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番外編 僕の居場所
01
しおりを挟む暗い暗い。ここは暗い。臭いし嫌い。
狭い場所から時折出られる眩しい場所も、明る過ぎて好きじゃない。
「ユウ! 散歩に行くぞ!」
元気な声にビクッとするとゆっくり立ち上がり、嫌な夢を追い払うように身体をブルブルと揺らすが上手く動けない。
「……お前、なんでそんなところで寝てたんだ?」
「ふふっ、きっと拗ねていたんだよ。瀬菜がおやつをあげなかったから」
よく見れば僕の身体はテレビラックと壁に挟まっていた。どおりで嫌な夢を見たわけだ。配線を器用にくぐり広い場所へ出ると、今度こそ身体を振り強張りを解く。
「散歩、行くだろ?」
さっきはちょっとした悪戯でご主人を怒らせてしまい、反省の意思表示にあんな狭い場所に居たのだ。けれどどうやら赦してもらえたらしい。
ご主人の明るい声に、僕は喜びの声をあげる。
「バウッ‼」
大きな声で『行くよ‼』と言い、尻尾を盛大に振り伝えると、リードを着けてもらえた。僕は偉いから行儀よくご主人の隣を歩く。そうすればいっぱい撫でてもらえるって知っているのだ。
「お前は本当に賢いね。それも俺に似たのかな?」
「自分で言うとは悲しいな、悠斗」
「瀬菜が言ってくれないからね。頼れる男だって、アピールしとかなきゃ」
「ははっ、誰にアピールしてるって?」
最近のご主人はよく笑う。それというのも、もうひとりのご主人、悠斗兄ちゃんと一緒になってからだ。悠斗兄ちゃんとは気が合うし、ご主人の次に好きだ。たまにご主人を独占されるけど、折角元気になったご主人には、ずっと笑っていてほしいから。ご主人の泣いている姿は綺麗だけど、やっぱり元気なほうがいい。
なぜもうひとりのご主人を『悠斗兄ちゃん』と呼んでいるのか。それには訳がある。
僕がご主人と出会う前から、悠斗兄ちゃんのことは知っていた。
◇ ◇ ◇
「いかがです? 少し成長してしまいましたが、とても賢い子ですよ?」
「いや、私は……ただ見ていただけで……」
抱っこされ、しばらくしたら飽きられて臭い中に戻される。目の前に居る人の反応に、今日はあと何回これの繰り返しなのだろうかとげんなりとする。狭い部屋から出され、バリッとした生地の腕に抱かれた。
ほかの子はよく甘え、愛嬌を振りまき数日後に居なくなる。新しい子も皆同じだ。僕だけがなぜかずっとここに居る。それは僕のせいなのだろうか。
「ちょっと今日はご機嫌ななめかなぁ~。いつもは元気いっぱいなんですよ!」
お姉さんが苦笑いで、僕の代わりに愛嬌を振りまいている。なぜそんなに必死なのだろう。
「ワクチンも済んでますし、血統書もちゃんと! あとですね今ならなんと! 表示価格から三割引き、それから餌代だけでお譲りできます! あとですね!」
その人は片手を上げ、お姉さんの口を止めると代わりに言った。
「確かに少し成長している……だが割引とは物悲しいね。大人しくて、いい毛並みだ。悠斗にも見習って欲しいものだ。お前もそう思わないか? ん? それとも私が間違っているのかね……」
その人はひとり言をしばらく呟き、お姉さんに俺を託した。それから数日後、僕は小さな小屋から本当の外へと連れて行かれた。
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