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ルーシーが部屋を出た後、閉じたドアの前に座り込んでしまった。はぁ……いい歳して俺は何をやっているんだ。しかも十以上歳下を相手に……危なかった。あの時、マーシャが声をかけなかったら俺は……
考えれば考えるほど自己嫌悪に陥る思考を振り払い立ち上がると、もう一度、事故報告書に目を向けた。全て記入されないと受理されないはずの書類の空白。最後に書いてある四人の中の一人に覚えがあった。
「こいつは俺に剣を向けた元護衛……最重要人物として尾行をつけるか」
この後の予定を考えながら騎士団に繋がる通信機のボタンを押すと数秒で相手に繋がった。
「夜分にすまない」
『団長、お疲れ様です。こんな時間に連絡とは珍しいですね』
「緊急で監視して欲しい人物がいるんだ。例の陛下から頼まれた件絡みだ」
陛下の名前が出た途端、機械越しからも緊張が伝わる。そうだ、今のは任務に集中しなければならない。失敗は許されない。
「監視対象は元王子の護衛、ジェット」
『なるほど、団長の件以外にも罪を犯していたのですか』
「あぁ、事故の調書がほぼ白紙だが受理されて完了している」
『それはあり得ないのでは?』
「そのあり得ない事態が起きている。書類の最後には四人のサインがあるから明日、全員に聴取する必要があるな」
書類のサインを指で叩きながら四人の名前を読んでいると、退職者がいる事に気が付いてそれも伝えた。辞めているのは逃げたか消されたか。逃げたなら良いんだが後者なら厄介だな。
『分かりました。顔の割れてないメンバーを向かわせます』
「頼む。それと明日の朝から陛下への報告も兼ねて登城するから少しでも情報が欲しい」
『もう登城して大丈夫なんですか?』
「あぁ、ちょっと変わった回復方法を試したがかなり効いた。本人の許可が出れば団でも試したい所だ」
『それは楽しみです。では明日』
「あぁ、面倒を掛けるが宜しく」
通信機の向こうでサージスが笑った気がしたが、そのまま通信を終了させた。調書の書類とは別のルーシーが書いた事故状況を再度確認すると不審点が幾つもあった。
治療院の帰り道。
見通しの良い直線の道路。
そして、歩道を歩いていた彼らに脇道から真っ直ぐに突っ込んできた魔道馬車。明確な殺意を感じる状況に、ルーシー達が今まで無事に過ごせた事が奇跡の様に感じた。
「さて、このギーとは誰の事やら」
魔道馬車の御者として書かれている名前。ある程度の魔力が無いと操作が出来ない馬車を、市民が御者として乗っていたとは考えにくい。貴族の奉公の者か、関係者か。先の見通しが立った様に見えるが、全容は何も見えてこない。この事故は偶然なのか故意なのか、それすら分からない状況に深いため息を吐き出すと明日に備えて就寝する事にした。
翌朝、日の出と共に目が覚める。まだ、僅かに白む空の見ながら頭の中で今日の予定を並べた。
登城して直ぐに陛下への謁見の申請と情報の受け取り。後は怪我の報告書に、決済の書類も溜まっているだろうな。テリーの訓練もあるから持ち帰り出来るものは夜にやるか。
部屋に備え付けの水道で顔を洗い久しぶりに団長の制服に袖を通す。近衛兵とは違いシンプルなデザインの濃紺の軍服に黒い髪。遠目からでも分かる黒い姿は城内では恐怖の対象にされている。面倒な元王子は昨日、辺境伯の元へ送られたと聞いた。さて、威を借る者がいなくなったジェットはどう出るか楽しみだ。
『おい!起きてるか!』
支度が済んだとほぼ同時に通信機がなり、ボタンを押せばメイソンの大声が響いた。朝から騒がしいな。
「朝から煩いぞメイソン」
『緊急だ。治療院で暴れているハンターがいる。このままじゃ怪我人が出るぞ』
「一体、何があった」
『ベアーってハンターが暴れているんだよ。こっちからも行っているが人手が足らねぇ。俺も行くがマジでヤバい』
「分かった。俺も直ぐに向かう」
熊の様にデカイからベアーって呼ばれているんだったな。まぁ、訓練量が少なかったし、久しぶりに肩慣らしするか。
そんな事を考えながら玄関に進むと、軽装のルーシーと出くわした。気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのは彼女だった。
「こんな朝早くから仕事なの?」
「あぁ、休みの間に書類が溜まっているから、早く行くことにしたんだ」
「朝食は?」
ルーシーに言われるまで食事の事を忘れていた俺は返事が遅れた。すると彼女の眉がピクリと動き怒りも露に睨み付けてきた。
「魔力を巡らせても貧血は回復しないわ。食事は体を治す為に重要な物よ!」
ちょっと待つ様に言われ姿を消した彼女が、二分程で戻って来ると突き出した手に小さな包みがあった。
「……これは?」
「朝食用に準備したサンドイッチよ。これなら片手で食べられるでしょう」
驚いて包みとルーシーを交互に見ると、少し頬を染めた彼女が包みを押し付けてきた。
「ありがとう。行ってくる」
包みを受け取り礼を言うと、更に顔が赤くなった彼女が顔を真横に向けて小さな声で返事した。
「どういたしまして……行ってらっしゃい」
何処か照れ臭いやり取りのあと、包みを片手に先ずは治療院へ向かった。
「神速」
魔法騎士特有の移動魔法を使い治療院へ着くと、噂通りの熊の様な巨体で暴れている男が目に入った。治療院の入口付近で暴れたせいで扉がへし折られている。また朝から面倒な事をしてくれる。
「おー、こっちだ」
メイソンも到着していて結界を張って建物の被害を抑えていた。ついでにハンターも抑えろよ。
「原因はなんだ?」
「分からん。ルーシーを出せって叫んでいるだけだ」
メイソンの口から出た名前に胸の奥にイラッとしたモノが燻る。
「ルーシーはどこだ!出て来い!今度こそ、倒して俺の女にしてやる!!」
まるで何度もルーシーに挑んだかの様なベアーの叫びに、俺達はヤツの顔を睨んだ。どういう事だ?ハンター同士の私闘は禁止だ。
「ベアー、今のはなんだ?」
「あ?ゲッ!ギ、ギルマス」
「貴様、ルーシーと私闘をしたのか?」
怒りが浮かぶメイソンに気付いたベアーがピタリと止まる。焦るベアーは次の瞬間、とんでもない事を口にした。
「私闘じゃねぇ!俺の女にしようと誘ったらアイツ殴りやがったんだよ」
「それで?」
「えっと……それで押し倒そうとしたら……ヒッ!」
ベアーの身勝手な言葉に怒りが抑えきれず、俺はヤツの喉元に剣を突き付けていた。俺の女にしようとした?押し倒そうとした?彼女の意思を無視してか……
「な、なんだよ!」
「貴様……一度、死んでやり直せ」
一瞬、殺気を放っただけでベアーは気絶して倒れた。口から泡を吐き痙攣するが、直ぐに治療院のメンバーが対処したので問題無いだろう。それよりも問題なのは……
「メイソン」
「分かってる。治療院とルーシーに確認して然るべき対応をする」
その言葉に頷くと後をメイソンに任せてそのまま城へと向かった。
俺の知らない彼女の姿。ハンターに襲われそうになっても一人で片付ける彼女は、諸刃の剣に思えて俺の中で焦りが浮かんで消えなかった。
このままじゃ、ルーシーは抱え込み過ぎて自滅してしまう。
考えれば考えるほど自己嫌悪に陥る思考を振り払い立ち上がると、もう一度、事故報告書に目を向けた。全て記入されないと受理されないはずの書類の空白。最後に書いてある四人の中の一人に覚えがあった。
「こいつは俺に剣を向けた元護衛……最重要人物として尾行をつけるか」
この後の予定を考えながら騎士団に繋がる通信機のボタンを押すと数秒で相手に繋がった。
「夜分にすまない」
『団長、お疲れ様です。こんな時間に連絡とは珍しいですね』
「緊急で監視して欲しい人物がいるんだ。例の陛下から頼まれた件絡みだ」
陛下の名前が出た途端、機械越しからも緊張が伝わる。そうだ、今のは任務に集中しなければならない。失敗は許されない。
「監視対象は元王子の護衛、ジェット」
『なるほど、団長の件以外にも罪を犯していたのですか』
「あぁ、事故の調書がほぼ白紙だが受理されて完了している」
『それはあり得ないのでは?』
「そのあり得ない事態が起きている。書類の最後には四人のサインがあるから明日、全員に聴取する必要があるな」
書類のサインを指で叩きながら四人の名前を読んでいると、退職者がいる事に気が付いてそれも伝えた。辞めているのは逃げたか消されたか。逃げたなら良いんだが後者なら厄介だな。
『分かりました。顔の割れてないメンバーを向かわせます』
「頼む。それと明日の朝から陛下への報告も兼ねて登城するから少しでも情報が欲しい」
『もう登城して大丈夫なんですか?』
「あぁ、ちょっと変わった回復方法を試したがかなり効いた。本人の許可が出れば団でも試したい所だ」
『それは楽しみです。では明日』
「あぁ、面倒を掛けるが宜しく」
通信機の向こうでサージスが笑った気がしたが、そのまま通信を終了させた。調書の書類とは別のルーシーが書いた事故状況を再度確認すると不審点が幾つもあった。
治療院の帰り道。
見通しの良い直線の道路。
そして、歩道を歩いていた彼らに脇道から真っ直ぐに突っ込んできた魔道馬車。明確な殺意を感じる状況に、ルーシー達が今まで無事に過ごせた事が奇跡の様に感じた。
「さて、このギーとは誰の事やら」
魔道馬車の御者として書かれている名前。ある程度の魔力が無いと操作が出来ない馬車を、市民が御者として乗っていたとは考えにくい。貴族の奉公の者か、関係者か。先の見通しが立った様に見えるが、全容は何も見えてこない。この事故は偶然なのか故意なのか、それすら分からない状況に深いため息を吐き出すと明日に備えて就寝する事にした。
翌朝、日の出と共に目が覚める。まだ、僅かに白む空の見ながら頭の中で今日の予定を並べた。
登城して直ぐに陛下への謁見の申請と情報の受け取り。後は怪我の報告書に、決済の書類も溜まっているだろうな。テリーの訓練もあるから持ち帰り出来るものは夜にやるか。
部屋に備え付けの水道で顔を洗い久しぶりに団長の制服に袖を通す。近衛兵とは違いシンプルなデザインの濃紺の軍服に黒い髪。遠目からでも分かる黒い姿は城内では恐怖の対象にされている。面倒な元王子は昨日、辺境伯の元へ送られたと聞いた。さて、威を借る者がいなくなったジェットはどう出るか楽しみだ。
『おい!起きてるか!』
支度が済んだとほぼ同時に通信機がなり、ボタンを押せばメイソンの大声が響いた。朝から騒がしいな。
「朝から煩いぞメイソン」
『緊急だ。治療院で暴れているハンターがいる。このままじゃ怪我人が出るぞ』
「一体、何があった」
『ベアーってハンターが暴れているんだよ。こっちからも行っているが人手が足らねぇ。俺も行くがマジでヤバい』
「分かった。俺も直ぐに向かう」
熊の様にデカイからベアーって呼ばれているんだったな。まぁ、訓練量が少なかったし、久しぶりに肩慣らしするか。
そんな事を考えながら玄関に進むと、軽装のルーシーと出くわした。気まずい雰囲気の中、先に口を開いたのは彼女だった。
「こんな朝早くから仕事なの?」
「あぁ、休みの間に書類が溜まっているから、早く行くことにしたんだ」
「朝食は?」
ルーシーに言われるまで食事の事を忘れていた俺は返事が遅れた。すると彼女の眉がピクリと動き怒りも露に睨み付けてきた。
「魔力を巡らせても貧血は回復しないわ。食事は体を治す為に重要な物よ!」
ちょっと待つ様に言われ姿を消した彼女が、二分程で戻って来ると突き出した手に小さな包みがあった。
「……これは?」
「朝食用に準備したサンドイッチよ。これなら片手で食べられるでしょう」
驚いて包みとルーシーを交互に見ると、少し頬を染めた彼女が包みを押し付けてきた。
「ありがとう。行ってくる」
包みを受け取り礼を言うと、更に顔が赤くなった彼女が顔を真横に向けて小さな声で返事した。
「どういたしまして……行ってらっしゃい」
何処か照れ臭いやり取りのあと、包みを片手に先ずは治療院へ向かった。
「神速」
魔法騎士特有の移動魔法を使い治療院へ着くと、噂通りの熊の様な巨体で暴れている男が目に入った。治療院の入口付近で暴れたせいで扉がへし折られている。また朝から面倒な事をしてくれる。
「おー、こっちだ」
メイソンも到着していて結界を張って建物の被害を抑えていた。ついでにハンターも抑えろよ。
「原因はなんだ?」
「分からん。ルーシーを出せって叫んでいるだけだ」
メイソンの口から出た名前に胸の奥にイラッとしたモノが燻る。
「ルーシーはどこだ!出て来い!今度こそ、倒して俺の女にしてやる!!」
まるで何度もルーシーに挑んだかの様なベアーの叫びに、俺達はヤツの顔を睨んだ。どういう事だ?ハンター同士の私闘は禁止だ。
「ベアー、今のはなんだ?」
「あ?ゲッ!ギ、ギルマス」
「貴様、ルーシーと私闘をしたのか?」
怒りが浮かぶメイソンに気付いたベアーがピタリと止まる。焦るベアーは次の瞬間、とんでもない事を口にした。
「私闘じゃねぇ!俺の女にしようと誘ったらアイツ殴りやがったんだよ」
「それで?」
「えっと……それで押し倒そうとしたら……ヒッ!」
ベアーの身勝手な言葉に怒りが抑えきれず、俺はヤツの喉元に剣を突き付けていた。俺の女にしようとした?押し倒そうとした?彼女の意思を無視してか……
「な、なんだよ!」
「貴様……一度、死んでやり直せ」
一瞬、殺気を放っただけでベアーは気絶して倒れた。口から泡を吐き痙攣するが、直ぐに治療院のメンバーが対処したので問題無いだろう。それよりも問題なのは……
「メイソン」
「分かってる。治療院とルーシーに確認して然るべき対応をする」
その言葉に頷くと後をメイソンに任せてそのまま城へと向かった。
俺の知らない彼女の姿。ハンターに襲われそうになっても一人で片付ける彼女は、諸刃の剣に思えて俺の中で焦りが浮かんで消えなかった。
このままじゃ、ルーシーは抱え込み過ぎて自滅してしまう。
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