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第七章 パピー一族
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「どうやったら元に戻れるの!?」
ヒカルの問いに、隣のパピーは答えなかった。腕を組み、頬を膨らませているだけ。
「ちょっと待ってくれ! 怒らせたのなら謝る! だから元の身体に戻してくれよ!」
依然、パピーからの返事はない。怒り心頭の彼は、ヒカルとは口を利いてやんないと心で固く誓ったらしい。
「ねえ、どうすればよいのさ!」
埒が開かず、今度はウインとカリンダに懇願する。
「どうしろって言われても……。パピーに変えられた人を戻すなんて、聞いたことがないよ。そもそも、パピーを怒らせてはいけないってことは常識なんだからさ」
どうしたものか、と、ウインは手で顔を覆った。
カリンダでさえ、いつもは無表情のくせに、同情の眼差しをおくってきやがる。
自分の両手は、まるで子犬のそれだ。肉球はないのだけれども、毛むくじゃらで、短い尖った爪が生えていた。
「コホン。誇り高きパピー一族の貴公へお尋ね申し上げまする」
ウインが右手を胸に当て、パピーに語りかけた。敬意を表す姿勢なのだろう。パピーもウインには聞く耳を持っているのか、同じポーズで続きを待った。
「私はウインと申す者。召喚士を生業とし、魔法も少々。日々、修行に励んでおります。さっそく私の連れがご無礼を働きましたが、この出会いも何かの縁。失礼を承知の上、貴公のお名前をお聞かせ願いますでしょうか?」
「うむ。この者には腹が立ったが、貴公の態度は気に入った。召喚士ウイン殿。わしの名はロンド・グレイン・エバーグレース。パピー王家三四代当主マルタの息子である。エバーと呼んでくれたまえ」
多謝――とウインは頭を下げた。
「エバー様。王家の方とはつゆ知らず、この者のご無礼を心より謝罪申し上げます。この者はヒカルという旅人でございます。……実は、少々難癖がございまして、記憶を失っております」
「記憶喪失とは、それは難儀だな」
「左様。ですから、この者が誇り高きパピー一族をそこいらの獣たちと同様に扱ってしまったことは、全て記憶がなかったため。そうだろ? ヒカル」
ヒカルはウインのウインクを見逃さなかった。
上手くやってみるという合図だ。どうにかしてみるさ、と。
「は、はい! 記憶があれば、き、貴公のことを子犬のように扱ったりしなかったです!」
慣れない言葉遣いに舌を噛みそうになりながらも、ヒカルも精一杯の謝罪の意を込めて深々と頭を下げた。手と同じ、自分の足も毛むくじゃらだ。
しかし、エバーの反応は芳しくなかった。
「子犬だと……?」
え? もしかしてやばい?
ウインの顔に、危険信号の色が再度点滅しはじめたのが分かった。
「子犬とはなんだ! わしの姿がそんなにちっぽけで弱そうに見えるだと? どれだけわしをバカにすれば気がすむのだ! 王家のわしに無礼を働いた罰を与える。お前は奴隷兵士の刑だ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「お前とはもう口を利かぬ!」
腕組をしたエバーは、ぷくりと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
完全に怒らせてしまった――。
ウインとカリンダはというと、キャラに似合わない大きな落胆のため息をついてみせた。
〇
パピーの王子であるエバーの怒りを買い、さらには傷の上に泥を塗ったヒカルは、パピー一族が暮らす小さな村の、小さな納屋の、これまた小さな牢屋の中に放り込まれていた。
「なあ、ウイン?」
「なんだい?」
牢屋の前で座るウインとカリンダは、それでも天井に頭が着きそうなくらいだ。
「なんとかならないかな?」
「何とかしようとして、結局君が台無しにしたんじゃないか」
「……そうだけどさ」
ウインのフォローは完璧だった。
エバーの怒りの剣は鞘に戻りつつあったのに、ヒカルが余計なことを言ったもんだから、怒りの剣はさらに切れ味を増してしまったのだ。
「俺が悪いのか……」
「君が悪いね」
ウインの隣に座るカリンダも、うんうん、と頷いている。
パピーの姿に変えられたヒカルが、湿った土の地面に尻を着く。短い手足に、毛むくじゃらの顔。
働かなくとも寝床を用意してもらい、ご飯もくれる。好きなときに寝て、好きなだけダラダラできる。
ヒカルだって、一度は犬になって楽がしたいと思ったことはある。だけど、いざこうして姿を変えられてしまうと、人間に戻りたいのと思うのはごく自然のことだった。
「子犬ってのがいけなかったのか」
「一つ、パピーはとってもプライドが高く、傷つきやすい。だから追いかけっこや、相撲を挑まれたときなんかは、必ず全力を出さなくてはいけない。パピーが少しでも『手を抜いてるな』と感じさせないために」
これはこのセカイの常識さ、とウインは指を一つ立てて言った。
「二つ、パピーにとっては『犬』は最大の侮辱の言葉なんだ。だから、今後一切その言葉は発しないこと。いいね?」
パピー姿のヒカルが、力なく頷く。
「そもそも、パピーは絶滅したのだと世間は思っていたんだ。ちょうど竜神様が現れたぐらいからね。僕たちが子供のときなんかは、町中でもよく見かけた種族なんだよ」
へえ。とヒカルが生返事をする。
そんなことはどうだって良い。パピーの生態など興味がない。あるのは、人間の姿に戻れるのかどうかだ。
「さて、元気とやる気のない君に、さらに二つのことを教えてあげよう」
そう言うと、ウインは左腕に巻いたアクセサリーを外し始めた。
「一つ、僕が知っている限り、パピーに変えられてしまった人間が、元の姿に戻った例は一つしかない。それも伝説みたいな噂話で信憑性は無いし、正直僕も信じていないのだけれど、元に戻った、という話は確かに存在する」
ウインの言葉に、ヒカルのパピーの耳がピクリと動いた。
「二つ、この格子は作り方がとても単純で、なおかつ小さい。鍵が無くても、人間である僕一人の力で簡単に開けられてしまう」
ヒカルの耳がまたしてもピクリと動いた。どうやら、パピーの耳は無意識に動くらしい。
「元に戻れる手を探そう。僕たちもこんなところでのんびりしてる暇はないんだから」
ウインが外した左腕のアクセサリー。彼はそのアクセサリーを握りしめ、小さく呟いた。
「起きろ。道化師リリー」
ヒカルの問いに、隣のパピーは答えなかった。腕を組み、頬を膨らませているだけ。
「ちょっと待ってくれ! 怒らせたのなら謝る! だから元の身体に戻してくれよ!」
依然、パピーからの返事はない。怒り心頭の彼は、ヒカルとは口を利いてやんないと心で固く誓ったらしい。
「ねえ、どうすればよいのさ!」
埒が開かず、今度はウインとカリンダに懇願する。
「どうしろって言われても……。パピーに変えられた人を戻すなんて、聞いたことがないよ。そもそも、パピーを怒らせてはいけないってことは常識なんだからさ」
どうしたものか、と、ウインは手で顔を覆った。
カリンダでさえ、いつもは無表情のくせに、同情の眼差しをおくってきやがる。
自分の両手は、まるで子犬のそれだ。肉球はないのだけれども、毛むくじゃらで、短い尖った爪が生えていた。
「コホン。誇り高きパピー一族の貴公へお尋ね申し上げまする」
ウインが右手を胸に当て、パピーに語りかけた。敬意を表す姿勢なのだろう。パピーもウインには聞く耳を持っているのか、同じポーズで続きを待った。
「私はウインと申す者。召喚士を生業とし、魔法も少々。日々、修行に励んでおります。さっそく私の連れがご無礼を働きましたが、この出会いも何かの縁。失礼を承知の上、貴公のお名前をお聞かせ願いますでしょうか?」
「うむ。この者には腹が立ったが、貴公の態度は気に入った。召喚士ウイン殿。わしの名はロンド・グレイン・エバーグレース。パピー王家三四代当主マルタの息子である。エバーと呼んでくれたまえ」
多謝――とウインは頭を下げた。
「エバー様。王家の方とはつゆ知らず、この者のご無礼を心より謝罪申し上げます。この者はヒカルという旅人でございます。……実は、少々難癖がございまして、記憶を失っております」
「記憶喪失とは、それは難儀だな」
「左様。ですから、この者が誇り高きパピー一族をそこいらの獣たちと同様に扱ってしまったことは、全て記憶がなかったため。そうだろ? ヒカル」
ヒカルはウインのウインクを見逃さなかった。
上手くやってみるという合図だ。どうにかしてみるさ、と。
「は、はい! 記憶があれば、き、貴公のことを子犬のように扱ったりしなかったです!」
慣れない言葉遣いに舌を噛みそうになりながらも、ヒカルも精一杯の謝罪の意を込めて深々と頭を下げた。手と同じ、自分の足も毛むくじゃらだ。
しかし、エバーの反応は芳しくなかった。
「子犬だと……?」
え? もしかしてやばい?
ウインの顔に、危険信号の色が再度点滅しはじめたのが分かった。
「子犬とはなんだ! わしの姿がそんなにちっぽけで弱そうに見えるだと? どれだけわしをバカにすれば気がすむのだ! 王家のわしに無礼を働いた罰を与える。お前は奴隷兵士の刑だ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「お前とはもう口を利かぬ!」
腕組をしたエバーは、ぷくりと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
完全に怒らせてしまった――。
ウインとカリンダはというと、キャラに似合わない大きな落胆のため息をついてみせた。
〇
パピーの王子であるエバーの怒りを買い、さらには傷の上に泥を塗ったヒカルは、パピー一族が暮らす小さな村の、小さな納屋の、これまた小さな牢屋の中に放り込まれていた。
「なあ、ウイン?」
「なんだい?」
牢屋の前で座るウインとカリンダは、それでも天井に頭が着きそうなくらいだ。
「なんとかならないかな?」
「何とかしようとして、結局君が台無しにしたんじゃないか」
「……そうだけどさ」
ウインのフォローは完璧だった。
エバーの怒りの剣は鞘に戻りつつあったのに、ヒカルが余計なことを言ったもんだから、怒りの剣はさらに切れ味を増してしまったのだ。
「俺が悪いのか……」
「君が悪いね」
ウインの隣に座るカリンダも、うんうん、と頷いている。
パピーの姿に変えられたヒカルが、湿った土の地面に尻を着く。短い手足に、毛むくじゃらの顔。
働かなくとも寝床を用意してもらい、ご飯もくれる。好きなときに寝て、好きなだけダラダラできる。
ヒカルだって、一度は犬になって楽がしたいと思ったことはある。だけど、いざこうして姿を変えられてしまうと、人間に戻りたいのと思うのはごく自然のことだった。
「子犬ってのがいけなかったのか」
「一つ、パピーはとってもプライドが高く、傷つきやすい。だから追いかけっこや、相撲を挑まれたときなんかは、必ず全力を出さなくてはいけない。パピーが少しでも『手を抜いてるな』と感じさせないために」
これはこのセカイの常識さ、とウインは指を一つ立てて言った。
「二つ、パピーにとっては『犬』は最大の侮辱の言葉なんだ。だから、今後一切その言葉は発しないこと。いいね?」
パピー姿のヒカルが、力なく頷く。
「そもそも、パピーは絶滅したのだと世間は思っていたんだ。ちょうど竜神様が現れたぐらいからね。僕たちが子供のときなんかは、町中でもよく見かけた種族なんだよ」
へえ。とヒカルが生返事をする。
そんなことはどうだって良い。パピーの生態など興味がない。あるのは、人間の姿に戻れるのかどうかだ。
「さて、元気とやる気のない君に、さらに二つのことを教えてあげよう」
そう言うと、ウインは左腕に巻いたアクセサリーを外し始めた。
「一つ、僕が知っている限り、パピーに変えられてしまった人間が、元の姿に戻った例は一つしかない。それも伝説みたいな噂話で信憑性は無いし、正直僕も信じていないのだけれど、元に戻った、という話は確かに存在する」
ウインの言葉に、ヒカルのパピーの耳がピクリと動いた。
「二つ、この格子は作り方がとても単純で、なおかつ小さい。鍵が無くても、人間である僕一人の力で簡単に開けられてしまう」
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