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19件目 黒髪の先輩は、月の匂いがした
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夕暮れの屋上で、風が彼女の髪を揺らしていた。
黒羽リリカ先輩。高校三年生。艶やかな黒髪と、切れ長の瞳。学内で知らぬ者はいないほどの美しさを持つ人――そして、俺の幼馴染だった。
「やっと来たのね、ユウト」
リリカ先輩が、俺の名前を呼ぶ。その声音は、いつもどこか遠い。
「こんなとこ呼び出して、何の用だよ」
「用がないと呼んじゃいけない?」
「…いや、そうじゃないけど」
彼女の笑みは柔らかいのに、なぜか胸がざわつく。昔からそうだ。小学生の頃はよく泣いて俺の後ろに隠れていたくせに、中学に上がる頃には急に人が変わったようになった。
美しく、静かで、少し妖しげな雰囲気を身にまとうようになった。
「ねえ、ユウト。ひとつだけ、ちゃんと聞いて」
リリカ先輩は柵に背をあずけ、目を伏せた。
「私はね、人じゃないの」
「は?」
「正確に言うと、“もう”人じゃないのよ」
そう言った彼女の声は、風に溶けるように淡かった。
「信じられないなら、それでもいい。けど、昔から私、自分が壊れる前に、君と約束してたのよ。“好きな人ができたら、ちゃんと伝える”って」
「いや、ちょっと待て、何言って――」
「好きよ。ユウト。ずっと、あなたのことだけ」
まるで、月に祈るような声だった。
「リリカ先輩、本当に、何を――」
「私ね、あの日のこと、今も覚えてる。小学校の帰り道、雨に濡れながら言ってくれたでしょう。“ずっと一緒にいてやる”って」
思い出した。雨の日に彼女が転んで泣いたとき、俺が傘を差し出して言った言葉だ。
「あのとき、私は人の姿をした“何か”になりかけていた。でも、あなたが引き止めてくれた。だから、高校までは人として過ごせたの」
俺は言葉を失った。
そんな馬鹿な、と思う反面――リリカ先輩の雰囲気は昔から、どこか“現実”から浮いていた。
「でも、もう時間なの。人間の姿でいられるのは、今日まで」
風が止まった。空が赤から青に変わる、魔法のような一瞬。
「最後に、お願いがあるの」
リリカ先輩がそっと近づき、俺の頬に手を当てた。
「キス、してくれる?」
「……なんで、そんな勝手なこと言うんだよ」
「だって、ユウトの心に、ちゃんと触れて終わりたいの。誰かの記憶に、ちゃんと残っていたいの」
俺は息を飲み、そしてそっと頷いた。
唇が重なった瞬間、風が再び吹いた。切なくて、優しくて、すべてが遠ざかっていくような感覚だった。
「んっ、ちゅっあむっれろっ……、いやっれろっ……、このままっふっちゅっちゅぴっ、消えたくないっ」
「えろっあむっれろれろっ、ちゅぴっんっ、キモチィっ、はあっえろっ、あむっちゅ……っん……っくちょっピチュっんっ、ちゅぴっ」
「ああっ、はあっ……、ふぅん……、ふぅん……」
「んふふっ、あっあっ! あああっ!」
びるびるびるっ!
「ありがとう、ユウト。……ほんとうに、だいすき」
リリカ先輩は微笑んで、ゆっくりと、まるで月の光に溶けるように消えていった。
**
次の日から、誰も“黒羽リリカ”を覚えていなかった。
写真も記録も、なぜかすべて消えていた。俺以外の、すべての人から。
だけど俺だけは知っている。あの屋上で交わしたキスも、風に舞った彼女の髪も、全部。
――月の匂いがする先輩は、たしかに、そこにいた。
黒羽リリカ先輩。高校三年生。艶やかな黒髪と、切れ長の瞳。学内で知らぬ者はいないほどの美しさを持つ人――そして、俺の幼馴染だった。
「やっと来たのね、ユウト」
リリカ先輩が、俺の名前を呼ぶ。その声音は、いつもどこか遠い。
「こんなとこ呼び出して、何の用だよ」
「用がないと呼んじゃいけない?」
「…いや、そうじゃないけど」
彼女の笑みは柔らかいのに、なぜか胸がざわつく。昔からそうだ。小学生の頃はよく泣いて俺の後ろに隠れていたくせに、中学に上がる頃には急に人が変わったようになった。
美しく、静かで、少し妖しげな雰囲気を身にまとうようになった。
「ねえ、ユウト。ひとつだけ、ちゃんと聞いて」
リリカ先輩は柵に背をあずけ、目を伏せた。
「私はね、人じゃないの」
「は?」
「正確に言うと、“もう”人じゃないのよ」
そう言った彼女の声は、風に溶けるように淡かった。
「信じられないなら、それでもいい。けど、昔から私、自分が壊れる前に、君と約束してたのよ。“好きな人ができたら、ちゃんと伝える”って」
「いや、ちょっと待て、何言って――」
「好きよ。ユウト。ずっと、あなたのことだけ」
まるで、月に祈るような声だった。
「リリカ先輩、本当に、何を――」
「私ね、あの日のこと、今も覚えてる。小学校の帰り道、雨に濡れながら言ってくれたでしょう。“ずっと一緒にいてやる”って」
思い出した。雨の日に彼女が転んで泣いたとき、俺が傘を差し出して言った言葉だ。
「あのとき、私は人の姿をした“何か”になりかけていた。でも、あなたが引き止めてくれた。だから、高校までは人として過ごせたの」
俺は言葉を失った。
そんな馬鹿な、と思う反面――リリカ先輩の雰囲気は昔から、どこか“現実”から浮いていた。
「でも、もう時間なの。人間の姿でいられるのは、今日まで」
風が止まった。空が赤から青に変わる、魔法のような一瞬。
「最後に、お願いがあるの」
リリカ先輩がそっと近づき、俺の頬に手を当てた。
「キス、してくれる?」
「……なんで、そんな勝手なこと言うんだよ」
「だって、ユウトの心に、ちゃんと触れて終わりたいの。誰かの記憶に、ちゃんと残っていたいの」
俺は息を飲み、そしてそっと頷いた。
唇が重なった瞬間、風が再び吹いた。切なくて、優しくて、すべてが遠ざかっていくような感覚だった。
「んっ、ちゅっあむっれろっ……、いやっれろっ……、このままっふっちゅっちゅぴっ、消えたくないっ」
「えろっあむっれろれろっ、ちゅぴっんっ、キモチィっ、はあっえろっ、あむっちゅ……っん……っくちょっピチュっんっ、ちゅぴっ」
「ああっ、はあっ……、ふぅん……、ふぅん……」
「んふふっ、あっあっ! あああっ!」
びるびるびるっ!
「ありがとう、ユウト。……ほんとうに、だいすき」
リリカ先輩は微笑んで、ゆっくりと、まるで月の光に溶けるように消えていった。
**
次の日から、誰も“黒羽リリカ”を覚えていなかった。
写真も記録も、なぜかすべて消えていた。俺以外の、すべての人から。
だけど俺だけは知っている。あの屋上で交わしたキスも、風に舞った彼女の髪も、全部。
――月の匂いがする先輩は、たしかに、そこにいた。
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