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しおりを挟む「ルーシー!!」
椅子が倒れる大きな音と共に膝から崩れ落ちた彼女の顔は真っ白だった。ベッドから飛び降りて彼女に触れると雪の様に冷たく反応が無い。メイソンに視線を向けると、ベッドで休ませる様に言われた。
「ルーシーが倒れたのは、恐らく睡眠不足だ。両親が亡くなってから妹が夜泣きすると言っていたからな」
「夜泣き……寂しさからか」
「だろうな。さっきの話は兄妹は知らねぇ」
自分が彼女を取り敢えずベッドに寝かせると、メイソンは通信機で誰かに連絡していた。高い魔力も貴族の血筋と聞けば納得だ。一般市民であれ程の魔力の者は滅多にいないからな。
「院長、またルーシーが倒れた。今、団長の病室だ……あぁ、分かった。ベッドに寝かせたから大丈夫だ」
メイソンの慣れた対応と『また』の一言に違和感を覚える。『また』と言うほど何度も倒れているのか……身体強化して走って帰る程、魔力があるのに?
「はぁ……お前が見た銀色って、コイツじゃなかったか?」
そう言いながら差し出した一枚の紙を受け取り確認すると、銀髪・銀眼に銀色の天に向かって生える二本の角を持ち、人の様に二本足で立つ生き物の姿があった。人形の魔物がいるのか?……いや、聞いた事は無いな。銀色の……似ているかもしれないし、違うかもしれない。はっきりと言えんなぁ……それにしてもコイツは……なんだ?近いのはオーガ?いや、オーガは赤黒い肌に黒い体毛。何より前屈みの様な立ち姿だから……
「……オーガの亜種か?」
「いや、元人間だ。魔物を自分の中に取り込んでギルドを追放されたお尋ね者だ」
メイソンから別の紙を差し出され視線だけ向けると、同じ銀髪に銀眼の青年の姿があった。普通の好青年の様に見える……確か、二年前に追放されたハンターだったな。理由は仲間を殺そうとしたと聞いて、穏やかな表情の青年に何があったと驚いた覚えがある。
「この銀色の怪物がギルドを追放されたハンターと関係があるのか?」
「あぁ、陛下が知っているかは分からん。コイツは、ある日を境に狂った。追放されて一年後くらいか……姿を現した時には、この姿だった」
メイソンの言葉を聞いて改めて最初に渡された紙に視線を向ける。言われなければ同じ人物だとは到底気付かないほど掛け離れた容姿。人とは違いボコボコした肌に鋭く伸びた爪、以前と変わらないのは銀髪と銀眼ぐらいだ。
「これが同一人物だと、よく分かったな。見た目では気付かんだろう?」
「ルーシーだ」
「は?」
「ルーシはコイツと組んでハンターをしていた時期がある。彼女はコイツと魔力が同じだと言ったが、正直な話、俺には分からん」
魔力が同じだと言われても信じ難い姿に視線を外せずにいると、廊下を誰かが走って来る音が響いた。
「来たか院長」
「はぁ、はぁ……ルーシーは?」
メイソンが顎でシャクって彼女を指せば、院長はホッとした表情を浮かべながら彼女に触れた。魔力が広がり彼女を包むその光景を見ながら、何も出来ない自分に何故か歯痒さを感じる。
「ルーシーの容態は?」
「何時もの過労と寝不足じゃ。後で飲み薬を届けさせる。すまんが団長殿、別の部屋で休んでくれんか?」
「……いや、彼女と話がしたい。このまま待たせてくれ」
話がしたいと言うと二人から怪訝な表情をされた。それもそうか。数日前に知り合ったばかりの男が何を話すって事だよな。
「陛下に頼まれた。ご両親の事故に不審点があるそうだ」
「さっきも言ってたな。どう言う事か説明しろ」
「陛下に事故の報告が無い。その上、彼女は慰謝料等を受け取っていないと言ったそうだ」
メイソンに陛下から聞いた話をかい摘まんで話すと、院長が深いため息の後で重い口を開いた。
「両親の葬儀の時、貴族の使者とやらが来たが謝罪だけして帰ったんじゃ」
「その後の連絡は?」
「儂がルーシー達の後見人じゃが、こっちに連絡は無いし貴族の名前も分からん」
「……逃げたか……」
名乗らずに逃げて知らぬ存ぜぬを貫くつもりか?事故現場の担当騎士にも話を聞くしか無いな。事故現場の場所や日時の確認と……
「ルーシーは事故の相手を見てはおらん」
頭の中で何をするべきか考えていた自分に掛けられた言葉に、思考を止めて顔を上げた。そこには眉間皺を寄せ苦し気な院長が彼女を見詰めていた。
「兄妹を守る為だけに生きるこの子に負担を掛けんで欲しい」
言葉を切った院長は先程までとは別人の様な強い視線を自分に向けた。
「ルーシーは……」
「院長……私が何?」
部屋にいた三人の視線が一斉にベッドへ向く。そこには欠伸をしながら起き上がる彼女がいた。
「毎度、迷惑掛けてごめんなさい。もう回復したわ」
『回復した』と言い切った彼女の顔色は元に戻り、気だるげだが髪を掻き上げ普通にベッドから降りた。嘘だろう?そんな簡単には……
「魔力を体内に巡らせて回復したから問題ないわ。団長さんも魔力が多いみたいだし出来るわよ」
「は?……そんな話は初めて聞いたが……」
「あまり知られていないらしいわ。私も人伝いに聞いた話だから詳しくは知らないのよ」
そう言って苦笑いした彼女は背伸びをすると、自分の目の前で院長からの説教が始まった。彼女の回復ぶりに思考が追い付かない。は?人伝いで聞いただけで出来るものなのか?いや……そんな簡単な話なら、もっと広く伝わっているだろう……彼女は何者なんだ?
「それで?私がどうしたの?」
「ルーシー、お前は休まんか!」
「分かった、分かりました。話が終わったら仮眠するから院長も落ち着いて頂戴」
仮眠すると聞いてやっと院長が納得したらしく頷いている。その横でメイソンが紙を見ながら何か考えていた。
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