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20件目 紅く、ほどける
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放課後の旧校舎、ひとけのない廊下に、彼女の姿はあった。
「来てくれたんだ、ユウ」
振り返った彼女は、柔らかく笑った。
黒髪を肩まで垂らし、白い指先で窓際のカーテンをなぞっている。
黒瀬ミユ先輩――三年生、僕の幼馴染。そして、今や学内でも浮いた存在だ。
「ミユ姉ちゃん、ここ…立ち入り禁止なんじゃ」
「昔、私たちよくここで遊んだじゃない。忘れたの?」
そう言われて、胸の奥が疼く。
夏の日、二人で隠れんぼをした教室。ミユ姉ちゃんが見つけられなくて泣いた帰り道。全部、確かにあったはずの記憶。
だけど、あの頃の彼女と、今目の前にいる彼女とでは、まるで違う。
「……なあ、最近、おかしいよ」
「おかしい?」
「誰とも話さないし、屋上でひとりごとしてたり。みんな、ちょっと怖がってる」
ミユは笑わなかった。目を伏せて、静かに言った。
「怖がられて当然だよ。だって私、もう“人”じゃないもの」
「何言って……」
「昔、あの旧校舎の階段から落ちたとき、覚えてる?」
言われて、胸が冷たくなった。
あれは、小五の夏。ミユがふざけて手すりから身を乗り出して、足を滑らせた。
「本当は、あのとき死んでたの。たぶん、私の“魂”だけが戻ってきたんだと思う」
「冗談やめろよ」
「冗談じゃないの。証拠ならある」
ミユが制服の袖をめくると、腕に浮かんでいたのは、見覚えのない古い文字のような痣。
見た瞬間、言葉にならない違和感が全身を這った。
「だからね、ユウ。私、もう長くはここにいられない」
「どこか行くの?」
「“向こう”に戻らなきゃいけないの。けど……その前に」
彼女が一歩、僕の方へ近づいた。
「ユウとキスがしたい」
「……なんで」
「人間としての、最後の記憶を、あなただけに残したいの」
僕の鼓動が、耳の奥で大きく響く。
「でも俺……そんな、急に」
「怖い?」
ミユが微笑む。それはどこか寂しくて、でも確かに、幼い頃に見た“あの笑顔”だった。
「……怖くなんかない」
僕は、そっと彼女の手を取った。
細くて冷たい指先。でも、しっかりと生きていた。
ミユの顔が近づき、瞳がゆっくり閉じられる。
そして、唇がふれた。
「んっ……ちゅっ……、スキっ……、んっ、ちゅっれろっあむっ、ぢゅ……っちゅぴっ、んっ、全部あげたいっ、えろぉっちゅっちゅここっ」
「ふ……っちゅぴっ、んっ……、ホントはずっとっ、んむ……っちゅぴっんっ、ほしいっちゅぴっあむっ、ちゅくっ……チュ……ちゅぴっ、んっ」
「ぎゅって……して……」
柔らかくて、消えてしまいそうで、それでも確かに、僕の世界に焼きついた。
**
翌朝、ミユ姉ちゃんは学校からいなくなっていた。
転校も、家族の引っ越しも、誰も何も知らないという。
クラスの誰に聞いても、「黒瀬ミユなんて知らない」と言われた。
だけど、旧校舎の窓辺には、彼女が好きだった赤いリボンだけが、そっと結ばれていた。
風に揺れるそれを見て、僕はそっと、胸に手を当てる。
あのキスの感触が、まだ、残っていた。
「来てくれたんだ、ユウ」
振り返った彼女は、柔らかく笑った。
黒髪を肩まで垂らし、白い指先で窓際のカーテンをなぞっている。
黒瀬ミユ先輩――三年生、僕の幼馴染。そして、今や学内でも浮いた存在だ。
「ミユ姉ちゃん、ここ…立ち入り禁止なんじゃ」
「昔、私たちよくここで遊んだじゃない。忘れたの?」
そう言われて、胸の奥が疼く。
夏の日、二人で隠れんぼをした教室。ミユ姉ちゃんが見つけられなくて泣いた帰り道。全部、確かにあったはずの記憶。
だけど、あの頃の彼女と、今目の前にいる彼女とでは、まるで違う。
「……なあ、最近、おかしいよ」
「おかしい?」
「誰とも話さないし、屋上でひとりごとしてたり。みんな、ちょっと怖がってる」
ミユは笑わなかった。目を伏せて、静かに言った。
「怖がられて当然だよ。だって私、もう“人”じゃないもの」
「何言って……」
「昔、あの旧校舎の階段から落ちたとき、覚えてる?」
言われて、胸が冷たくなった。
あれは、小五の夏。ミユがふざけて手すりから身を乗り出して、足を滑らせた。
「本当は、あのとき死んでたの。たぶん、私の“魂”だけが戻ってきたんだと思う」
「冗談やめろよ」
「冗談じゃないの。証拠ならある」
ミユが制服の袖をめくると、腕に浮かんでいたのは、見覚えのない古い文字のような痣。
見た瞬間、言葉にならない違和感が全身を這った。
「だからね、ユウ。私、もう長くはここにいられない」
「どこか行くの?」
「“向こう”に戻らなきゃいけないの。けど……その前に」
彼女が一歩、僕の方へ近づいた。
「ユウとキスがしたい」
「……なんで」
「人間としての、最後の記憶を、あなただけに残したいの」
僕の鼓動が、耳の奥で大きく響く。
「でも俺……そんな、急に」
「怖い?」
ミユが微笑む。それはどこか寂しくて、でも確かに、幼い頃に見た“あの笑顔”だった。
「……怖くなんかない」
僕は、そっと彼女の手を取った。
細くて冷たい指先。でも、しっかりと生きていた。
ミユの顔が近づき、瞳がゆっくり閉じられる。
そして、唇がふれた。
「んっ……ちゅっ……、スキっ……、んっ、ちゅっれろっあむっ、ぢゅ……っちゅぴっ、んっ、全部あげたいっ、えろぉっちゅっちゅここっ」
「ふ……っちゅぴっ、んっ……、ホントはずっとっ、んむ……っちゅぴっんっ、ほしいっちゅぴっあむっ、ちゅくっ……チュ……ちゅぴっ、んっ」
「ぎゅって……して……」
柔らかくて、消えてしまいそうで、それでも確かに、僕の世界に焼きついた。
**
翌朝、ミユ姉ちゃんは学校からいなくなっていた。
転校も、家族の引っ越しも、誰も何も知らないという。
クラスの誰に聞いても、「黒瀬ミユなんて知らない」と言われた。
だけど、旧校舎の窓辺には、彼女が好きだった赤いリボンだけが、そっと結ばれていた。
風に揺れるそれを見て、僕はそっと、胸に手を当てる。
あのキスの感触が、まだ、残っていた。
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