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第二部

第一章 来たモノ

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 さあ、どうする。

 バサルはとりあえずは少年が短剣をしまったことにほっとした。だが、気は抜かない。抜けない。

「アイル」

 アイルが小さな声ではいと答える。少し、泣き声だ。

「デュアを」
「いるわ」

 デュアを連れて行けと言おうとして、デュアに断られた。アイロが言っていたことを思い出す。

 デュアは子供を一人にさせなかっただろう。

 そうだなと思う。デュアは少年に何か話しかけようと必死に頭を巡らせている。

「……言葉はわかる?私が言っている事、わかる?」

 デュアが自分とは違う人種だとわかるだろうか。少年とは全く異なる肌の色の髪の色だ。

「俺の言うことは?わかるか?」

 デュアよりも、バサルの方が異国の民だと分かりやすいかもしれない。バサルは銀髪だ。少年が軽く頭を振る。なぜ、自分が言葉が分かるのだろうと言う顔か……それとも、分からないのか。
 すっと、バサルの横をアイロが抜けた。バサルが驚いてアイロを見る。デュアも驚いている。
 アイロは静かに歩き、少年の前に進むと、膝をついて顔を覗き込んだ。
 少年がぽかんとした顔をする。

「お腹、すいてませんか」

 一つ、一つ丁寧に言葉を切り、ゆっくりと話しかける。そして、身振りで自分の腹を押さえた。

「お腹、すいてませんか?」

 少年は、ようやくアイロが言っていることがわかったと言うように、小さく頷いて、慌てて大きく首を横に振った。

 ◇

 言葉は通じている。
 それは分かった。さて、次はどうする?
 いや、まずはこちらに敵意がない事を教えなければならない。いや、教えたら、まずい。教えるのではなく、普通に、迷子として……。

 迷子にどう接するんだ?

 考えてみたら、バサルは今まで迷子に会ったことがない。ん?と顎に手をかけ考える。

 どこにいるか分からなくなるから迷子。

「一人なの?」

 アイロがゆっくりと聞く。少年はもう一度、上を見てアイロを見た。そして、首を傾げる。

「連れがいたのか?」

 だいたい、後ろの荷車はなんだ?この少年が一人で動かせるものなのだろうか。少年は答えなかった。じっと険しい目でバサルを見ている。
 どうやら、少年はバサルを警戒しているらしい。やはり、バサル一人なら難しかっただろう。アイルが、もう一度、尋ねる。

「誰かと一緒?」

 今度は小さく頷いた。そして、何かを考えるようにして、指を三本立てた。

「三人?」

 今度は頷く。その仕草に、バサルがデュアを見る。……デュアがじっと少年を見る。
 話は分かる。言葉も分かる。……喋れないと言う事があるか?
 デュアがととととアイロの隣に駆けて行った。そして、アイロの横に立つ。デュアより背が少し高い程度だ。同じ年には見えないが……。

「私はデュア。こっちのお姉ちゃんはアイロ」
「アイロっていうの」
「お兄ちゃんのお名前は?」

 少年は二人をしばらく見比べて、バサルを見た。この男は……と言う顔をしていたので、名前を名乗る。

「バサル。バサル・アデランテ」

 変わった名前だと思ったのだろう。少し、考え込んでようやく口を開く。

「アラカワ」
「アラカワ?」

 バサルが聞き直す。少年の名前もきかない名前だ。

「アラカワっていうの?」
「いや……荒川 次門」
「アラカワジモン?それ、全部、名前?アラカワジモンって、呼んだらいい?」
「あ、ちょっと、待て」

 何かを思い出したように、考え込み、そして、もう一度、口を開く。

「ジモン・アラカワ……」

 名前がひっくりかえった。一体なんだ?とバサルがきょとんとすると、ジモンとやらは、バサルを見て首を傾げた。

「名前、バサルだろ?」
「あ、ああ」
「俺はジモン。ひっくり返すんだよな」
「名前を?」

 不思議な名前の呼び方だ。デュアがええと、と首を傾げる。

「本当は、アラカワ ジモンで、名前はジモンなのね?名字が先なの?」
「名字が後ろにくるんだろ?蘭学でそう聞いた」
「蘭学?」

 バサルが頭を掻く。
 なんだか。ややこしくなってきた。

 ◇

 取り合えず、もう一度、名前をいう。言葉が分かるというだけでほっとはする。

「俺はバサル。バサル・アデランテ」
「私は、デュア・シュセリ。ええと、あなた、ジモン風に言うと、シュセリ・デュア?」
「私はアイロです。向こうは姉のアイル」

 バサルがアイルを振り返り、こちらにと呼ぶ。アイルは刃物を向けられ怯えるだけ怯えている。

「アイル」
「こっちに来てもいい?それとも、駄目?」

 デュアが選択権をジモンという少年に渡す。ジモンが決めていいと、こちらには敵意がない事を示す。
 ジモンはバサルの肩越しにアイルを見て、少し困った顔をして小さく頷いた。
 ジモンも驚いただけだろう。だが、とバサルがジモンの腰にある見たこともない短刀を見る。細い筒に入っているが、よく切れそうな刃物だった。
 それを持ち慣れている。扱い慣れている。
 騎士か?
 アイロがアイルの側に行く。アイルがアイロにしがみつき、肩に顔を伏せる。アイルも怖かったのだろう。
 その姿を見て、ジモンが頭を掻いた。

「すまない。こちらも……何が何だかわからなくて」

 デュアがそれはそうよと頷く。

「私達もびっくりよ」

 それで、とデュアが首を傾げる。

「あんた、どこから来たの?」

 どこから来たのと聞かれ、ジモンはさらに困った顔をした。

 ◇

 困るだけ困っている。それはそうだ。だが、落ち着いているようにも見えるのはなぜだろうか。
 異国の民を見慣れている?それか、異国の民の存在を知っている。だが、バサルはジモンが着ている服に全く見覚えがない。変わった服装だ。
 それに、やはり剣に目が行く。
 切る事に特化している気がする。バサルの剣は刺すための物だ。使い方が違う気がする。

「お腹は?お腹は?お腹は空いてないの?」

 デュアが子供らしく無邪気に質問をぶつける。考えれば、デュアは八歳だ。一番、適役なのかもしれない。

「いや……腹は減ってない。朝、食ったばっかり」
「何、食べたの」
「いや、何って……コメと汁」

 ぴく、とバサルの耳が動いた。

「コメ?」
「……なんだよ」
「コメって、これぐらいの小さな白い粒のコメか?」

 バサルが指でこれくらいと小ささを表すと、なぜ、知っているんだというようにジモンが不審そうな顔で頷いた。

「パンじゃないの?」
「……パンじゃない」
「パンを知っているのか?」

 バサルはコメを知らなかった。だが、ジモンはコメもパンも知っているらしい。なら……と首を傾げる。
 もしかして、今回は近く……まあ、隣国ではないだろうが、探せるとしたら探せる国の人間なのだろうか。

「どこの国はわかるか?ええと、ここはオルゲニア国というんだが」

 今度はジモンが空を見て、おかしな声を上げた。頭を抱え、なんだそりゃと呻く。

「ジモン?どうしたの?国、分からない?」
「オランダ……じゃないのか?」
「オランダ?どこだそれ?その国なら、知っているのか?」
「……いや、知らないんだけどよ……ポルトガルとかでもないな?」

 デュアがバサルを振り返る。どうやら、ジモンは他国の事も知っているようだが、オランダという国も、ポルトガルという国もバサルは知らない。デュアも知らないらしい。

「悪いけど、違うわ」
「お前の国は?どこから来た?」

 ジモンは自分の口を押え、ちらりとバサルを見た。その目にはどうせ、分からないだろうけど……とある。

「日本という。ポルトガル語では……ジャポンだったか」
「二ホン?ジャポン?二つ名前があるの?」
「いや、あー……日本でいい」

 日本と言われても……さすがに分からない。デュアがなら、お隣の国は?と聞く。だが、ジモンはもっと困った顔をした。

「日本は島国だ。……隣の国なんてない。あー……海の向こうには清やら、なんやらがあるらしいが」

 ぽかんとなった。国が島国?国が島?

「島が……国なのか」

 まあ、そうだなとジモンが頭を掻いた。

 ◇

 皆で頭を抱える。やはり異国なのだ。バサルは島の国など聞いたことがない。いや、探せばあるのかもしれないが、どうやって探せばいいのか……見当もつかない。
 デュアも考え込んでいる。どうしたらいいのか。
 それに……。バサルがジモンと荷車を見た。

 どちらが、国益だと、国益になるモノだと神が判断した方なのか。
 ジモンか。荷車か。それとも……まさか、両方か?

 デュアに聞きたいが、ジモンの前できけるわけがない。それに、デュアもわからないはずだ。

 今から、探らなければならない。

「あのー」

 皆の後ろから声が掛かる。アイロが一人で立っていた。アイルがいない。どうやら、外に出たらしい。

「ここで、お話しててもなんですから……外、出ませんか?」

 外?と言われジモンがもう一度、天井を見上げる。

「ここは?いったい、なんだ?」
「うちの山よ。あんた、うちの裏にある山に落ちてきたの」

 まぁ、いろいろ省略したが、結局はそういうことになる。

「山ぁ?!山にどうやって、こんなに穴開けたんだ?」

 どうやってってな。

「雷が落ちたんだ。雷が落ちて、吹っ飛んだ」

 げえぇとおかしな声をジモンが上げる。でも、ずいぶん昔のことよ、真面目にデュアが言い、首を傾げた。

「ええと、あと二人、おばあさんとおじいさんがいるわ。今の所、それぐらいしかいないから、外、出ない?」
「ここは暗いですし、外の方が気持ちが良いですよ。どんな所か分かりますし」

 デュアとアイロが口を揃えて言うが、ジモンはしきりに後ろの荷車を気にしている。

「お前のか」
「……俺のじゃない。先生のだ」
「先生?」

 先生……。この少年の教師かなんかか。少年が困ったと腕を組み、荷車を睨む。

「そうとう丈夫な荷車なのね」
「ん?」
「あそこから落ちたんでしょう?よく壊れなかったわね」

 デュアが天井の穴を指す。まあ、そう言えば、このジモンもそこから落ちてきたはずだが、怪我らしきものも見えない。
 んー、と考えたジモンが荷車に近づくとごそごそと荷を漁りだしたが……。

「ん……」

 アイロが鼻を押さえた。デュアが一体何の匂い?とジモンに近づき、荷車を覗き込もうとする。

「なんか、匂うわ」
「なんです?これ……」
「魚だ。魚を干したの」
「これはこれは……」

 ふいに声がし、バサルが振り返る。ジモンも振り返ったが、デュアがおじいさんよと言うと、かすかに頭を下げた。ソロも軽く頭を下げるが、それよりもソロはその匂いの方が気になるらしい。

「干物じゃな」
「……ん」

 ジモンが頷き、ふぅと息を吐く。

「干物って?」
「干し肉みたいなのを魚で作るんじゃ。海が近い村では余った魚を干して保存食にする」
「……どうやって、食べますの?」
「焼く」

 ジモンが丈夫そうな縄を出してきた。どうするのかと思えば、それで荷車の車輪を縛ってしまう。

「何してんの?」
「……まあ、気休めにしかなんないけどな」

 なるほど、と感心する。車輪を固定してしまえば、切るかどうかしなければ、荷車自体動かせない。

「でも、荷物、どうするの?」
「……雨降るか?」
「雨?」

 そうかと皆で空を見る。ここ最近は乾季に入り雨雲を見てないが、もし、雨が降れば、荷物が濡れるだろう。

「濡れたら、困るモノか?」
「んー……」
「干した魚が、台無しになる」

 なぜか、ソロが慌てている。ああ、そうかとバサルも首を傾げる。わざわざ干してあるのを、濡らすわけにもいかないのか。

「多分、しばらくは雨は降らないと思うけど……」

 デュアがそれでも、とジモンを見た。

「気になるんなら、うちに運びましょうか?屋根はあるわよ」
「……ん」

 一度、外に出てから考えてもいいんじゃないかとバサルが先に歩き出す。いつのまにかアイロがいなくなっている。干物の匂いに負けたらしい。
 後ろからデュアとジモンとソロが並んで歩いてくる。

「ここらへんうちしかないから、そうそう人来ないし」
「あの荷物、全部、干物か?なら少し、分けてもらえたら」
「ソロ!」

 さすがに驚いたようにデュアが言い、ジモンもきょとんとする。

「ソロ殿は海の出か?」
「ソロでもよい、じいさんでも構わん」

 ソロ殿……目上の人に対する口の利き方も知っている。車輪を縄で縛るという機転もきく。

 いや、それよりも。

 外が見えてきて、バサルが目を細める。日差しが強くなっている。

 攫われてきたはずなのに……ひどく落ち着いているのは、なぜだ。

「うおっ?!」

 いきなりジモンの驚いた声が後ろでした。どうしたと振り返ると、マヌーサがいた。
 え?となる。知らないうちにマヌーサを追い越したか?いや、奥にいたのに気が付かなかっただろうか。

「おばあさんよ」
「マヌーサで結構」

 デュアが紹介したのに、なぜか、マヌーサがジモンの服の袖を握りしめている。デュアがどうしたの?と聞きかけて分かったという顔をした。

「ジモン、あんた……どこから落ちたの」
「……山」

 バサルがえ?とジモンを見る。

「本当に、山から落ちたのか?」
「……どうやって、落ちるんだよ」
「ここじゃない山?」
「……多分な」
「とにかく!」

 珍しく、マヌーサが怒鳴り、とん!と杖を突く。

「まず、湯殿に行ってもらいます」
「……湯殿?風呂?」
「知っているのか」
「……んー」

 バサルが戻り、ジモンの横に立ち気が付いた。なるほど、と軽く顔を顰める。

「お前、少し、匂う」

 それに暗い場所にいたから気が付かなかったが、明るい場所で見れば、体半身泥だらけだ。

「山で落ちたのか」

 おそらく、もといた場所……日本とやらでも、山から落ちたのだろう。そのまま、こちらに落ちた。

「んー……雨でぬかるんでいたからなあぁ」
「足もすごいわね」

 何やら見慣れない物を履いていた。編み上げではあるみたいだが……藁か?藁を編んだものでできているらしい。これで、山道を歩いてたのか?

「とにかく!」

 マヌーサが、ジモンがうんと言わない限り、ここから出さない!という勢いで怒鳴る。ジモンが、このばあちゃん、なんだ?という顔をする。

「……すごい、綺麗好きなんだ」
「そうよ。ここに来たら、まず、水浴びからなんだから」
「えー」

 本当かという顔で見上げられ、バサルが真面目に頷く。

「俺は池に蹴り落された」
「げえ……」

 本当かよ……と言う顔で、天を仰ぎ、やだなぁと言う顔をした。

 ◇

 一緒に付いてこようとしたデュアを軽く睨んで追い払う。バサルはジモンとあの池に向かう。

「……すごいとこだな」

 ジモンは何か信じられない物を見るかのような目で神殿を見上げている。

「神殿なんて、どこもこんなものじゃないか?」

 まぁ、規模は違うが、だいたい白亜の建物だ。だが、ジモンが首を横に振る。

「俺の所は、木で家を建てる。壁は漆喰。土を混ぜた物だ」
「……レンガか?」
「いや、違う。泥を乾燥させる。こんなに大きな石……どこから運んだんだ?ここ、山の上だろう?」
「……さあ。ここはもう古い。この国ができたのと同じぐらいだ」
「どれくらいだ?」
「……六百ぐらいだと聞いている」
「それは……すごいな」

 ジモンが手を伸ばして壁に触れようとして、その手首を杖で叩かれる。

「触るんじゃない」
「……マヌーサ」

 いて、と慌てて手をひっこめたジモンが、このばあさん、こえぇと肩を竦める。マヌーサはこれ以上神殿を汚されてたまるかという顔だ。

「綺麗になれば、マヌーサもそう、噛みつかないさ」
「俺は風呂があまり好きじゃないんだ」
「へぇ」

 ぶすっとしたジモンに、なんとなくだろうなという気がする。泥が云々というより、髪もぼさぼさでまとまりがない。元から風呂か水浴びをする習慣がない国なのかもしれない。漆黒の髪だろうにもったいない。

「ここだ」
「……ここ?」

 バサルが池を指すと、は?という顔をジモンがした。まあ、そうだろうなとバサルも思う。

「浅く見えるが、深い。ここが湯殿の抜け道で、潜れば分かる」

 潜る、とバサルが口にした瞬間、ジモンが両手を上げた。

「どうした」
「俺、駄目だ。泳げない」

 マヌーサが目をひん剥いた。

 ◇

 まぁ、泳げないなら仕方がない。湯殿に運んでいたはずの着替えをこちらに持ってきてもらう。

「湯浴みの習慣がないのか?」
「ないわけじゃないが、なんで、湯浴みすんのに潜るんだよ」
「ここが入り口だから、仕方がないだろう」
「じゃあ、体はどこで洗うんだ」
「あ」

 なるほど、とバサルが頷く。そして、まあ、脱げと服を指さした。いやそうな顔をしながらも、ジモンが変わった造りの服を脱ぐ。
 やはり、上は巻いて身につける物らしい。だが、下は?ズボンみたいだが……。

「それはなんだ」

 ジモンが薄汚れた布を腰に巻き付けているのを見て、バサルが聞いた。ジモンが嫌そうな顔で「褌だよ」と答える。下履きみたいなものかとへえと思いながら、それは脱がなくていいというと、もっといやそうな顔をした。

「まぁ、見とけ」

 バサルがジモンが着ていた上着を池に入れ、軽く揉む。
 当たり前だが、泥が湯の中に広がり、水が濁る。ジモンもだろうよと言う顔で池を眺めていたが。

「ん?」

 しばらくすると、水が澄み始めたことに気が付いたらしい。え?という顔で池を覗き込み、バサルがすすいだ上着を見る。

「な」
「は?」

 まあ、そんな反応だろう。上着も綺麗な物に変わったが……バサルがこれは変わった柄だと手にしていた服を見る。こちらでは見ない柄だ。ジモンは、慌てて自分で今度はズボンを池につけて、ばしゃばしゃと洗っている。

「おおおっ?!」

 ぎゅっと絞り、ぱんと広げて、目を丸くする。乾き始めていた泥が綺麗に落ちている。いや、その他の汚れも綺麗に落ちたようだ。

「な。ここではここに入るだけで、綺麗になる」
「……すげぇな」
「ん」

 だから、入れと言うと、やや緊張した面持ちだったが、うーんと言う顔で、そろそろと足を付けた。温かいのは先程、服を洗った時に気が付いただろう。
 そろそろと、足を入れ……足を入れ……。

「おい」
「なんだ」
「……どうなっている」

 必死に石にしがみつき、どうかしようとしているが、そうかとバサルも気が付く。
 泳げないんんじゃ、足が付かないところでは手も離せないか。

「そのままじっとしてろ」

 池を回り込み、ジモンの後ろに回る。顔はつけられるか?と聞くが早いか、ぱしゃんと音がした。潜れないが、顔は洗えるらしい。頭をこちらにと言い、どうにかこうにか仰け反らせる。しにくいと思いながらも、長めの髪を湯の中ですすぐと、やはり一度、湯が濁り、その後綺麗になる。

「そうとう汚れてたな」

 泥が付いていただけとは思えない。本当に、風呂が嫌いなのか……いや。

「怪我はないか」
「ん?」
「山を落ちたと言っていただろう」

 ああ、と何気に、ジモンが手を見ようとして石を放した。ばかっ!と思った時には、片手が滑り池に沈む。慌てて、腕を掴み引き上げると、何をどう驚けばいいのかという顔でバサルを見た。

「あ?あ、こ、ここ、んあだ?」

 池の仮の底を抜けたのだろう。仮の底を抜ければ、この池は深い。

「何って、まじないだ」
「……まじない?」

 ジモンが不思議そうに底を見て、自分が底から半分だけ生えていることにようやく気がつき、おかしな声を上げ、もう一度、池に沈みかけた。

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