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37 side マーク

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「団長、緊急連絡です!」

 ルーシーと通信を切った直後、部下が慌てた様子で駆け込んで来る。話を聞けば地下牢に入れたジェットが、痙攣を起こしその後の様子が可笑しいらしい。

「治療はどうなっている?」

「それが暴れて普通の治療師では手に負えず、現在、魔法騎士で治療魔法の心得がある者が対応中です」

 治療師が手に負えないほど暴れる?……そんな事があるか?食事に毒でも仕込まれたなら兎も角……普通ならあり得ないな。

「私は確認の為、地下牢へ向かう。君は至急、ギルドと治療院に応援要請を頼む」

「はい!」

 部下が先に部屋を出た事を確認すると、窓枠に足を掛けた。一々、正面から出入りしていては時間が勿体ない。最短で行くか。

「神速」

 窓枠を蹴ったせいで大きな音がしたが、振り返る事なく進む。城の北の外れにある独立した小さな塔は、随分昔に貴族を幽閉する為に建てられたいうその塔の地下牢にジェットは入れられていた。

「退避!!退避ぃぃぃ!」

 誰かが避難を促し、地下からの階段を駆け上がり転がる様に数名の団員が外に出てきた。やはり可笑しいな。

「団長!ここは危険です!!ジェットの周りを黒い靄が囲って近付けません!」

「お前達は退避。この先は私一人で行く」

「しかし!」

 俺が一人で中に入ろうとすると部下が腕を掴んで止めた。話をしている間に塔の入り口から部下が言う、黒い靄が溢れ出してきた。確かに尋常じゃないが、囚人とはいえジェットをこのまま放置も出来ない。

「緊急行動レベル五、城内より全員退避。即行!!」

「「は、はい!」」

 騎士団団長単独の権限で出せる最大の避難指示を出すと、団員達は走って行動に移った。本来なら自然災害や戦争を想定しての避難指示だが、今回はそれに匹敵する異常事態に思えた。他の囚人とは別に、一人だけ離れた地下牢に入れていた事が幸いだった。他の囚人を巻き込む所だったが、ハリーが言っていた呪具の反動だろうか。地下へと続く階段を下から這い上がる様に禍々しい気配が漂う。自分の周りにだけ結界を貼ると、腕輪から剣を開放した。

 薄暗い階段を一歩、一歩、確認しながら降りて行く。壁に付けられているはずの明かりは役にも立たず足元さえ覚束ない。この黒い靄は何だ?反動で災いが集まると言っていたが……これが災いなら何が起きた?
 警戒しながら降りた先には、地下一階が頑丈な扉を境に牢屋になっている。牢屋と言っても貴族用の為、家具等は揃っていたはず。それが一切、見当たらない。いや、見えないの間違いか……それにしてもヤツは何処だ?
 薄暗い中に目を凝らすと部屋の中心で脱力した様に頭と手を垂らして立つジェットがいた。ヤツに近付こうとしたが、まだ距離があるのに見えない壁の抵抗があって進めない。グッ!何だこの圧迫感は……

「ジェット!靄を止めて大人しくしろ!」

「……」

 俺の言葉が聞こえないのか無視しているのか反応はない。土の盾を作って前進を試みてみたが、一歩前に進んだ所で盾は靄に取り込まれた。

「何だこの靄は……盾や家具を飲み込んだのか?」

 前に進めず剣で靄を切ってみたが、軽く揺らいだだけで変化はなかった。黒い靄が闇属性なら俺では太刀打ち出来ないぞ……

「は~い。マーク助けに来たよ~」

 膝から力が抜けそうなほどやる気のない声は、姿が見えなくとも誰か分かるほと馴染んだ友の声。普段は煩いヤツだが今日ほど頼もしいと思った事はない魔法のスペシャリストが来たか。

「ハリー、もっと緊張感を持てよ」

「団長さん無事なの?」

「ルーシー!?」

「よう俺も居るんだが忘れんな」

 ルーシーの声に驚く俺の近くでメイソンの声も聞こえる。三人は共に行動していたのか薄暗い靄の奥から一緒に現れた。

「ルーシー、どうして君まで一緒に来たんだ。病み上がりだろう!」

「マーク、彼女がいないと解決しないよ」

 ルーシーだけは地上に戻そうと考えた俺の行動を止めたのはハリーだった。解決しないとは、どういう事だ?
 普段は膨大な魔力を抑える為に杖を使わないハリーが、珍しく杖を出し魔法を使っている。杖を高く上げたたハリーが小さな声で呟くと一瞬で靄が下がり自分達の周りだけ明るくなった。これは何かあるな。

「ここに来て分かったよ。彼女はジェットの血縁者なんだろう?似た魔力を持つ彼女ならヤツに近付けるはずなんだ」

「ルーシーを近付けてどうするんだ」

 努めて冷静に話そうとしたが、どうしても怒気を孕んだ声になる。出来るなら一般人である彼女を巻き込みたくはない。その思いが団長としての判断か個人的な判断か……どちらにしても否定する答えは見つからなかった。

「君が壊したこの魔法道具マジックアイテム。これが鍵だ。手帳に先祖代々受け継いだとある。血縁者の魔力に反応するはずなんだ」

 ハリーの中で一つの仮説があるのか、調査の為に渡していた魔法道具を取り出すとルーシーの手に握らせた。話を聞かされていないのか彼女も驚いた様に目を開き自分の手の中の魔法道具を見詰めた。

「何の変化もねぇぞ」

「そんなはずは無いよ。この魔法道具には災いを浄化する効果があるんだよ」

「浄化する?私に光属性はないわよ」

 そうじゃないとハリーが首を横に振った時、ジェットの体が大きく揺れた。全員の視線がヤツに集まる。俺達の目の前でゆっくりとヤツの姿が変わり始めた。ダイの様に爪が刃物の様に伸び始め、短く切り揃えられていた髪がうねりながら伸び始める。

「あー、双子の兄弟が身代わりで災いを受けていたんだね。銀色の生き物そっくりになってきた」

 相変わらず緊張感のない話し方だが、珍しくハリーの顔に焦りが見えた。杖をもう一度、高く上げると今度は大きな声を出した。

「退け闇よ!我に従い有るべき場所へ戻れ!!」

 言葉に反応した靄が動き一部が消えた。しかし、床の下から新たな靄が立ち上った。いかん!ハリーにも手に余るなら一度、引きべきだ。

「一度、上に戻って対策を……」

「させてくれないみたいだね」

 俺の言葉に被せる様に言ったハリーの言葉を聞いてジェットに視線を戻すと、ニタリと口元が動き伸びた髪の隙間から角の様な物が伸び始めていた。アレが伸びたらヤバそうだな。

「戦うしかなさそうね。“開放オープン”」

 ルーシーが剣を構える為に鍵になる言葉を呟いた時、彼女の手の中にあった魔法道具が光り出した。なんだこれは……ジェットが持っていた時には光ってなんかいなかったぞ。

「これ、これ!この光が必要なんだよ!」

 
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