29 / 35
地鳴り編
第24話 後悔の上に今があるんだ
しおりを挟む
※本日は2話更新します!
※夜19時に最終話を更新します!
「バージがよぉ、あの大穴について、ちゃんと考えてくれって」
「そりゃそうでしょ。あんな大きな穴、どうにかしなきゃ困るもの」
大穴について相談すれば、ロザリーからは呆れ交じりの返事が返って来た。
レオたちは平原から戻り、ギルドで午後のおやつを食べた後、宿へと向かっていた。
ルイはレオとロザリーの少し前をあっちへこっちへよそ見をしながら、ポンタと楽しそうに歩いている。
謎の地鳴りのせいで、まだエンドの町の中は閑散としているが、魔獣が討伐され地鳴りの心配がなくなったので、まただんだんと賑やかさを取り戻すだろう。
「キノコモグラの尻がでかいせいで、俺が開けた穴よりでかくなってる気がするんだ」
「あの巨体が落ちれば穴も大きくなるわよ。すごい音がしたんだから。それより、これから二カ月、どうする? このまま陽だまり屋さんでお世話になる?」
「ロザリーはどうしたい?」
「私は陽だまり屋さんがいいわ。毎日お風呂に入れるの最高だもの。ごはんも美味しいし、サービスもいいし」
「だよな。今回はあれこれお詫びも兼ねて、お前の分も俺が払うから陽だまり屋に決定。つってもマージに宿泊を延長できるか聞かないと話は始まらねえが」
「でも、ケイトリン・レイの本も買ってくれたのに……」
ロザリーが眉を下げた。
レオたちのパーティー内の宿泊費や食費などの生活費は基本的に自己負担だった。ただし、時には遊び感覚で宿代を賭けて勝負をしてみたり、何かやらかした場合は今回のようにお詫びで払ったりすることもあった。大体がレオかルディがロザリーに迷惑をかけて、払う立場だったのだが。
「ありゃ、プレゼントだからいいんだよ」
「高かったでしょう?」
「そうでもねぇよ」
数秒、ロザリーは逡巡した後、「じゃあ、もらっちゃお」と可愛らしく笑ってレオの腕に抱き着いてきた。
「その笑顔で十分おつりが来るぜ」
そりゃ高かった。高かったとも。大牙猪の討伐報酬が丸々飛んだのだから。だが、単純なレオは最愛のロザリーの笑顔より高価なものを知らないので、それで十分なのだ。
ロザリーのつむじにキスをして、レオはぽんぽんと組んだ腕を叩いた。
「パパとママ、なかよし」
足を止めたルイが笑った。
「おう、仲良しだぞ」
「もちろん、ルイとも仲良しよ」
ロザリーがそう告げるとルイは照れくさそうに首をすくめて、ポンタを抱き上げると「ぐふふ」と変な笑いを零しながらまた歩き出した。
小さな背中が浮かれていて、ロザリーと顔を見合わせ、レオはくすくすと笑った。
それからロザリーが「ルイの服を作りたい!」と言い出したので、手芸屋に寄り道をしてから、陽だまり屋に到着する。
「ただいまー!」
ルイが元気よく中へ入っていき、カウンターにいたマージが「おかえり」と笑った。後から入って来たレオとロザリーに気づいて眉を下げた。
「魔獣が出てあんたが怪我をしたって聞いた時は肝が冷えたよ」
「すまねぇな。んだが、見ての通り、体が丈夫なのが取り柄でな。もう元気だから安心してくれ」
「そのようだねぇ」
マージがレオの体にしげしげと視線を走らせながら言った。
「あのね、マージおばさん。おじさんとおねえちゃんがね、オレのパパとママになってね、ポンタもいっしょにね、かぞくになったんだよ」
ルイがカウンターに手をかけ、精一杯背伸びをしながらマージに報告する。マージは、ばっと顔を上げて、レオとロザリーを交互に見た。
「ほ、本当に?」
「ああ。一緒に冒険するんだよ」
「そりゃよかった!」
マージがカウンターから出て来て、ルイの前に膝をついた。
「よかった、本当に、よかったね、ルイ!」
「うん!」
ルイの満開の笑顔にマージが目を潤ませる。よかったね、よかったね、とマージは何度も繰り返して、ルイをぎゅうっと抱きしめた。
まだそれほど長い時間、滞在しているわけではないけれど、バージにしても、彼女にしても、皆がルイの幸せを願ってくれていたことを、レオはこうして知るたびに、なんだか言葉にしがたい不思議な気持ちになるのだ。それは決して悲しいものではなくて、喜びや幸せを凝縮したような、得難い感情なのだ。
「ありがとな、マージ」
「お礼を言うのはこっちだよ! 町まで救ってもらった上に、こんな嬉しい報告が聞けるなんてねぇ」
腕の力を緩めながらマージが言った。
「今夜はごちそうだよ。楽しみにしておいでな」
「やったぁ!」
無邪気に喜ぶルイに皆、目を細める。
「なあ、マージ。相談なんだが、今夜はさすがにまだ疲れが残ってて、可能なら夕食は部屋に用意してもらえるか?」
「もちろんだよ。なんたって魔獣を倒してくれたんだろう? それくらいお安い御用さ」
「ありがとさん」
「それとマージさん。魔獣の後処理もあって、私たち、最低二カ月はこの町に滞在するんです。まだまだあのお部屋、借りられますか?」
「おやまあ、そりゃ嬉しいねぇ! 良いに決まっているじゃないか!」
マージの言葉にレオとロザリーはしばらくの滞在先が決まったことに安堵する。
レオは冒険者をやって二十年が経つが、その日、寝る場所が決まるというのは何度経験しても安心するものだ。
「おかげさんで、うちの旦那も今度の宴会の料理部隊の隊長に任命されてね。なんだか楽しそうに忙しくしているよ」
「ベノワの肉料理は本当にうまいからな。今から楽しみなんだ」
「オレ、ベノワおじさんのごはん、すき」
「そうかい、そうかい。あとで旦那に教えてやらないとねぇ」
マージが相好を崩し、ルイを一撫でして立ち上がった。
「夕食は何時ごろがいい?」
「今夜は早めがいい。さっさと寝るからな」
「わかったよ。なら十八時くらいでどうだい?」
「それで頼む」
「今日は帰って来るって連絡をもらっていたから、お風呂の準備がしてあるよ。討伐、お疲れ様ってことで、いつもの使用開始時間までは貸し切りにしてあげるから、ゆっくり汗を流しておいで」
「まあ、本当? 嬉しい!」
ロザリーが顔をほころばせる。レオも素晴らしい気遣いに「ありがとさん」と礼を伝え、ルイとポンタも「おふろー!」「わんわん!」と喜びの声を上げた。
一行はお風呂に入れるとうきうきしながら、マージに見送られて部屋に戻り、着替えを手に風呂へと向かった。
「……きょうは、ママといっしょにはいりたい」
「もちろん」
ロザリーがルイの手を取り、女湯のほうへ入っていく。ルイは女湯は気恥ずかしいらしく、いつもレオと一緒に入るのだが、今日は貸し切りなのでロザリーと入りたいようだ。
なんだかレオが丸一日眠っている間に、二人はやけに仲良くなったようだ。少しだけルイにもロザリーにも妬いてしまう。
そんな自分の馬鹿さ加減に呆れながらも、二人が仲良しなのはとても良いことなのには間違いないとレオは小さく笑みを零した。
「ポンタは俺と入ってくれるか?」
「わん!」
足下にちょこんと座っていたポンタが返事をしてくれた。
「ありがとさん。牙のある雄同士、親交を深めようぜ」
レオはポンタを抱き上げ、男湯へと足を向けた。
服を脱いで、従魔用の洗い桶を手にレオは浴場へ向かう。
中へ入れば、むわっとした熱気が全身を包む。
冒険者ギルドで軽くシャワーを浴びただけだったので、レオはポンタを湯を張った洗い桶に入れてやってから、ゆっくりとシャワーを浴びて、髪を洗い、体を洗う。それが終わったらポンタを洗って、湯船の傍まで連れて行く。
いつも通り傍に置いて、お湯を張り替えてやれば自分からお湯に飛び込み、ふちに顎を乗せるとポンタは気持ちよさそうに目を細めた。お湯の中でゆらゆらとポンタの柔らかく長い被毛が揺れている。
レオも湯船の中に入り、ふちに頭を乗せ、ふーっと息を吐き出す。温かいお湯の中にここ数日の疲労感が溶けていくようだ。
「なぁ、ポンタぁ……」
「わふー……」
心なしかポンタの返事もゆるゆるだ。
丁度レオの顔のすぐ横にポンタの入った桶がある。
「俺よぉ、パーティー追放されて、こう見えて、わりと落ち込んでたんだわ……ルディも俺を追い出すなら、もっと俺を見放すような目をしてくれりゃいいのによ」
ルディの目は、蔑むようにレオを見つめていたけれど、彼の膝の上で握りしめられた拳がずっとかすかに震えていて、アイスグリーンの双眸は、蔑みの奥に悲しみを宿していた。それをもっと器用に隠していてほしかったと願うのはレオが自分勝手だからだ。
ルディは素直で馬鹿みたいに正直で不器用な男だった。
ルディとはロザリーより長く一緒にいた。ロザリーもそうだったが、ルディもレオを兄と慕って、勝手についてきたのだ。
きっとレオの思い違いなどではなく、ルディにとってレオは目標であり憧れだった。その憧れを追い抜いて、その目標が落ちてしまった時、一番、辛かったのはルディだろう。
レオの昇級試験が操作されていたのかは、本当のところは分からない。でも、ルディにとってレオは、いつだって自分の一歩も二歩も前を悠然と歩いている存在だったから、失望も大きく、悲しみも深かったのだろう。
あの時、レオのAランク合格を誰より願っていてくれたのは、きっとルディだったのだろうから。
「馬鹿な弟分だよ……」
「くぅん……」
桶から出てきたポンタがレオの顔に頬を寄せて来る。濡れるとより小さくなるポンタにそっと手を添える。
弱い雄は群れを追われる。これは獅子にとっては至極当たり前のことで、レオにだって異論はない。
だがレオは獅子系の獣人族であって、獅子ではないし、ルディは人族だ。彼がレオに寄せた悲しみと失望にレオの心も悲しみに溢れた。
三人でずっとずっと冒険をしていくのだと、そう思っていたのだ。
後悔はいつだって、レオの前を歩いてはくれず、後ろから悪戯に追いかけて来て、時折レオを追い越し、落ち込むレオをあざ笑って再び後ろへ戻っていく。
ララとガアデを加入させなければ、別の町へ拠点を移していれば、いっそ、この国に来なければ、とエンドの町を目指しながら、情けないほどの後悔がレオの心を荒らしていた。
最愛のロザリーに見捨てられたと思い込んだのも、きっと荒れた心がそれ以上傷つくのを拒んでいたのだろう。弱い雄は捨てられる、そういうものだと自分を納得させて、それ以外に理由なんてないのだと思い込もうとしていた。
「三十五年生きて来て、後悔なんて腐るほどしてきた。それでも人間ってのはなかなか学習しねぇよな」
一番古い後悔は、母親の背中を追いかけなかったことだった。養護院の前に置いて行かれたあの時、最後にレオを抱きしめ、泣いていた母の背中を追いかければよかった。その先で何を言うのか、何をしたかったのかは分からない。追いついたとしても伸ばした手を振り払われたかもしれないし、罵倒されたかもしれない。受け入れられたとして、苦しい生活が続いただけかもしれない。
でも、追いかければよかったと、母親の顔もろくに思い出せなくなった今でさえ、そう思うのだ。
「わふぅ……」
「でもよ、ロザリーは追いかけて来てくれて、なんだかよく分かんねぇけど、女神様が俺をルイの『正解』にしてくれた。これまでしてきた後悔を初めて受け入れられた気がすんだよ」
「わん!」
「おう。もちろんお前に会えたことも『正解』だ」
指のはらで優しく撫でれば、ポンタはきゅんきゅんと鼻を鳴らした。
「ほら、お湯、入れ換えてやるよ」
レオはもう一度、ポンタの洗い桶の湯を張り替えてやる。ポンタはいそいそとお湯の中に戻って、再びふちに顎を乗せて気持ちよさそうに目を閉じた。
「……そのまま溶けるなよ」
広がる被毛に少々不安になってそう声をかければ、お湯の中で尻尾が揺れて、水面が波打った。
「お前もルイもロザリーも俺が守ってやるから、仲良く楽しく、冒険しような」
「わん!」
元気な返事にレオは、ははっと笑って、今はこのお風呂を楽しもうと、今度こそ、温かい湯に体を沈め、長々と息を吐きだしたのだった。
※夜19時に最終話を更新します!
「バージがよぉ、あの大穴について、ちゃんと考えてくれって」
「そりゃそうでしょ。あんな大きな穴、どうにかしなきゃ困るもの」
大穴について相談すれば、ロザリーからは呆れ交じりの返事が返って来た。
レオたちは平原から戻り、ギルドで午後のおやつを食べた後、宿へと向かっていた。
ルイはレオとロザリーの少し前をあっちへこっちへよそ見をしながら、ポンタと楽しそうに歩いている。
謎の地鳴りのせいで、まだエンドの町の中は閑散としているが、魔獣が討伐され地鳴りの心配がなくなったので、まただんだんと賑やかさを取り戻すだろう。
「キノコモグラの尻がでかいせいで、俺が開けた穴よりでかくなってる気がするんだ」
「あの巨体が落ちれば穴も大きくなるわよ。すごい音がしたんだから。それより、これから二カ月、どうする? このまま陽だまり屋さんでお世話になる?」
「ロザリーはどうしたい?」
「私は陽だまり屋さんがいいわ。毎日お風呂に入れるの最高だもの。ごはんも美味しいし、サービスもいいし」
「だよな。今回はあれこれお詫びも兼ねて、お前の分も俺が払うから陽だまり屋に決定。つってもマージに宿泊を延長できるか聞かないと話は始まらねえが」
「でも、ケイトリン・レイの本も買ってくれたのに……」
ロザリーが眉を下げた。
レオたちのパーティー内の宿泊費や食費などの生活費は基本的に自己負担だった。ただし、時には遊び感覚で宿代を賭けて勝負をしてみたり、何かやらかした場合は今回のようにお詫びで払ったりすることもあった。大体がレオかルディがロザリーに迷惑をかけて、払う立場だったのだが。
「ありゃ、プレゼントだからいいんだよ」
「高かったでしょう?」
「そうでもねぇよ」
数秒、ロザリーは逡巡した後、「じゃあ、もらっちゃお」と可愛らしく笑ってレオの腕に抱き着いてきた。
「その笑顔で十分おつりが来るぜ」
そりゃ高かった。高かったとも。大牙猪の討伐報酬が丸々飛んだのだから。だが、単純なレオは最愛のロザリーの笑顔より高価なものを知らないので、それで十分なのだ。
ロザリーのつむじにキスをして、レオはぽんぽんと組んだ腕を叩いた。
「パパとママ、なかよし」
足を止めたルイが笑った。
「おう、仲良しだぞ」
「もちろん、ルイとも仲良しよ」
ロザリーがそう告げるとルイは照れくさそうに首をすくめて、ポンタを抱き上げると「ぐふふ」と変な笑いを零しながらまた歩き出した。
小さな背中が浮かれていて、ロザリーと顔を見合わせ、レオはくすくすと笑った。
それからロザリーが「ルイの服を作りたい!」と言い出したので、手芸屋に寄り道をしてから、陽だまり屋に到着する。
「ただいまー!」
ルイが元気よく中へ入っていき、カウンターにいたマージが「おかえり」と笑った。後から入って来たレオとロザリーに気づいて眉を下げた。
「魔獣が出てあんたが怪我をしたって聞いた時は肝が冷えたよ」
「すまねぇな。んだが、見ての通り、体が丈夫なのが取り柄でな。もう元気だから安心してくれ」
「そのようだねぇ」
マージがレオの体にしげしげと視線を走らせながら言った。
「あのね、マージおばさん。おじさんとおねえちゃんがね、オレのパパとママになってね、ポンタもいっしょにね、かぞくになったんだよ」
ルイがカウンターに手をかけ、精一杯背伸びをしながらマージに報告する。マージは、ばっと顔を上げて、レオとロザリーを交互に見た。
「ほ、本当に?」
「ああ。一緒に冒険するんだよ」
「そりゃよかった!」
マージがカウンターから出て来て、ルイの前に膝をついた。
「よかった、本当に、よかったね、ルイ!」
「うん!」
ルイの満開の笑顔にマージが目を潤ませる。よかったね、よかったね、とマージは何度も繰り返して、ルイをぎゅうっと抱きしめた。
まだそれほど長い時間、滞在しているわけではないけれど、バージにしても、彼女にしても、皆がルイの幸せを願ってくれていたことを、レオはこうして知るたびに、なんだか言葉にしがたい不思議な気持ちになるのだ。それは決して悲しいものではなくて、喜びや幸せを凝縮したような、得難い感情なのだ。
「ありがとな、マージ」
「お礼を言うのはこっちだよ! 町まで救ってもらった上に、こんな嬉しい報告が聞けるなんてねぇ」
腕の力を緩めながらマージが言った。
「今夜はごちそうだよ。楽しみにしておいでな」
「やったぁ!」
無邪気に喜ぶルイに皆、目を細める。
「なあ、マージ。相談なんだが、今夜はさすがにまだ疲れが残ってて、可能なら夕食は部屋に用意してもらえるか?」
「もちろんだよ。なんたって魔獣を倒してくれたんだろう? それくらいお安い御用さ」
「ありがとさん」
「それとマージさん。魔獣の後処理もあって、私たち、最低二カ月はこの町に滞在するんです。まだまだあのお部屋、借りられますか?」
「おやまあ、そりゃ嬉しいねぇ! 良いに決まっているじゃないか!」
マージの言葉にレオとロザリーはしばらくの滞在先が決まったことに安堵する。
レオは冒険者をやって二十年が経つが、その日、寝る場所が決まるというのは何度経験しても安心するものだ。
「おかげさんで、うちの旦那も今度の宴会の料理部隊の隊長に任命されてね。なんだか楽しそうに忙しくしているよ」
「ベノワの肉料理は本当にうまいからな。今から楽しみなんだ」
「オレ、ベノワおじさんのごはん、すき」
「そうかい、そうかい。あとで旦那に教えてやらないとねぇ」
マージが相好を崩し、ルイを一撫でして立ち上がった。
「夕食は何時ごろがいい?」
「今夜は早めがいい。さっさと寝るからな」
「わかったよ。なら十八時くらいでどうだい?」
「それで頼む」
「今日は帰って来るって連絡をもらっていたから、お風呂の準備がしてあるよ。討伐、お疲れ様ってことで、いつもの使用開始時間までは貸し切りにしてあげるから、ゆっくり汗を流しておいで」
「まあ、本当? 嬉しい!」
ロザリーが顔をほころばせる。レオも素晴らしい気遣いに「ありがとさん」と礼を伝え、ルイとポンタも「おふろー!」「わんわん!」と喜びの声を上げた。
一行はお風呂に入れるとうきうきしながら、マージに見送られて部屋に戻り、着替えを手に風呂へと向かった。
「……きょうは、ママといっしょにはいりたい」
「もちろん」
ロザリーがルイの手を取り、女湯のほうへ入っていく。ルイは女湯は気恥ずかしいらしく、いつもレオと一緒に入るのだが、今日は貸し切りなのでロザリーと入りたいようだ。
なんだかレオが丸一日眠っている間に、二人はやけに仲良くなったようだ。少しだけルイにもロザリーにも妬いてしまう。
そんな自分の馬鹿さ加減に呆れながらも、二人が仲良しなのはとても良いことなのには間違いないとレオは小さく笑みを零した。
「ポンタは俺と入ってくれるか?」
「わん!」
足下にちょこんと座っていたポンタが返事をしてくれた。
「ありがとさん。牙のある雄同士、親交を深めようぜ」
レオはポンタを抱き上げ、男湯へと足を向けた。
服を脱いで、従魔用の洗い桶を手にレオは浴場へ向かう。
中へ入れば、むわっとした熱気が全身を包む。
冒険者ギルドで軽くシャワーを浴びただけだったので、レオはポンタを湯を張った洗い桶に入れてやってから、ゆっくりとシャワーを浴びて、髪を洗い、体を洗う。それが終わったらポンタを洗って、湯船の傍まで連れて行く。
いつも通り傍に置いて、お湯を張り替えてやれば自分からお湯に飛び込み、ふちに顎を乗せるとポンタは気持ちよさそうに目を細めた。お湯の中でゆらゆらとポンタの柔らかく長い被毛が揺れている。
レオも湯船の中に入り、ふちに頭を乗せ、ふーっと息を吐き出す。温かいお湯の中にここ数日の疲労感が溶けていくようだ。
「なぁ、ポンタぁ……」
「わふー……」
心なしかポンタの返事もゆるゆるだ。
丁度レオの顔のすぐ横にポンタの入った桶がある。
「俺よぉ、パーティー追放されて、こう見えて、わりと落ち込んでたんだわ……ルディも俺を追い出すなら、もっと俺を見放すような目をしてくれりゃいいのによ」
ルディの目は、蔑むようにレオを見つめていたけれど、彼の膝の上で握りしめられた拳がずっとかすかに震えていて、アイスグリーンの双眸は、蔑みの奥に悲しみを宿していた。それをもっと器用に隠していてほしかったと願うのはレオが自分勝手だからだ。
ルディは素直で馬鹿みたいに正直で不器用な男だった。
ルディとはロザリーより長く一緒にいた。ロザリーもそうだったが、ルディもレオを兄と慕って、勝手についてきたのだ。
きっとレオの思い違いなどではなく、ルディにとってレオは目標であり憧れだった。その憧れを追い抜いて、その目標が落ちてしまった時、一番、辛かったのはルディだろう。
レオの昇級試験が操作されていたのかは、本当のところは分からない。でも、ルディにとってレオは、いつだって自分の一歩も二歩も前を悠然と歩いている存在だったから、失望も大きく、悲しみも深かったのだろう。
あの時、レオのAランク合格を誰より願っていてくれたのは、きっとルディだったのだろうから。
「馬鹿な弟分だよ……」
「くぅん……」
桶から出てきたポンタがレオの顔に頬を寄せて来る。濡れるとより小さくなるポンタにそっと手を添える。
弱い雄は群れを追われる。これは獅子にとっては至極当たり前のことで、レオにだって異論はない。
だがレオは獅子系の獣人族であって、獅子ではないし、ルディは人族だ。彼がレオに寄せた悲しみと失望にレオの心も悲しみに溢れた。
三人でずっとずっと冒険をしていくのだと、そう思っていたのだ。
後悔はいつだって、レオの前を歩いてはくれず、後ろから悪戯に追いかけて来て、時折レオを追い越し、落ち込むレオをあざ笑って再び後ろへ戻っていく。
ララとガアデを加入させなければ、別の町へ拠点を移していれば、いっそ、この国に来なければ、とエンドの町を目指しながら、情けないほどの後悔がレオの心を荒らしていた。
最愛のロザリーに見捨てられたと思い込んだのも、きっと荒れた心がそれ以上傷つくのを拒んでいたのだろう。弱い雄は捨てられる、そういうものだと自分を納得させて、それ以外に理由なんてないのだと思い込もうとしていた。
「三十五年生きて来て、後悔なんて腐るほどしてきた。それでも人間ってのはなかなか学習しねぇよな」
一番古い後悔は、母親の背中を追いかけなかったことだった。養護院の前に置いて行かれたあの時、最後にレオを抱きしめ、泣いていた母の背中を追いかければよかった。その先で何を言うのか、何をしたかったのかは分からない。追いついたとしても伸ばした手を振り払われたかもしれないし、罵倒されたかもしれない。受け入れられたとして、苦しい生活が続いただけかもしれない。
でも、追いかければよかったと、母親の顔もろくに思い出せなくなった今でさえ、そう思うのだ。
「わふぅ……」
「でもよ、ロザリーは追いかけて来てくれて、なんだかよく分かんねぇけど、女神様が俺をルイの『正解』にしてくれた。これまでしてきた後悔を初めて受け入れられた気がすんだよ」
「わん!」
「おう。もちろんお前に会えたことも『正解』だ」
指のはらで優しく撫でれば、ポンタはきゅんきゅんと鼻を鳴らした。
「ほら、お湯、入れ換えてやるよ」
レオはもう一度、ポンタの洗い桶の湯を張り替えてやる。ポンタはいそいそとお湯の中に戻って、再びふちに顎を乗せて気持ちよさそうに目を閉じた。
「……そのまま溶けるなよ」
広がる被毛に少々不安になってそう声をかければ、お湯の中で尻尾が揺れて、水面が波打った。
「お前もルイもロザリーも俺が守ってやるから、仲良く楽しく、冒険しような」
「わん!」
元気な返事にレオは、ははっと笑って、今はこのお風呂を楽しもうと、今度こそ、温かい湯に体を沈め、長々と息を吐きだしたのだった。
491
あなたにおすすめの小説
称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
パワハラ騎士団長に追放されたけど、君らが最強だったのは僕が全ステータスを10倍にしてたからだよ。外れスキル《バフ・マスター》で世界最強
こはるんるん
ファンタジー
「アベル、貴様のような軟弱者は、我が栄光の騎士団には不要。追放処分とする!」
騎士団長バランに呼び出された僕――アベルはクビを宣言された。
この世界では8歳になると、女神から特別な能力であるスキルを与えられる。
ボクのスキルは【バフ・マスター】という、他人のステータスを数%アップする力だった。
これを授かった時、外れスキルだと、みんなからバカにされた。
だけど、スキルは使い続けることで、スキルLvが上昇し、強力になっていく。
僕は自分を信じて、8年間、毎日スキルを使い続けた。
「……本当によろしいのですか? 僕のスキルは、バフ(強化)の対象人数3000人に増えただけでなく、効果も全ステータス10倍アップに進化しています。これが無くなってしまえば、大きな戦力ダウンに……」
「アッハッハッハッハッハッハ! 見苦しい言い訳だ! 全ステータス10倍アップだと? バカバカしい。そんな嘘八百を並べ立ててまで、この俺の最強騎士団に残りたいのか!?」
そうして追放された僕であったが――
自分にバフを重ねがけした場合、能力値が100倍にアップすることに気づいた。
その力で、敵国の刺客に襲われた王女様を助けて、新設された魔法騎士団の団長に任命される。
一方で、僕のバフを失ったバラン団長の最強騎士団には暗雲がたれこめていた。
「騎士団が最強だったのは、アベル様のお力があったればこそです!」
これは外れスキル持ちとバカにされ続けた少年が、その力で成り上がって王女に溺愛され、国の英雄となる物語。
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる