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3.見習ジャーナリストの妄想レポート
3-2 窮地での出会い
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レンガづくりの建物が見えてきて、灯りがついているのも確認できた。あの位置なら、政治部だろうか。話もしやすい。
やった、待っててエリシオ。
心の中で拍手を送りたいが、まだ油断は出来ない。
車寄せもある立派な正面玄関は真っ暗だ、当たり前のように施錠されているだろう。
裏の通用口なら、と振り返った。
その時だった。
石畳を叩く、蹄鉄の音と車輪の音が近づいてくるのに気づいた。
政治部の明かりと見比べて、一瞬の判断。
この判断を誤るわけにはいかない。
エリシオがあぶない。
彼を助けられる人を呼ばなければいけない。
でも、一体なんでこんなことに。
彼の異動話が出てから、ロクでもないことばかりだ。
いきなり父から婚約が消滅したことを告げられ、取材先として出向いてしまっても、声もかけられない。
競馬予想のスタンスを変えても、当たりもしない。
エリシオを後輩として迎えようと、決意を固めたら、オリバーがやってきて、やっぱりエリシオが予想通りゴタゴタを引き落としていて、さらには夜道で襲われる。
彼に関わるとロクでもないことが起きる。
でも、彼がいなくなったらと考えたくはなかった。
これまで顔を突き合わせてこなかったが、それは同じ会社で働いていることを知っているからだ。
一緒に、手を引かれて逃げ回るなんて、そんなことが考えもしなかった。
理屈ではわかっていた……それにしたってここまでのことがおきなくても。
本当に困った我が家の居候。
それでも、彼に無事でいてほしいと掛け値なしの気持ちが、頭より早く、身体を動かしていた。
エルは二頭立ての馬車に向かって駆け出した。
エルの眼に映るのは、後部座席の豪華な意匠。かなり身分の高い人であることは間違いない。
彼が命を張っているなら、わたしもぬくぬくしていられないと意気込むも、ムキになる自分に自嘲する。ヤケクソの笑顔。
競走馬より一回り脚の太い貨車運搬用の馬が、目の前に飛び出した若い女の姿に驚いて、前脚をかかげて立ちあがる。
御者は慌てて手綱をさばく。
急ブレーキをかけられた馬車があらぬ方向に進路を向ける。
冷静なもう一頭の馬が持ち直して、なんとか馬車は停車する。
「あぶねえぞ!」
御者の若い男が叫んだ。
「ごめんなさい!」
エルも反射的に叫んだ。
叫びながら、状況が変わることを瞬時に理解した。
この馬車は!
黒塗りで高級感あふれる車体。
紋章は……!
睨んだ通りの特ダネだ。
エルは決意するように一呼吸して、御者を無視して、馬車の後部座席のドアを開けた。
「ご無礼を承知で申し上げます」
暗い車内に二組の眼が珍客を捉えてきた。
「助けてください、わたしはフローラ=ブランドフォード!」
ブランドフォード家のものです、この先で家の者が襲われています!
帝都の夜を荒らす大悪党に裁きを!
エルは声の限りでまくしたてる。
一番嫌いな名前に全力でかじりつく。
これが通用しないなら、わたしにできることは他にないとばかりに。
スラスラ言えた自分がえらいと自身にいい聞かせる。
一息に言い切ったあと、一瞬訪れる静寂。
答えが返ってくるまでの恐怖の緊張。
長い。
心臓の鼓動が静寂に響いているようにも感じられた一瞬。
静寂が気持ちを急に冷やす。
無礼者として手打ちになる最悪のパターンか、判断を誤ったか、と涙が溢れる。
賭け事はどちらかというと得意ではないと白状したかった。
今だけでいいから、家の威光が通じて、と再度願う。
「大丈夫よ」
若い女の穏やかな声。
「私たちに任せて」
暗がりの車中が急に明るくなった。
気持ちの面だけではない。
ろうそくの炎のような灯り……ではなくて、指先にともった炎。
それがランプでもなく、指先からほとばしる炎とは考えもしなかった。
炎のゆらめきがお互いの表情を照らす。
腰まで伸びた豊かな赤い髪の女が笑顔で手を差し伸べてきた。
切れ長の目で目鼻の形、位置、それぞれがどうしてそこにそなわっているか不思議なくらい完璧な位置関係で彫像のようにバランスの整った美しいという形容詞しか似合わない女がそこにいた。
エルの手をとって、案内して、という。
もう大丈夫だから。と手を握りしめて。
そして、赤い髪の女の後ろには表情を変えない小柄な青い髪、青い瞳の……まだ少女ともいえそうな若い女がいた。
「あの、女性二人とは知らず、その、相手はおっかない男たちです、申し訳ありません……!」
しどろもどろになりながら、エルは入ってくる場所を間違えたとばかりに言いつくろう。
「大丈夫だって。悪い人が出たんでしょう。私たちで成敗してみせるわ」
赤い髪の女はエルを安心させたいのか、微笑んでくれる。手元にあるサーベルを見せつけて。
奥にいる青い髪の少女は大きな剣を抱いていた。
腕に自信がある、というのか。
わからないことは多いがあまりに自然に大丈夫という言葉を使う二人の自信を鵜呑みにするしかない。
どこ?
場所を問われて、噴水広場です、と答えるも、横でわからないと御者は言う。
ここに住む身として、知らないはずがなかった。とんだ田舎者か、世間知らずか。
だが今はそんなことは気にしていられない。
指で示して、順路を説明する。
わからないはずないでしょ!
これからそこに行こうって話だったじゃない!
助け舟のように後ろからヤジが飛んできて、御者は頭を掻いた。
青い髪の女が御者のところに顔を出してきて、睨みを利かす。
月明かりに照らされたその青い髪と瞳にエルの目は奪われた。
ロイヤルブルー……?
そんなわけないよね、という思い半分。
そうであればいいのに、という気持ち半分。
帝国皇室を表現する青の異名を口にした。
もしかしたら、とんだダークホースを引き当てたか。
御者は場所に納得したのか、馬に鞭をくれてやり、現場へ急行することになった。
大事な人が襲われているんです!
急いでください!
つい御者相手に荒っぽく口走ってしまい、慌てて口をつぐんだ。
ロイヤルブルーを運ぶ御者になんて口を、と自分自身を咎める。内容については考えないことにした。そんなんじゃないと自分自身に言いわけしながら。
あっという間に、噴水広場が見えて来た。
思わず、車体から身を乗り出してエリシオの長身を探した。
やった、待っててエリシオ。
心の中で拍手を送りたいが、まだ油断は出来ない。
車寄せもある立派な正面玄関は真っ暗だ、当たり前のように施錠されているだろう。
裏の通用口なら、と振り返った。
その時だった。
石畳を叩く、蹄鉄の音と車輪の音が近づいてくるのに気づいた。
政治部の明かりと見比べて、一瞬の判断。
この判断を誤るわけにはいかない。
エリシオがあぶない。
彼を助けられる人を呼ばなければいけない。
でも、一体なんでこんなことに。
彼の異動話が出てから、ロクでもないことばかりだ。
いきなり父から婚約が消滅したことを告げられ、取材先として出向いてしまっても、声もかけられない。
競馬予想のスタンスを変えても、当たりもしない。
エリシオを後輩として迎えようと、決意を固めたら、オリバーがやってきて、やっぱりエリシオが予想通りゴタゴタを引き落としていて、さらには夜道で襲われる。
彼に関わるとロクでもないことが起きる。
でも、彼がいなくなったらと考えたくはなかった。
これまで顔を突き合わせてこなかったが、それは同じ会社で働いていることを知っているからだ。
一緒に、手を引かれて逃げ回るなんて、そんなことが考えもしなかった。
理屈ではわかっていた……それにしたってここまでのことがおきなくても。
本当に困った我が家の居候。
それでも、彼に無事でいてほしいと掛け値なしの気持ちが、頭より早く、身体を動かしていた。
エルは二頭立ての馬車に向かって駆け出した。
エルの眼に映るのは、後部座席の豪華な意匠。かなり身分の高い人であることは間違いない。
彼が命を張っているなら、わたしもぬくぬくしていられないと意気込むも、ムキになる自分に自嘲する。ヤケクソの笑顔。
競走馬より一回り脚の太い貨車運搬用の馬が、目の前に飛び出した若い女の姿に驚いて、前脚をかかげて立ちあがる。
御者は慌てて手綱をさばく。
急ブレーキをかけられた馬車があらぬ方向に進路を向ける。
冷静なもう一頭の馬が持ち直して、なんとか馬車は停車する。
「あぶねえぞ!」
御者の若い男が叫んだ。
「ごめんなさい!」
エルも反射的に叫んだ。
叫びながら、状況が変わることを瞬時に理解した。
この馬車は!
黒塗りで高級感あふれる車体。
紋章は……!
睨んだ通りの特ダネだ。
エルは決意するように一呼吸して、御者を無視して、馬車の後部座席のドアを開けた。
「ご無礼を承知で申し上げます」
暗い車内に二組の眼が珍客を捉えてきた。
「助けてください、わたしはフローラ=ブランドフォード!」
ブランドフォード家のものです、この先で家の者が襲われています!
帝都の夜を荒らす大悪党に裁きを!
エルは声の限りでまくしたてる。
一番嫌いな名前に全力でかじりつく。
これが通用しないなら、わたしにできることは他にないとばかりに。
スラスラ言えた自分がえらいと自身にいい聞かせる。
一息に言い切ったあと、一瞬訪れる静寂。
答えが返ってくるまでの恐怖の緊張。
長い。
心臓の鼓動が静寂に響いているようにも感じられた一瞬。
静寂が気持ちを急に冷やす。
無礼者として手打ちになる最悪のパターンか、判断を誤ったか、と涙が溢れる。
賭け事はどちらかというと得意ではないと白状したかった。
今だけでいいから、家の威光が通じて、と再度願う。
「大丈夫よ」
若い女の穏やかな声。
「私たちに任せて」
暗がりの車中が急に明るくなった。
気持ちの面だけではない。
ろうそくの炎のような灯り……ではなくて、指先にともった炎。
それがランプでもなく、指先からほとばしる炎とは考えもしなかった。
炎のゆらめきがお互いの表情を照らす。
腰まで伸びた豊かな赤い髪の女が笑顔で手を差し伸べてきた。
切れ長の目で目鼻の形、位置、それぞれがどうしてそこにそなわっているか不思議なくらい完璧な位置関係で彫像のようにバランスの整った美しいという形容詞しか似合わない女がそこにいた。
エルの手をとって、案内して、という。
もう大丈夫だから。と手を握りしめて。
そして、赤い髪の女の後ろには表情を変えない小柄な青い髪、青い瞳の……まだ少女ともいえそうな若い女がいた。
「あの、女性二人とは知らず、その、相手はおっかない男たちです、申し訳ありません……!」
しどろもどろになりながら、エルは入ってくる場所を間違えたとばかりに言いつくろう。
「大丈夫だって。悪い人が出たんでしょう。私たちで成敗してみせるわ」
赤い髪の女はエルを安心させたいのか、微笑んでくれる。手元にあるサーベルを見せつけて。
奥にいる青い髪の少女は大きな剣を抱いていた。
腕に自信がある、というのか。
わからないことは多いがあまりに自然に大丈夫という言葉を使う二人の自信を鵜呑みにするしかない。
どこ?
場所を問われて、噴水広場です、と答えるも、横でわからないと御者は言う。
ここに住む身として、知らないはずがなかった。とんだ田舎者か、世間知らずか。
だが今はそんなことは気にしていられない。
指で示して、順路を説明する。
わからないはずないでしょ!
これからそこに行こうって話だったじゃない!
助け舟のように後ろからヤジが飛んできて、御者は頭を掻いた。
青い髪の女が御者のところに顔を出してきて、睨みを利かす。
月明かりに照らされたその青い髪と瞳にエルの目は奪われた。
ロイヤルブルー……?
そんなわけないよね、という思い半分。
そうであればいいのに、という気持ち半分。
帝国皇室を表現する青の異名を口にした。
もしかしたら、とんだダークホースを引き当てたか。
御者は場所に納得したのか、馬に鞭をくれてやり、現場へ急行することになった。
大事な人が襲われているんです!
急いでください!
つい御者相手に荒っぽく口走ってしまい、慌てて口をつぐんだ。
ロイヤルブルーを運ぶ御者になんて口を、と自分自身を咎める。内容については考えないことにした。そんなんじゃないと自分自身に言いわけしながら。
あっという間に、噴水広場が見えて来た。
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