には二本の槍が交差する模様がある。
かつて、大都市オルストンと戦争した、オルストンに次ぐ大都市ノリータのエンブレムであった。
〇
喉の痛みもようやく収まる頃に、バルは目を開けた。
何が起こったのか。
辺りはすっかり夜の闇。鉛色の空には、月明かりはもちろん、星の一つも見えなかった。
「起きたか?」
とっさの声に、バルは思わず声を上げそうになった。
バルを抱えた兵士が、少年の前に立っている。兜は被っていないが、頭には例の如く布をぐるりと巻き付けている。
――誰? なに?
でも、声が出ない。出そうとすると喉の奥がひっかかれるような痛みが走るのだ。
「大丈夫。ここは安心だ」
夜の闇に包まれた状況、声が出ない状況、だいっ嫌いな兵士がいる状況。バルはまるで小動物が威嚇しているかのような表情で、今にも兵士に飛びかかろうとしていた。
兵士には少年が怯えているのだと見えたのだろう。精一杯敵意の無い優しさを持って、少年の前に腰をおろした。
固い石の感覚。ここはオルストンの瓦礫の山のどこかだと分かった。
いよいよ暗闇に目がなれてくると、他にも鎧を着た兵士たちが、あちらこちらで休息をとっているのが見えてきた。
「オルストンの生き残りか?」
枯れた声で兵士が語りかける。バルは答えなかった。声が出なかったからではなく、未だにこの状況を把握できなかったから。
――何が……あったの?
「災難だったな……」
――災難? そうか! 確か僕はオルストンにいて、黄金竜がめちゃくちゃにして。それで……。
「腹減ったろ? 飯持ってきてやるから待ってな」
兵士が立ち上がると、ゆっくり歩いていった。
――それで……確か僕は……。
耳の奥で――いや、遠くのどこかで大きな音が聞こえた気がした。聞いたことのない爆発のような音。それは馬よりも早く走ったのだ。
バルが両手を突き出す。目からは涙が自然とこぼれ落ちた。
――左のレバーを引きながら、右のボタンを押す。
伸ばした両手で身体を抱き締める。涙が止まらない。
あの時、少年は抱きついていた。黄金竜から逃げるため、大きな音のする乗り物に乗って……。
でもいなくなった。
力強く抱き締めていたその腕が、突然感覚を失って、今のように自分を抱き締めたのだ。
――左のレバーを引きながら、右のボタンを押す。
バルは勢い良く立ち上がった。
――思い出した!
鉛色の夜空の下。隠れようと思えば、いくらだって闇に溶け込める。
瓦礫の山のオルストンはもはや庭と同じ。きっと上手くいく!
バルは気付けに両頬を叩いてみせた。
――さて、あいつら、どこにあの乗り物を隠したんだ?
そばにある金色の鐘が小刻みに揺れて、異様な音を立てていた。
まるで、最後の力を振り絞り、少年に危機を告げているかのように。
すると、どこからか声が聞こえてきた。男たちの声だ。馬の足音も混ざっている。
バルは瓦礫の影に隠れると、そーっと周囲を見渡してみると、大都市オルストンの瓦礫の山に、大勢の兵士たちがいるではないか。
皆それぞれの鎧を着けて、馬の手綱を握っている者や、荷物を運ぶ者もいた。
兵士が嫌いのバルは、自然と彼らに敵意の目を向けていた。争いによって家族や村を失った少年なのだ。少年の目には兵士が悪魔であって化け物に写るのだろう。だが、そんな敵意の眼差しも、あるものを見つけると、涙となってすっかり消えてしまった。
大勢の兵士の中で、何台もの荷台を曳く集団がいた。その荷台の一つに、なんとヒカルの原付バイクが積まれているではないか!
「うおおおお!」
気がつけば、バルは無我夢中で駆け出していた。
瓦礫の隙間から飛び出して、一直線にヒカルの原付バイクが乗った荷台へ。
もちろん、少年の突撃は失敗に終わった。バルは兵士たちに取り押さえられてしまったのだ。
「放せ! それは……!」
次から次へと溢れ出す涙のせいで、上手く口が回らない。叫ぼうとすればするほど、喉が焼けるように痛くなっていった。
返せ! それはヒカル兄ちゃんの物だ!
兵士たちの腕から逃れたくても、相手は大の大人だ。いくら腕を強く振っても、いくら足をばたつかせても、身体はきゅう、と締め付けられてしまう。
「それは……それを……!」
喉にツンとした鉄の匂いがしたかと思うと、そこからバルの意識は途絶えてしまった。
ようやく大人しくなった少年に、兵士たちは汗を拭った。
きっと、この子は争いに巻き込まれてしまったのだ。可哀想に。寂しかっただろうに。
一人の兵士がゆっくりと丁寧にバルを起こしてやる。少年の口から垂れた血が、涙と鼻水に混じって流れていく。
「坊主。もう大丈夫だからな」
その兵士は兜を脱ぐと、頭に巻いた布を外し、少年の涙と血を拭いてやった。
「救護班! 少年の手当てと食糧を!」
駆けつけてきた救護隊に少年を預けると、兵士は再び兜を被り直した。
後頭部には二本の槍が交差する模様がある。
かつて、大都市オルストンと戦争した、オルストンに次ぐ大都市ノリータのエンブレムであった。
〇
喉の痛みもようやく収まる頃に、バルは目を開けた。
何が起こったのか。
辺りはすっかり夜の闇。鉛色の空には、月明かりはもちろん、星の一つも見えなかった。
「起きたか?」
とっさの声に、バルは思わず声を上げそうになった。
バルを抱えた兵士が、少年の前に立っている。兜は被っていないが、頭には例の如く布をぐるりと巻き付けている。
――誰? なに?
でも、声が出ない。出そうとすると喉の奥がひっかかれるような痛みが走るのだ。
「大丈夫。ここは安心だ」
夜の闇に包まれた状況、声が出ない状況、だいっ嫌いな兵士がいる状況。バルはまるで小動物が威嚇しているかのような表情で、今にも兵士に飛びかかろうとしていた。
兵士には少年が怯えているのだと見えたのだろう。精一杯敵意の無い優しさを持って、少年の前に腰をおろした。
固い石の感覚。ここはオルストンの瓦礫の山のどこかだと分かった。
いよいよ暗闇に目がなれてくると、他にも鎧を着た兵士たちが、あちらこちらで休息をとっているのが見えてきた。
「オルストンの生き残りか?」
枯れた声で兵士が語りかける。バルは答えなかった。声が出なかったからではなく、未だにこの状況を把握できなかったから。
――何が……あったの?
「災難だったな……」
――災難? そうか! 確か僕はオルストンにいて、黄金竜がめちゃくちゃにして。それで……。
「腹減ったろ? 飯持ってきてやるから待ってな」
兵士が立ち上がると、ゆっくり歩いていった。
――それで……確か僕は……。
耳の奥で――いや、遠くのどこかで大きな音が聞こえた気がした。聞いたことのない爆発のような音。それは馬よりも早く走ったのだ。
バルが両手を突き出す。目からは涙が自然とこぼれ落ちた。
――左のレバーを引きながら、右のボタンを押す。
伸ばした両手で身体を抱き締める。涙が止まらない。
あの時、少年は抱きついていた。黄金竜から逃げるため、大きな音のする乗り物に乗って……。
でもいなくなった。
力強く抱き締めていたその腕が、突然感覚を失って、今のように自分を抱き締めたのだ。
――左のレバーを引きながら、右のボタンを押す。
バルは勢い良く立ち上がった。
――思い出した!
鉛色の夜空の下。隠れようと思えば、いくらだって闇に溶け込める。
瓦礫の山のオルストンはもはや庭と同じ。きっと上手くいく!
バルは気付けに両頬を叩いてみせた。
――さて、あいつら、どこにあの乗り物を隠したんだ?
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