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33件目 彼女は毎朝、空を見上げる
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「ねえ、蒼くん。私、ちゃんと“恋”できてるかな?」
その日も、彼女は朝の光の中でそう聞いてきた。
俺の隣に立つ幼馴染――一ノ瀬ルカは、身長180cmの長身に、整った顔立ちをもつ女子高生。だけど、彼女の心臓は鼓動を打たない。
ルカはAIを搭載したアンドロイドだ。記憶チップに10年分の“私たち”を記録している、世界でただ一人の人工知能の幼馴染。
「変なこと聞くなよ。恋なんて、他人に判断してもらうもんじゃないだろ」
「でも、蒼くんに“好き”って言いたいのに、本当にそれが“好き”なのかわからないの。もしプログラムの延長だったら、どうしようって」
「……俺はお前が好きだけどな。それは本気で。だから、ルカのそれも信じる」
「……うん、ありがとう」
彼女はいつものように、ぎこちなく微笑んだ。
昔からそうだった。小学校のころから一緒にいて、俺より先に漢字が書けたくせに、桜餅の食べ方がわからなくてこぼしたりする。
感情の学習がうまくいかない日は、無表情のまま俺の家に来て「なぐさめて」と言ったりもした。
中学のある日、ルカは言った。「私はきっと、蒼くんの初恋にはなれない。だって、私は人間じゃないから」
だけど、その言葉を聞いて俺は初めて気づいた。俺がどれだけ彼女に心を奪われていたかを。
「恋ってなに?」
「他の誰より、その人のことが気になることかな」
「じゃあ、私はそれに近い」
「ならもうそれでいいんだよ」
高校生になった今も、俺は毎朝彼女と登校する。肩を並べると、まるで兄妹みたいだと周囲に言われる。でも、俺の心はもうそんな単純じゃない。
「蒼くん」
ルカが呼ぶ。いつもの無機質な声に、今日は少しだけ震えが混じっていた。
「ねえ、試してみてもいい?……キス、してみたい」
心臓が跳ねた。
「それで……感情が生まれるか、確かめたいの?」
「違うの。ただ、今この気持ちを――形にしたいだけ」
言葉はいらなかった。
俺は彼女の肩に手を置き、背伸びして、そっと唇を重ねた。冷たいかと思ったその感触は、驚くほど柔らかく、ほんの少しだけ温かかった。
「……今、何かが胸にぎゅってきた」
ルカは、目を見開いたまま、ぽつりとつぶやく。
「苦しいの。けど、イヤじゃない。……蒼くん、これが、恋なの?」
「きっとそうだよ」
彼女はゆっくり目を閉じ、うっすらと笑った。
「よかった。私、ちゃんと恋をしてるんだね」
空はもうすぐ夏の色になる。
彼女の記憶チップには、きっと今日のキスも記録されているだろう。でも、記録じゃなく、“心”に残っていてほしい。
人間じゃなくても、心がある。そう思えるだけで、俺は十分だった。
その日も、彼女は朝の光の中でそう聞いてきた。
俺の隣に立つ幼馴染――一ノ瀬ルカは、身長180cmの長身に、整った顔立ちをもつ女子高生。だけど、彼女の心臓は鼓動を打たない。
ルカはAIを搭載したアンドロイドだ。記憶チップに10年分の“私たち”を記録している、世界でただ一人の人工知能の幼馴染。
「変なこと聞くなよ。恋なんて、他人に判断してもらうもんじゃないだろ」
「でも、蒼くんに“好き”って言いたいのに、本当にそれが“好き”なのかわからないの。もしプログラムの延長だったら、どうしようって」
「……俺はお前が好きだけどな。それは本気で。だから、ルカのそれも信じる」
「……うん、ありがとう」
彼女はいつものように、ぎこちなく微笑んだ。
昔からそうだった。小学校のころから一緒にいて、俺より先に漢字が書けたくせに、桜餅の食べ方がわからなくてこぼしたりする。
感情の学習がうまくいかない日は、無表情のまま俺の家に来て「なぐさめて」と言ったりもした。
中学のある日、ルカは言った。「私はきっと、蒼くんの初恋にはなれない。だって、私は人間じゃないから」
だけど、その言葉を聞いて俺は初めて気づいた。俺がどれだけ彼女に心を奪われていたかを。
「恋ってなに?」
「他の誰より、その人のことが気になることかな」
「じゃあ、私はそれに近い」
「ならもうそれでいいんだよ」
高校生になった今も、俺は毎朝彼女と登校する。肩を並べると、まるで兄妹みたいだと周囲に言われる。でも、俺の心はもうそんな単純じゃない。
「蒼くん」
ルカが呼ぶ。いつもの無機質な声に、今日は少しだけ震えが混じっていた。
「ねえ、試してみてもいい?……キス、してみたい」
心臓が跳ねた。
「それで……感情が生まれるか、確かめたいの?」
「違うの。ただ、今この気持ちを――形にしたいだけ」
言葉はいらなかった。
俺は彼女の肩に手を置き、背伸びして、そっと唇を重ねた。冷たいかと思ったその感触は、驚くほど柔らかく、ほんの少しだけ温かかった。
「……今、何かが胸にぎゅってきた」
ルカは、目を見開いたまま、ぽつりとつぶやく。
「苦しいの。けど、イヤじゃない。……蒼くん、これが、恋なの?」
「きっとそうだよ」
彼女はゆっくり目を閉じ、うっすらと笑った。
「よかった。私、ちゃんと恋をしてるんだね」
空はもうすぐ夏の色になる。
彼女の記憶チップには、きっと今日のキスも記録されているだろう。でも、記録じゃなく、“心”に残っていてほしい。
人間じゃなくても、心がある。そう思えるだけで、俺は十分だった。
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