黄金竜のいるセカイ

にぎた

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第八章 サボテン岩の戦い

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 気絶したエバーが目を覚ますまで、さほど時間は掛からなかった。

「うう……」
「悪いことしたね」

 ヒカルが差し出した手を掴んで、エバーはゆっくりと起き上がる。

「イテテ……って、お前は!?」

 掴んでいた手の正体に気づいたエバーは、勢い良く振り払った。
 パピー姿のヒカル。姿を変える呪いをかけた、無礼な元人間のパピーの手だ。

「お前は……奴隷兵士に命じたはずなのに、なぜここにいる!」

 飛びかかりそうなエバーよりも先に、彼に飛びついたのは、ボルボルの少女と話していたカリンダであった。

「ヒカルを人間に戻して!」
「な!?」

 肩をがっしりと掴まれ、面を喰らったエバー。

「何を言う! 無礼なそいつを元の姿に戻すわけなかろう!」

 カリンダの力強い黄色い眼差しを振り払い、それでも飛びかかるエバーを制したのは、小さな小さなボルボルの少女であった。

「やめて!」
「ザラ……?」

 ヒカルの目の前に、ザラと呼ばれたボルボルの少女が立つ。両手をめいいっぱいに広げ、あたかもエバーから守ってくれてるかのように。

「このパピーさんは……悪いパピーさんじゃないの。エバーさんのお友だちで、竜神たまにつかえてるんだって」
「竜神……?」

 確かめるようにして、彼はカリンダの瞳をチラリと見た。
 黄色い瞳。きっと、エバーはカリンダの目の色で気がついたのだろう。

「けっ! 今の時代にも、竜神の使いなんかいるんだな」
「竜神様を侮辱するつもり?」
「竜神様、竜神様。これだから人間は時代遅れなのだ」

 明らかな挑発に、カリンダの白い顔がみるみる赤くなっていく。

 まずいな。このままじゃ、カリンダまで姿を変えられてしまう……。
 手遅れになる前に、と、ヒカルはボルボル少女の横に並んで、エバーと向き合った。

 目が合う。目線の高さが同じ。あらためて、自分は人間ではなくて、パピーになってしまったのだと実感した。

「俺たちは争いに来た訳じゃない」
「ふんっ、だったら何か? 止めにでも来たのか?」
「そうだよ」
「はぁ?」

 挑発的な顔が陰った。バカな言葉だと思って怯んだのか、それとも一縷の希望を見てくれたのか。

「この娘こから聞いたよ。ボルボルとパピーのことも。どうして君が追放されてしまったのかも」

 パピー一族とボルボル一族の関係。それは想像よりもずっと拗れた因果が隠されている。
 昔、パピーはこの土地――魔の鳥籠の中腹の、サボテン岩のある草原にやってきた。 
 元々はボルボルの住みかであったが、パピーは彼らの土地を「侵略」したのだ。

 だが、この昔のことを知る者は、年老いたパピーと、王族くらい。この地で生まれ、この地で育ったパピーは、隠蔽された真実を知らない。

「皆はエバー……さんを恐れたんだ。パピーの隠蔽したい歴史を知っているから」

――王族だからね。

「どうして、ボルボルの少女と仲良くなったの?」

 エバーは黙って聞いていた。隣のボルボルの少女は、エバーの顔色を伺っている様子。
 蝋燭が揺れると、エバーの顔にかかった影も揺れた。

「貴様らは……どうして我々パピーがこんなところで住んでいるのか知っているのか?」

 重く、鉛のような声が、ヒカルの心に沈んでいく。

「黄金竜が、我々の住み家を奪っていったのだ」

 黄金竜が、住み家を奪った。

 エバーは、黄金竜が牙を剥きはじめた頃、このセカイは大きな混沌に巻き込まれていった、という。

 竜保護派と竜討伐派――。
 それまで続いていた大陸戦争は終わったものの、争いは黄金竜の豹変によって、ただ姿を変えただけに過ぎなかったのだ。
 大国たちの皆は討伐派であるため、この争いはすぐに終わると思われていた。

「だけど、黄金竜は討伐派の国を集中的に狙いやがった」

 討伐派は黄金竜の襲撃もあって、保護派を一掃するための余力がなかったのだ。

「ならどうするのか? そう、兵力が足りなければ、補充すれば良い。大国たち保護派の連中は、人間同士の争いに、人間以外の連中を引っ張ってきたのだ」

 外が騒がしいのか。何か、巨大な物が倒れる大きな音が聞こえると、廊下の蝋燭が次々に消えていく。
 サボテン岩の中を風が抜けていった。

「はい」

 火の精霊であるボルボルの少女が、火を照らしてくれた。ヒカルは少女のその姿を見て、エバーの声よりも冷たくて重たい鉛の塊に、心を打たれた気持ちになった。

「分かっただろう? 我々がここに逃げてきた訳を」
「うん……」
「争いが好きな人間が、争いを止めるだと? 笑わせるな!

 激しい剣幕に、隣のボルボルの少女が、ぎゅっ、とヒカルの足を掴んだ。ほのかな温かさと一緒に、少女の恐怖心まで伝わってくる気がした。 

「でも、竜神様は!」
「カリンダ」

 良いんだよ、と、彼女の方を向くと、頬はまだ紅潮していた。黄金竜を崇拝する「保護派」の彼女だからこそ言い返したいこともあるのだろう。

「ザラちゃん……で良いんだよね」

 少女は上目遣いのまま、ゆっくりと頷く。

「おい、貴様」

 エバーの問いかけを無視して、隣のザラに向かってなるべく優しい笑顔で話しかける。

「ザラちゃんは、争いが嫌いだよね? 傷ついたり傷つけたり、ね」

 ザラは、今度は何度も大きく頷いて見せた。それが愛らしくて、ヒカルは思わず本当の笑みがこぼれる。

「今、外では争いが起きている。外だけじゃなく、このセカイ中のあちこちで。……ザラちゃんは、どうしたら、争いは終わると思う?」

 ザラは真ん丸な目で、じっと見つめてきた。幼いながらも、しっかり考えている目だ。

「ごめんなさいをしたら……良いと思う」

 的確な答えだ。

「そうだね」

 ありがとう――そう言うと、黙って聞いてくれていたエバーの横を通り過ぎて、ここまで来た暗い坂道を見つめた。

「行こう。カリンダ」
「どこいくの?」

 カリンダの声を背中で聞いて振り替える。

「争いを止めにいくんだよ」

 ザラが照らしてくれる淡い光が、周囲をユラユラと照らしてくれていたけれど、エバーの顔には影がかかっていた。

「ふん! 貴様がいまさら足掻いたとのろで、何になると言うのだ!」
「わかんない。でもやるだけやってみるよ」
「な……! そ、そもそも、貴様にかけた呪いを解くことは出来ないのだぞ! 私だけではなく、いかなるパピーであっても。せっかくここまで来たのに、残念だったな。ただの骨折れ損だ!」

 意地悪く言い放ったエバーであったが、言葉の矢はすり抜けていった。
 ヒカルは「そっか」とだけ言うと、さっさと坂を下っていく。少し遅れてから、カリンダは慌てて彼の後ろを追いかけた。

 残されたザラとエバーは、それ以上何も言うことはなく、ただただパピー姿のヒカルの背中を見つめることしか出来なかった。
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