黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第六章 鉛色の空

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 布を捲った兵士が、ボリボリと自分の脳みそを掻くところを隙間から見えた。

 離した手には糸が引いている。
 鉛色の空の下、バルはお化けを見ているのだ。

 カランコロン――。
 再び、頭上で皿を蹴る音が聞こえたかと思うと、頭上から食べ残しが垂れてきた。

 真っ赤な血が頭にポツリ。頬にウサギのどこかがへばりついた。

――うわっ!
 パニックになったバルは、思わず身をよじる。

 ガチャン!
――しまった。気づかれる!

 さっと隙間の外に視線を戻してみると、そこにはさっきまでいた兵士はいなかった。

 まるで消えたかのように。

 ほっ、と息などつけるはずがない。心臓は相変わらずドクンドクンと暴れている。

 兵士の姿は見えなくなったけれど、足音の無い気配はすぐそこにある。いや、そこらじゅうにある。

 その時、上の隙間から一本の腕が入ってきたではないか!

 なにかを探すかのように、手のひらを動かしている。その腕は生者のものではない。皮膚は爛れて青くなり、骨が見えている。

――ヤバい!

 バルはとっさに瓦礫から飛び出して走り出した。
 振り返って見ると、そこには、例の脳みそが裸の兵士のほか、何十人ものお化けの兵士たちがいた。

「見つけたぞ」

 兵士たちの視線が一気に集まる。腕の無い兵士。頭を抱えた兵士。明らかに生きている者とは違う雰囲気があった。

「大丈夫……俺が守るから」

 脳みそ兵士がそう呟くと、瓦礫の上を滑るかのようにしてこちらに迫ってくる。
 バルは震える足を無理やり動かして、一目散に逃げ出した。

――ヤバい! ヤバい! ヤバい!!

 捕まったら終わりだ!
 あいつらの仲間にされちゃう!

 瓦礫の山をいくら走って逃げても、兵士たちはどこまでも追いかけてきた。凍った湖の上を滑るかのように、時には大きな石材をすり抜けて、一直線にバルの元へ。

 捕まる!

 そう思ったまさにその時――バルの視界の端にちらとそれが見えた。

 ヒカルの原付バイク。
 荷台に積まれたそれは、まるで助けを乞うかのように横たわっていた。

――くそっ!

 原付バイクにたどり着くのが先か、追い付かれるのが先か。バルは被っていた絨毯を手放し、ポケットに入れていた缶詰めを放り捨てた。

 荷台には原付バイクの他に、ウジが集った動物たちの死骸や、穴の空いたボロボロの鎧などがたくさん積まれていたけれど、バルはそんなものは無視して、急いで原付バイクを起こしてやった。

――左のレバーを引きながら、右のボタンを押す。
 だが、原付バイクはピクリとも動かない。
 どうして? お願いだ! 動いてくれ!

 お化けたちはすぐそこだ。荷台を囲み、どんどん登って来ているではないか!

「もう大丈夫だから……」

 脳みそ兵士の手がバルの肩を叩く。
 ヒヤリと、それでいて不気味な感覚を必死に耐え、バルは何度も左のレバーを引きながらボタンを押し続ける。

――助けて! 
 冷たい感覚が全身のあちこちから感じられた。
 お化けの兵士たちに囲まれたのだ!

 その時だった――鉛色の夜空に小さなな穴が空いたのは。

 お化けの兵士たちの手が止まる。
 バルは、もはやハンドルから両手を離し、頭を抱えて涙を流していた。

 兵士たちが離れていく。皆が鉛色の空の穴を見つめていた。

 ゴゴゴゴ――。

 地鳴りが瓦礫を震わせる。ようやくバルも異変に気が付いた。

 空の穴――突如開いたそれは、果たして少年にとって吉と出るのか凶とでるのか。

 穴は沈黙を続け、代わりに地鳴りが激しくなる。

 ドン!!

 まるで爆発音のような大きな音が、バルの住まいのあった辺りから聞こえてきた。

 砂煙が舞う。その中に巨大な影が一つ。

――今度は何さ!?

 半ばパニック状態のバルの目に写ったもの。煙の中に浮かぶ赤い二つの光りと巨大な影。

 兵士たちも身構えた。

 巨大な影の主は、煙の中から突如として現れた。それは、黄金色をしたワニだった。

「鱗だああああ!」

 兵士の誰かが声を上げると、各々が腰の剣を抜いていく。
 バルの後呂にいた脳みそ兵士が、折れかけた剣を掲げた。

「迎え撃て!」

 孟スピードで突進してくる黄金のワニに対して、兵士の軍団は一斉に走り出した。脳みそ兵士を残して。

「安心しろ少年。お前は必ず守るからな」

 脳みそ兵士がバルの腕をがっしりと掴んだ。
 腐った腕に集った無数のウジ虫が、バルの腕にも落ちる。

――良いからお前もあっちにいってくれよ!

 黄金のワニとお化けの兵士軍。両者の突撃は壮絶だった。兵士が次々と巨大なワニに飛びついていく。ワニの大きな口に飲み込まれ、砕かれる兵士もいる。

 お化けの兵士はあくまでもお化けだ。
 幾層にも重なったワニの歯によって腕が砕かれ、いくら体が砕けようとも動じない。

 何もなかったかのように。
 まるでそよ風が通りすぎたかの如く。

 兵士たちの進撃は無敵だ。
 黄金ワニはいつしか勢いを失って、遂にはその突進は止まった。集った兵士たちを振り落とすのに必死なのだけれど、お化けの兵士は次から次へと黄金の輝きを埋め尽くしていく。

 バルは遠くからその光景を見て心底ゾッとした。
 あいつらが今の今まで自分に同じ事をしていたのだと想像すると、触れられてもない背中がゾクリと鳥肌を立てた。

 隣には、相変わらず脳みそ兵士がいる。
 自分とは対称的に、凛々しくも、鱗と部下たちの先頭をきっと眺めているのであった。
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